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建築?

 
道路から母屋に行くまでの通路に屋根をかけ、駐車場とする。すごい。

 
側面から見ると、倉庫のようだ。

 
坂道にあって真正面から撮りづらく、歪んで見えるのは写真のせい。実物はキッチリ建っている。







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上長崎開閉所跡

送電・配電

 
千手発電所(総称:信濃川発電所から清水峠を越えて首都圏までいく信濃川送電線は、30kmごとに開閉所が設けられていたが、いくつかは廃止になった。廃止になった一つが、この上長崎開閉所だ。国道291号を走っていると箱形(?)の鉄塔が目につくが、いまは単なる鉄塔としての役割だけのようだ。

 
手前はけっこうな広場になっている。時々、なにかの資材置き場などになっているようだ。近所の方にお話をうかがうと、「ここは東京電力(※)の施設があった。十いくつの建物があって、しょっちゅう人が出入りしていた。いまは廃止されたから誰もいなくなった」。(※)「東京電力の」というのは不正確か。国鉄の/JR東日本の、か。新潟県は東北電力の管内だが、もし「東京の」という認識であれば、ここにある送電線は東京につながっていることを地元の人が知っているということになる。そういうの、知ってるものかな。

 
写真右が清水峠方向。


【参考】
変電・饋電(き電)・通信のもろもろ










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高松空港進入灯橋梁

土木一般


国道193号を高松に向けて北上していると、鉄橋のようなものが見えた。鉄道ではない。ベルトコンベアか、と思って地図を見たら写真左手に高松空港があった。進入灯(誘導灯)か!

 
地図を見て、真下に入れる国道と並行する道に行く。国道ではバイクを駐めづらいし、写真も撮りにくいだろうと思ったためだ。空港の軸線が谷になっていて進入灯が橋梁となっているのは広島空港が有名だが、それしか知らなかった。そうか、高松もか。

 
鋼管で組まれたワーレントラスだ。橋脚もそう。これを「トレッスル」と思う人がいるかもしれないが、トレッスルの概念は、橋脚の上にある桁を面で支えているというか、橋脚の上に短い桁があるものなので、1点で支えているこれはトレッスルではない。

 
真下から見上げる。直方体の橋脚は、桁の軸方向に角を向けている。

空港の西側には、空港を見下ろせる公園があることをあとから知った。そこから飛行機の着発動画を撮っている人、いるんだろうなあと思ってyoutubeを検索したけれど、意外なことに、一つもなかった。遠すぎるのかな。






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廃止駅近くの廃止モザイク日石

ENEOS/日本石油

 
能登半島の廃止駅のすぐ近く、県道沿いに日石のモザイクが見えた。いまは砂利置き場になっている。

 
小さなサービスルーム。給油所前の1.5車線の道路の交通量は、いかばかりだったのだろうか。




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那智勝浦フェリーターミナル

港湾

 
和歌山県の那智勝浦町の北東、最寄り駅で言えば紀伊勝浦ではなく宇久井になる、そこに那智勝浦フェリーターミナルがある。営業しているかどうかでいえば「していた」。東京と高知を結ぶブルーハイウェイラインが1998年まで、その後はマリンエキスプレスが2005年まで寄港していた。2004年1月に後者に乗っているので、その時に寄港したはずだが憶えていない。

 
フェリー基地埠頭
昭和四十八年六月
三井建設株式会社

Wikipediaによれば、フェリーの寄港は名古屋便が昭和47年10月、東京便が昭和48年3月。そのときには完成していなかったということか。

 
路面に残るトレーラーの待機位置。

 
「オートバイ駐車位置」の看板が落ちていた。

 
ランプ近くには「単車駐」の枠線。5台分。



ターミナルの中は、当時のままだ。ガラス越しに覗くと、熊野交通のバスの案内がある。

ここにフェリーが寄港してくれたら、ツーリングにはとても便利なのだけれど、伊勢道・いせ湾岸道が直結してしまった、たぶんそれがフェリー廃止の理由の一つと思う、それだけに現在となっては無理だろうな。


【関連項目】
東京フェリーターミナルに生き残っていたブルーハイウェイライン


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国道425号と十津川村営バスの迫西川車庫

道路全般


国道425号は「酷道」として知られる。工事のため全区間走行は叶わなかったが、十津川~龍神温泉間は通行できた。紀伊半島中部の、東西でもほぼ中央に位置する奈良県十津川村の西側、和歌山県に接するあたりの迫西川(せいにしがわ)集落。

 
道幅はこんなだが、数十の家屋がある。ちゃんと「おにぎり」が立っているのがすばらしい。向こうを見ると、バスがいる。
 
バスの転換場も家屋も谷に迫り出している。

 
停留所の時刻表を見ると、朝の1便は、予約しないとここまでの往復がない。ここに着いたのは13時10分頃。すごいタイミングだ、まもなく発車だ。

 
来ました! 邪魔にならないように、ガードレールの外に除ける。

 
 
バスがいた場所に行ってみる。乗用車1台分くらいの奥行きしかない。

このバス車庫については、始終車庫さんの「バス車庫めぐり」に詳しい。

* * *

そのまま県境に向かう。

 
「龍神温泉16km」。国道371号は道路がよく整備されているが、生活のための施設が大きいわけではない。住民が向くのはそちらではなく、十津川の街中なのだろう。

 
逆側。このあたりは開放感がある。

* * *

ついでに、国道425号の、三重県・奈良県の県界部分。
 
 




