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三河三谷の防火建築

建築?

 
豊川から蒲郡へ、国道23号を西へと走っていたら、両側に長い壁のように集合住宅がある通りになった。写真は振り返ったもので、東を見ている(以下同)。

 
 
すべて1階が店舗になっている。おそらく2・3階が住宅となっているのだろう。


 
ところどころ、「向こう」に向ける孔が空いている。外装の補修は縦割り、つまり「家ごと」になっているようだ。手すりを見ると、おそらくX字型のが当初からのもの、銀色のストレートは更新されたものだろう。屋上には小屋が見える。

 
3連休の中日だからか、ほぼすべてシャッターが下りていた。

 
西の端。竹内正浩氏によれば、向かって左の空地は銭湯があったそう。

こちらのサイト
によれば、三谷漁港の繁栄を背景に、万が一の火災の際に南北方向の延焼を防ぐために建てられたとのこと。こうした、かなり細長い建物はそこここの都市に見られるが、終戦後に流行したもののようで、木造住宅が密集していたと思われる当時では、大火は日常的な怖さがあったのだろう。いまでは住宅そのものが難燃化しているので、そういう意味では防火建築は必要なくなった。

この建物の裏手には古い家屋や旅館があり、建物の裏側もいろいろな事情を繁栄しているように見えた。地理院地図で見ると、道路側は一直線でも、裏側は実に複雑な形をしている。











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倉庫の吊り戸のレール 最新版

建築?

 
長屋の背中とトロッコのある蔵元の続き。

岩村の町筋の外れに倉庫があった。板壁も屋根も雨樋も新しく、正面から見ると、一見、最近の築のよう。いまでも下見板張りの建物は作られている。

 
側面も同じく張り替えられている。窓はサッシだ。しかし、妻面を見ると古そうな感じがする。

 
正面の4枚引き戸は、4枚が同じレールに吊られた吊り戸。レールの端部はカーブして屋内に引き込まれていた。なんと現代的な! オフィスビルの会議室などで天井にレールが走り、仕切りが移動・アレンジできるタイプがあるが、それを連想した。この右端の幅の狭い扉を手前に空け、4枚の吊り戸を順繰りに送り込みのだろう。倉庫内にはその4枚を重ねられるようにレールが配置されているのだろう。

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長屋の背中とトロッコのある蔵元

建築?

 
踏切防護協力員 いまに残る国鉄名鉄局を見て、国道418号を南東に向かって走り始めてすぐ、登り坂で左を見ると、なんだかすごい光景が見えた。長屋のように繋がっているけれど、屋根が大きく、すべてこちらに背を向けている。そして、どの家も「裏庭」が細長くこちらに伸びている。

 
かといって、すべてが古いというわけではない。新しい屋根も見える。

 
結構な高低差がある。この家の並びはなんだ?と思い、入って見ると…

 
 
 
私が知らないだけで、重要伝統的建造物群保存地区の「いわむら城下町」だった。冒頭で見たのは紛れもない「長屋の背中」だったが、表側も、とてもきれいに保たれていた。

 
大きな工場。外壁が幾度にも渡って補修されていて、まったく情報量の多い建物だ。

 
伝統ある食べ物屋。三階建て。右の出っ張りはなんだろう。トイレか。

 
 
元はなんだったのだろう、倉庫かな。いまは車庫になっているようだ。

 
 
 
こちらの造り酒屋は、通りからトロッコの線路が見えていた。ぼくはまったくの下戸だが、ここでは甘酒ソフトクリームが売っていたので、それを食べつつ、写真を撮らせてもらった。





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昭和35年12月標識令の「止まれ」

道路全般




twitterで上記の情報をいただいたので、行った折に見てきた。

 

国道からの位置関係は、こう。国道からは見えない、というか警戒標識206(昭和25年3月制定)しか見えない。

 
 
二つの標識は支持柱が別になっている。

この「止まれ」は、昭和35年12月に制定された336で、3年後の昭和39年8月には現在も大多数が残る逆三角形の330の2になる。それ以前は昭和25年3月に制定された黄色い八角形だった。当時でも、海外では「止まれ」は赤い八角形が多かったはずだが、色を海外に合わせたのだろうか。

