PR ここには安売り自販機が設置してある。写真を撮っていると、近くの農家の女性が自転車で飲料を買いに来たので聞いてみると、ここは農協で、周辺の米はすべてここに運び込まれていたそうだ。それにしては、倉庫がない。 「震災でやられてしまった」とのことだった。GoogleMapsのストリートビューで見ると、撮影は2011年10月だが、立ち入り禁止の処置がされているのがわかった。そして今現在は、上記のように更地になっている。 タイトルからしていいではないか。私も丸ゴシック…正確に言うならば、看板屋さんが書いた丸ゴシックは大好きだ。小学生の頃から好きで好きで、とくに駅名標はその頃に写真も撮っていた。 http://www.flickr.com/photos/56148795@N04/sets/72157630712374524/ カバーには「止まれ」。本体表紙には看板職人による手書きで「まちモジ」。 本文をめくると交差点名の標識や架道橋に直接書かれた文字、駅名標やバス停、そして昭和25年式の道路標識まで出てくるという、道路ファンをも惹きつけてくれる。さらに、本物の看板職人が、丸ゴシックを下書きナシで書いていくことを取材したページがある。夢中で読んでしまった。 また、国による書体のクセ、アクサンテギュの表現の違い、アルファベットを縦書きにする場合…などなど、ギッシリと著者の知見とユーモアが詰まっている。本文が、最初は普通の丁寧語だったのが、だんだんと緩くなり、「うまいなー」とか「思うんだね」とか、まるでtwitterで話しかけるような文章になっていく。それもまた、とてもバランスがいい。 * * *
僭越ながら、本書に書かれたことは「そう、そう!」と思うことがたくさんある。 例えば丸ゴシックの考察の中、P26に「ひょっとして、角を丸くして、親しみやすい効果を狙っているのか?」とある。実際、これはそうだと思う。例えばこんな体験がある。登山のガイドブックシリーズのカバーにおけるタイトル文字を、デザイナーが丸ゴシック(私は大好き)で指定してきた。しかし、営業サイドは「これだと易しい登山の本に見えるから角ゴシックにしてくれ」と要望してきた。面白いことに、比較的易しいコースがセレクトされたタイトルは、丸ゴシックのままでokとなった。(もちろん、カバーデザインとはトータルバランスだから、そこだけ角ゴシックにするとおかしくなるんだよ、と抵抗したが、残念ながら通らなかった。) また、ハイフンの問題、プロポーショナルフォントの問題、リーダー罫の問題等々、私が常日頃感じていたことが整然と解説されている。カーニングなど、私はポップなどを作るときには文字をアウトライン化して手作業で字間をツメている。このあたりは、本書のブックデザインを担当された祖父江慎さん(後述)も、勤務先が刊行した枡野浩一さんの『ますの。』において綿密に調整されたと聞いている。 文字詰めについては「ひどい例」が載っている。アルファベットの字間が近すぎて、あるいは離れすぎて読みづらい例だ。前者について思うことは、一世を風靡したヒラギノ角ゴは字間を詰めるなということ。後者については「デザイナーは字間を空ければオシャレだと思ってるだろ!」ということ。ヒラギノ角ゴはボディが一回り小さいまま、ベタうちでいい。ボディが小さいことによる、字間が空いたような見え方が絶妙なのだ。10.5Qを1Hツメなんかにするんじゃない。台無しだ。かといって、デザイナーはカーニングを+100とかにもするんじゃない。これも台無しだ。私が「手書き風フォント」が大嫌いなのは、字間がおかしいからだ。一般人が好きなポップ体と勘亭流同様、これらはツメて使え。ベタ組みはダメだ。 * * *
著者であるフォントデザイナー(と表現していいのかはわからない、プロフィールには肩書きはない)の小林章氏には、勝手に(これまた大変僭越ながら)親近感を抱いている。なにしろ新潟市のご出身だ。本書には市内の写真が多数収録されている。そして、たぶん、鉄道もお好きだ。国鉄時代の手書きの駅名標の文字について研究していただきたいと勝手に思っている。 一方的な親近感を決定的にしたものは、これだ。 前述の通り、本書の装丁は祖父江慎さん。そして印刷が、とくに黒が美しいなあ…と思ってクレジットを見たら、プリンティング・ディレクターは凸版印刷の金子雅一さん。祖父江さんとは『廃道 棄てられし道』、そしていま『東京幻風景』(ともに丸田祥三さんの著)でブックデザインをお願いしており、金子さんは『廃道 棄てられし 道』と同時に進行していた『眠る鉄道』『問いかける風景』(ともに丸田さん)の製版をご担当され、そのお仕事のご様子はお聞きしているし、イベントでもご 一緒していただいた。まったくもって、私をどこまで喜ばせてくれるのだろう、この本は。 <関連項目> ・タイポさんぽ(藤本健太郎著/誠文堂新光社) ・『駅名おもしろ大辞典』(夏攸吾著/日地出版) ・昭和50年代の駅名標(越後線)その1 ・昭和50年代の駅名標(越後線)その2 ・昭和50年代の駅名標(越後線)その3 ・大好きな看板文字 内容は、破綻している論理や職業倫理をベースに、現場の声を聞け…というもの。小卒、中卒の「(資本家に対する)労働者」の声を集めたものだ。その合間合間に、今となっては語る人も稀な現場の姿が活写されているのが貴重だ。 現場の姿としては、大井工場、志免炭鉱、戦時中の女子駅員、石炭ボイラ時代の青函連絡船、大船工場、有楽町駅、保線、電力工手、職員の妻たちといったもの。本書の中で展開されている主張は、いまとなってはあまりに幼稚、わがままな論理で組み立てられているのだが、その主張はそのまま受け取るのではなく「当時はそんな働き方でも許されていた時代だった」という認識をする程度に止めておくほうがいいだろう。論理の是非ではなく、時代というものを感じ取ればいいのだ。 私に取っては、時代を感じ取るというよりも、「当時の(資本家に対する)労働者の姿」がやっと少しリアリティを持って見えるものに出会ったというほうが適切か。戦後の労働運動を牽引してきた官公庁労組…だの国鉄の分割・民営化だのの話は、大卒キャリアや頭脳明晰なトップが書いたものはたくさん読んできたが、彼らの話、「職員は仕事の効率を上げることを否定する」ということが本当だったことがわかる。 「メンテナンスフリーの新型車両が入るのは職員が不要になるから拒否する」という理屈、「不要になった職員は別の職務を与えられるために転勤を命じられる、これを拒否する」という考え方、これらが通じていた時代。それを許容していた世間。 * * *
国鉄には文芸趣味を持つ「労働者」はたくさんいた。本書に登場するのもそういう人々だ。彼らの文章にはひとつのパターンがある。古典や文豪の作品を引き合いに出すのだ。そしてその登場人物や物語に、なにかをなぞらえる。ふと気づいた。これは厨二病じゃないか。そうか、そうだったのか。ひとつ、彼らのことがわかった。 |
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