 







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最初期の道路標識「屈曲多シ」

道路全般

 
存在を知って十数年、ようやく訪問することができた、高松の「屈曲多シ」。おそらく日本に唯一残る標識。この様式は、大正11年に、内務省により初めて道路標識が制定されたときのもの。もうこれは、国交省が保存すべきくらいの存在。でもこのままここに在り続けてほしいとも思う。どうか、いたずらされたり盗難されたりしませんように。

たしか第2回だったかの『廃道ナイト』で、マフラー巻きさんが「こんなの見つけた」と報告をしてくださったのをヨッキさんが紹介した。そのイベントではヨッキさんは対抗で柳沢峠で古い標識をみつけてきたけれど、私はすぐにSVで見たけれずわからず、そっちはそのままになっている。

この標識が世に出たのは、2009年、マフラー巻きさんのBBSにてメタルほら吹きさんが報告をしたものが最初とのこと。発見した方は「10年来」気になっていたとのことなので、90年代からその方はご存知だったけれど、世の道路・標識等の愛好家たちとつながることになったネット万歳。

なお、この標識がある道路は、GoogleMapsのストリートビューはない。


●参考
道端の宝物ブログ 戦前の道路標識(道路警戒標)が高松市で発見された!  いしぐろさん
白看採集帳 白看前史(3) zaicchanさん








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高松市山間部の菱形

木製扉の菱形・バツ形等

 
「菱形・バツ型」は北日本・北海道に多いような印象がある。これは高松市の、徳島県もほぼ近い山間部の国道沿いに立っていたものだ。積雪地域ではないのだろうか、菱形の板に隙間がある。写真が歪んでいるのではない、建物が歪んでいる。

 
公民館的な建物の隣にある。

 

隙間から中を覗くと、木製の大八車がある。上の写真はゴムタイヤだが下の写真は木製車輪のようだ。上の写真にホースが見えるので、消防ポンプだろうか。

 
側面には看板が4枚。左から2枚目に「日新焼酎」とある。たぶん4枚目も同じ。・1枚目と3枚目は「栄富久」、3枚目下部からして「エイフク」だろうか。




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道路上のゴムの板たち

水の流れ

 
雪国の道路上に、ゴムの板が散乱していることがある。「散乱」と書いたが、そう見えるだけで、これらには役割がある。


これらは、巻機山の登山口・清水集落のものだ。「清水峠」の「清水」である。

 
雪国の道路には、たいてい中央に消雪パイプが埋め込んである。水をそこから噴出し、道路上の雪を溶かすのだ。これとセットで道路両側には融雪溝があり、融雪水は水量は道路の傾斜に沿って、そこに流れ込んでゆく。

しかし、特に道路の軸方向に傾斜がある場合、さらには曲線も加わる場合、水の流れは思わぬ方向に行ってしまう。そこで、融雪水が家屋等に支障しないようにコントロールする必要がある。その道具として、ゴム板が置いてある。

未舗装の林道では、道路を斜めに横切るようにゴム板が縦に埋めてある。それも同じく、山側からの水や路面を流れ落ちる水を制御するためのものだ。

 
写真は、最初見たときは粗大ゴミかと思ったのだが、よく見ると、人為的にこの位置に置かれている。これがないと、右手から来た水は赤い箱の手前の融雪溝に入ってしまい、もったいない。これがあると、さらにその先の道路上まで流れることができる。

 
融雪溝に流れ込んだ水を勝手に再利用するシステム。なんとなく堰き止めて、そこにポンプを設置している。ここから自宅前などに引き込むのだろう。

 
まだ雪のシーズンの前だったが、集落内は流水音でにぎやかだった。斜面にある集落なので、どの家にも水が引いてあり、あるいは水が溜めてあった。




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中央橋(山田川)

鈑桁(プレートガーダー)

 
能登半島の能登町南部にある下路プレートガーダー。道路橋の下路鈑桁は、珍しくはないが少数派であることは確か。上路の欄干よりははるかに「ガードレール感」があるが、なにしろ狭い印象になる。

 
鉄道用鈑桁と異なり、内側のスティフナー(縦方向の補剛材)が下に向かって傾斜している。これだけの大きさがあるなら横桁と一体なのかもしれないが、そうすると今度は数が多すぎる気がする。床版に隠れているのでわからない。こちらは左岸側。

 
 
親柱は、左が「昭和三十七年六月架」、右が「中央橋」。左のものは「竣功」「竣工」となっているものがほとんどだが、「架」というのは初めて見た。「架橋」でも「架設」でもなく「架」。

 
右岸側。

 
 
親柱の左は同じく「昭和三十七年六月架」、右は「ちゅうおうはし」。架設年は普通は1ヶ所で、河川名が入るものだが、この橋梁には河川名がない。


***

2枚目写真の奥に「タクシー」とある。こういう場所でも需要があったのだな。
 
当然というか、すでに営業はしていなかった。「タクシー」という看板の上には「宇」と羽根を組み合わせたマーク。地名は「鵜川」なのでそれとは無関係だろう。

 
 
そのすぐ近くにあった「ドライブイン 銀世界ホテル」。その後、寿司店となり、いまは営業していないようだ。この1.5車線の細い道にドライブインがあったのか。

この地域はかつての鵜川町の中心部と思われるが、観光スポットがある場所でもなさそうだ。国道からも外れている。どういう需要があったのだろうか。











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