海外の「STOP」については、『まちモジ』(小林章著)に詳しい。

●参考:dark的道部屋:標識部屋






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踏切防護協力員 いまに残る国鉄名鉄局

鉄道

 
明知鉄道岩村駅近くに「踏切防護協力員 名古屋鉄道管理局」の看板があると大町パルクさんのツイートで知り、見に行った。民家の軒先にある。日陰で屋根の下だからか、かなりきれいに残っている。錆びてもいない。

描かれた三角形は、こういう形をした柵があったようだ。こちらのサイト「駅の風景」に写真がある。

 
踏切との距離感。踏切手前の側溝については後述。

 
逆向き。このお宅は1階の道路側の外壁が改装されているので、かつては商店だったと思われる。おそらく4枚(以上)の引き戸だったのではないか。「国道情報連絡所」もそうだが、こういうのは一般家庭よりも商店に託している印象。

 
2枚上の「踏切手前の側溝」は、レールを同じ長さで切断し、両端に板を溶接し、ハシゴ状(踏み段がレールに相当)にしたものだった。レール底面が上面になっている。

* * *

踏切防護協力員については、いろいろな方が書いていた。

●こちらも岐阜県内、中央線沿線にあったとのこと。関係ないけれど、国労の黄色いバッジの写真も貴重。
国鉄の遺品、そして分割民営化に揺れたころ

●こちらには、ご自身の家がそうだったという記録。

●こちらにも。
福来口御番所屋敷と踏切防護協力員

●「専用線の機関車」で我々に強烈な情報を与えてくれた岩堀春男氏のブログ
http://nainen66.livedoor.blog/archives/8223624.html





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大きなものの出し入れはない小屋

建築?

 
軒の補修に人名の看板の隣の小屋。真正面から見るとのっぺらぼう。その前に小さな畑。農作業で使うものが置いてあるのだろう。

 
実にいいサビ具合。戸は、屋内用の建具の流用だろうか。

 
反対側はプラの波板で塞がれていた。きっとこちらも戸があったに違いない。







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軒の補修に人名の看板

建築?

 
人が住んでいないと思われたる建物。いろいろな補修がなされている。屋根も外壁もトタン。一部はプラの波板。それにしても、パッチワークのように、不定形のものが貼られている。それもトタンの妙味。

 
軒にはなんと人名が。たぶん補修の材として使ったのだろう。もしかしたら建物オーナー自身のものかもしれない。



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美しい土壁・板張の倉庫

建築?

 
大きな大きな倉庫。大きな民家を3軒分、くらいの大きさがある。2階はないのだろうが、高さは2階分に近い。

 
これだけの大きな建物だ。少し歪んできている。板張外壁が少し斜めになっている。戸は普通の下レールの引き戸で、トタンが貼られている。建物右は白い波板。近寄らなかったのでわからないが、塩ビぽい。左上が切り欠いてあり、着られたペラがその左に貼られている。

屋根が傷んだところから、どうも茅が覗いている気がする。これも、近寄っていないので記憶にない。よく見ておけばよかった。

せっかくの美しい建物だが、与野党の政治ポスターがたくさん貼ってある。ここは県道がカーブする突き当たり、よく目立つのだろう。

向かって左の側面は土壁。建物の裏側は崖になっていて、どうも建物は背面方面に沈下しているようだ。柱と土壁がセットでズレてきている。柱が抜けているが、大丈夫だろうか。この面の壁の手前にはピットがある。沈下はピットに引きずられているのだろうか。

右は戸板で土壁を補修してある。上部に覗いている部分を見ると、ここだけけっこう剥げ落ちている。この戸板は、正面で使っていたものだろうか。

 
裏手。正面からは1階建てに見えるが、実は地下がある。そして、そこは建物とはそぐわない、比較的新しいシャッターが据えてある。ただ、こちら側は傷みが大きい。左に見えるのは落ちた屋根だろうか。

右のピットが謎。この建物の存在理由だったのだろう。








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足谷橋

ポニーワーレントラス

 
愛媛県のマイントピア別子内にある、足谷川(国領川上流の名称)にかかる近接した三つの橋梁のうちの一つ。歩道橋。

 
 
