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高知市内を歩いていて目に留まった美しいアーチ橋。並行する高知橋の欄干にスマホを置いて撮影した(以下すべてスマホ)。左に写りこんでいるのは高知橋のテラス。なぜテラスは向こうのアーチ橋の正面に位置しないのだろう? テラスはアーチ橋を見るためのものなのか、それともテラスのある高知橋を外から見たときに見栄えよくするためのものなのか。
さて、アーチ部材は円筒である。ランガーかと思ったが、床版が薄い。ローゼだろうか? 冒頭写真左側に回ってみると、なんと地下駐車場の入り口だった。歩車併用にして、車道部分だけにゲートがある。実に不恰好だ。 歩道を渡ると、冒頭写真右端、アーチ橋が川を渡ったところで道は地下にしか行けない。つまりこの橋は、一時は空中(水上)をゆき、そのあと一気に地下にもぐるための通路なのである。地下にもぐるために空中を走る。なんという矛盾。 橋の名前は「よさこい橋」という。なにもいうまい。 PR
国道19号から見える菅橋(すげはし)。木曽谷初の鉄筋コンクリート製アーチ橋ということで、選奨土木遺産に選定されている。木曽川が狭まっているのか、そこを狭めたのか、そういう場所に架かっている。上流から下流を見ていて、左岸(写真左上)は旧道、右岸の右上の橋は現道。その下に小さく見える緑の橋はJR中央本線の下り線だ。右岸のたもとは護岸がコンクリートで作られている。これは新しい。
特徴的なのは、にょっきりと突き出た親柱。 このように。 右岸側、左は「昭和八年十月竣工」、右は「すげはし」。 左岸側、左は「町村道 菅道 木曽川」、右は「菅橋」。こちらはどちらも拓本を取ったような跡がある。 床版には穴が空いている。意図的に掘られたもののようだ。充腹部を確認したのか、それとも劣化を確認したのか。 欄干には特徴的な尖塔の孔がある。軽快な印象を持つ。 下流から。 この橋を来るまで渡ることはできないが、橋台部分を補修してあることでもあるし、きちんと保存、というか存置されるものと思う。
国道311号をクルマで走っていてふと目に飛び込んできた、飛び出したアーチ。走行中の目には、アーチも曲がっているように見えた。そんな複雑なことしないよなあ…?
下に回ってみた。橋の下をくぐる道路もカーブしているためか、目の錯覚がものすごい。アーチが水平方向に曲がって見える。しかし、実際にはそんなことはなく、アーチは直線で、その上に曲線の床版が載っている。 北側の右親柱には「近遠谷」、左には「福定橋」。 南側の左には「ふくさだはし」、右には「昭和59年8月竣功」。 そして、南側には隣接してコンクリートアーチの上に曲線床版が載る橋がある。 こちらもアーチは直線…だと思う。 南側左の親柱には「氏山橋」。そして、なんだろう、この石造は。中辺路なので、熊野古道関連のなにかだろうか。 なお、この橋が跨いでいるのは富田川の支流で、地図では河川名は確認できない(親柱には前述の通り「近遠谷」とある)。すぐ近くでこの支流は富田川と合流しており、そこに別の「福定橋」がある。検索するとそちらが出てくることがあるのでご留意を。
(あ、傾いてた…)
奈良県大塔地区の国道168号にかかる巨大なニールセンローゼ橋。左に見えるのが日帰り温泉施設だ。この前後は宇井バイパスと呼ばれ、トンネルと橋で貫いているが、並行して旧道もある。 写真によって広角ズームの焦点距離が違うのでなんともお恥ずかしいのだが、これは南側。右側にある★は「大塔復興の灯火」といって、暗くなるとキラキラ光る。 南側・右親柱には「小原川」。地形図を見ると、この下の川は「舟ノ川」とあるのだが…? なお、天ノ川の支流であり、このすぐ近くで合流している。 南側・左親柱は「宇井大橋」。 北側。 北側・右の親柱は「おはらかわ」。 北側・左は「ういおおはし」。 径間198mもある、非常に大きな橋。アーチの中央付近で見上げると、アーチの高さに目も眩む。 上の写真を撮ったイチで左を向くと、平成23年水害の跡がくっきりと残っている。写真中央、縦に伸びるちゃいろは樹木が倒れて流れた跡だ。 前夜、バルブした。横着して超広角で撮ったので、カメラの影が映ってしまった。 いままで最近の作のアーチ橋は見ないようにしてきたのだけれど、ここまで巨大だと見惚れてしまう。 北側のすぐ北にある「ふれあいトンネル」。ふれあうか…。 |
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