 
最大の特徴は、トラス桁が二重になっていることだ。といっても、これはおそらく仮設用の桁を恒久的に使用しているのだろう。

 
上弦にはこのようにボルトを通すための孔がある。仮設用の桁は、このようにトラス桁を二重にしてあるものはよく見かける。

 
歩道として使われている。

 
別子銅山橋梁三兄弟。



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『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』(八馬智/学芸出版社)

土木・地図の本


2021年12月に発売になった本。実は感想を書いたのだけど、書きたいことが多すぎて、また文章としてうまくまとまらず、お蔵入りにしていた。しかし、2022年3月24日、八馬さんと大山顕さんのトークイベントを拝見し、文章がまとまらずとも出しておくべきだと思い、書き直した。

 

ここでは、このイベントも踏まえて書く。このイベントはアーカイブして有料で視聴できるようにすれば…とも思うが、「この瞬間に語られたことを同時に体験すること」が大事なのかもしれないな。

●『日常の絶景』が採り上げているもの

 
目次は、こうだ。初っぱなが「室外機」だ。

1章「scale=S」は、「モノ」。
2章「scale=M」は、建築物の付属物。
3章「scale=XL」は、システムおよびその構成物。

並んでいる項目に、脈絡を感じるかどうか…ということを最初思ってしまったのだけれど、本書は「はじめに」に「本書が目指すところは、筆者の雑多な妄想をサンプルにしながら、読者の風景に対する感度や解像度を刺激することにある」とある。脈絡そのものは重要ではない。

トークイベントのタイトルは「『日常の絶景』の読み方」。そう、トークとともに見ると実によく、流れや考え方が見える。つまり、本書は教科書的だ。必要なことと、なぜそれに惹かれるかは少しは書かれているが、ディテールや、好きの熱意は事細かには書かれていない。通信鉄塔やダムのフーチング、コラムは写真が羅列され、鑑賞に委ねている。

しかし、ふだんから八馬さんや大山さんの本、トーク、twitterを見ているぼくとしては、「なぜこれを採り上げたか」を考えたい。著者と編集者で相当に議論し、その中で落とした項目も多かっただろう。そうした議論を経て「本書が目指すところは…」という本書のコンセプトはより輪廓がハッキリしていったに違いない。

●「わかる」「わからない」


とはいえ、「出版以来、説明に難儀している」とのこと。これには二つの意味があり、
①本書の内容を「タイトルだけ」や、補足する数語では表せない
②相手の理解度を推し量って説明する必要がある
ということだろう。

トークの冒頭で、大山さんから「わかるか、わからないか」という話が出た。本書の最初の項目は「室外機」。「室外機」を提示して「ああ、わかる」とか「見るのが好きな人、いるよね」と反応する人は、現実は圧倒的に少数派だろう。「わからない」人のほうが圧倒的に多いのだ。版元でさえ「絶景じゃない写真があるから、タイトルに『絶景』と入れるのは不適切ではないか」という意見が内部で出たくらいだ。

いまは、工場もダムも、誰に話しても「ああ、わかる」「テレビでやってた」という反応が来るようになっている。でも、そうではない時代、(たぶん)「工場なんか見て、何がいいの?」と言われ続けながら「いいよね」と言い続けてきた大山さんならではの実感で、「わかる」「わからない」についての疑問が投げかけられる。

「わかる」「わからない」の違い。「わかる」とは、「鑑賞するといろいろなことを考えるよね。それは楽しいことだよね。もちろん見とれるほど美しいよね」ということか、あるいはさらに上から「それすらも自分で選べるよね」ということ、そのプラクティスを持っていること。「わからない」は持っていないこと。ここで「難儀している」とされているのは「わからない」人への説明だろう。

何かを普及させるためには、「わからない」人を「わかる」ようにする必要がある。そのきっかけはなんでもいいが、「綺麗な写真」だということもあるだろう。本書は、それを「絶景写真」で示した。これは反語的で、世間一般でいう「絶景」ではない写真をそう称して。本書を読んで、「絶景」という語が表すものを考察する読者が生まれたら、それが本書の成功だろう。

●「図鑑」かそうでないかと「路上観察」との違い

室外機、リサイクルボックス、消波ブロック、ダム等々。三土たつおさんの『街角図鑑』と、採り上げているものは同じものがある。しかし、両者の採り上げ方は全然違う。『街角図鑑』は大元となるDPZの記事がそうであるように、昆虫図鑑のような「図鑑」。だからディテールを解説するし、なぜその色なのか、どういう特徴か、ほかとどう違うかを解説する。大きく俯瞰した全体や、その中での位置づけはあまり言及していない。

それは、2冊目となる『街角図鑑 街と境界編』を制作中にも三土さんとたくさん議論したのだけれど、河川やダムなどシステムを愛でがちな対象でも図鑑に徹するようにした。『日常の絶景』がディテールを述べないことで、逆に、三土さんによる『街角図鑑』のタイトルや作り方がはっきりと浮かび上がってくる。


また、本書を「路上観察」の一分野、と捉える人もいるかもしれない。確かに「見方を変える」という点ではそれに近いだろうけれど、「路上観察」もまた一筋縄では定義できないもので。発端は芸術活動であり、当時の芸術運動や赤瀬川原平がそこに至ったこと、そしてほどなくそこから抜けていることも踏まえたい。

赤瀬川原平の「路上観察」は人間が見立てるものなので、上記の写真の「人文」側、すべてヒューマンスケールにある。対して『日常の絶景』はジオスケール側もある。「路上観察」は見立ての一種の提示だけれど、『日常の絶景』は、その見立てを含む「見方」をいろいろと提示したり、「自分で考えて」と投げかけている。つまり、読者(鑑賞者)の自由度が高い。もちろん「路上観察」は自由な芸術活動なので、そんな定義をされたら赤瀬川原平は「違う」というだろうけれど、現在のSNS文脈としては、そんな感じだろうと思う。

そんな中で、本書が扱う対象として、下記のような図が提示された。



●「絶景」というタイトル

「絶景」の発端は、ナショジオのシリーズだろう。圧倒的なジオスケールの写真の羅列。今回のトークで、大山さんは「一般的に、絶景とはスケールではなくサイズ」「絶景とはスペクタクル」と言っていた。

見渡す限りの砂漠とか、人跡の感じられない天然自然とか。それらはすべて、人間の身体の大きさを基準としたジオスケール的なものだ。対象がでかい。一方、『日常の絶景』でいう「絶景」は、人間の身体の大きさを基準としていない。冒頭で採り上げる「室外機の絶景」の視点場にいる自分は小さい。15のテーマを擁する三つの章が「S」→「M」→「XL」というのは、それを見る自分を「Sにしてみよう」ということかもしれない。

直径50mの洞窟は一般的に絶景だが、直径5cmの穴は絶景とは感じない。しかし、自分の身長を1.8mmにして視点を持てば、直径5cmの穴も絶景となるはずだ。そういうスケールの行き来を考えると「絶景」は日常に潜んでいる。

本書は「絶景」を提示している本ではなく、「絶景とは、考察の結果に過ぎない」と提示している本である。

●「設定」

本書の帯は『映像研には手を出すな!』作者の大童澄瞳氏の推薦文とイラストが掲載されている。そして、トークでも本書の「はじめに」でも「設定」という言葉がよく提示された。で、アニメ化以降、特に話題になってはいたが未見だった同書のコミックスを読み始めた。なるほど、なるほど。八馬さんが本作をお薦めするのもよくわかった。




●余談:表4

佐原の水門。これは本書内に出てこない。編集者のセレクトによるそうだ。これが2010年夏の写真だとしたら、この写真が撮られた日は、ぼくが初めて八馬さんと大山さんいお会いしたい日で、しかも現地までクルマに乗せていただいたのだ。そう気づいたらなんだか嬉しくなった。ただ、なぜか当日の写真のほとんどをぼくは消失している。

当日の記録は、こちらのサイトに載っています。

加藤洲十二橋チャータークルーズ(canalscapeさん)…表4と同じ角度の写真がある。冒頭1枚目の左が八馬さん。ちらちら見える黄色いTシャツがぼく。

こうもんざんまい(DPZ/大山顕さん)…黄色いのが…




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