選挙とカルテックスにとても似ている。
PR 給油所としては閉鎖されたが、倉庫として使われている。2013年5月は、7月の参院選に備えて選挙ポスターがあちこちに貼られていた。閉鎖された給油所を見るたびに、防火壁は格好のポスター掲示板になっているのだなと思っていた。 しかし。 日石カルテックスのマークの上に貼るんじゃない。 国道361号の、木曽福島町と開田村はともに木曽川の支流にある町で、両者の間には峠がある。いまは地蔵トンネルという長いトンネルで抜けているが、その旧道に、この折橋隧道はある。写真は東側の坑口で、坑門は土砂に埋まっている。開口しているかどうかは定かではない。 その前には伐採された樹木が乱雑に積み上げるように捨てられている。土砂の流入で、いずれきちんと埋まってしまうのだろう。 幸いなことに扁額は見える。右端には増田甲子七の署名がある。第一次吉田茂内閣の改造後、運輸相となり、以後、閣僚を歴任した人物だ。 手の届く高さだが、捨てられた樹木のせいで近づけない。こちらには「新開口」とある。新開とはここから10kmほども手前、木曽福島市街の地名だ。 よく見ると、「隧」の字が不自然である。之繞(しんにょう)の位置がおかしい。 よく見ると、「墜」を「隧」に彫り直している! だれか、彫る前に気がつかなかったのか。文字の誤用、混同はかなり以前からあったと見え、「○○に『墜道』と書いてあった」ということで「隧道は墜道とも書く」と主張する人もいるが、それは「独壇場(どくだんじょう・誤)」が「独擅場(どくせんじょう・正)」にとってかわったような話なので、私はその説には与しない。 * * *
反対の西側。 少し堀割を作り、その奥に坑門を配している。こちらは完全に塞がれている。 廃ガードレールを利用した蓋だ。縦に15本並べ、それを水平に帯状にガードレールで留めている。下部はコンクリートのブロックを築いている。 こちらにも扁額はあり、「折橋隧道」とあるかに見える。しかし「隧」の文字部分は苔に覆われて見えない。その下には「開田口」とある。そして、これまた苔で見えないが、おそらく増田甲子七の名前が右下にあるようだ。 2013年9月17日追記: 「墜」「隧」について、平沼義之さんから興味深い資料をいただいた。明治時代の漢和辞典に「隧(ツイ、ズイ)」を「隧(スイ、ズイ。同じ漢字)」と分けて項目を立てた上で「墜と同じ」と書いてあるという。ツイートをソースごと転載すると無関係のツイートも表示されてしまうので、テキストのみを転載する。 (1) 対して、私が誤字だと考える根拠は、回答としては成り立たないかもしれないのだが、「漢字の使われた方に関する考え方」を根拠としている。 漢字は、音が通じると平気で誤用されてしまう。個人的に身近なところでは、「磯部」の「磯(日本では海の磯)」、これをまったく意味が異なる「礎」「礒(川にある石)」で代用されることがある。異体字も同様に有名ならともかく、「本来の意味」を持つ漢字があり、それが圧倒的に有名な場合は、私は異体字(代用字)は誤り、と考えている。いくら「斎藤さん」が「斉藤さん」と誤記されようと、両者の漢字はまったく異なるものなのである。もっとも、漢字は読み方も形もどんどん変化するものであることは重々承知の上で、書いている。 逆説的な「誤記説」の補強としては、扁額が誤記でないなら修正する必要はない、ということもある。真相は不明である。 こうしたことは「正しい/誤り」という話ではなく、その変化の度合いを把握することが大切なのではないかと認識を新たにした。平沼さん、ありがとうございました。 (写真背景のピストンは、国鉄DML30HS~DML30HSIまでのエンジンのどれかのもの) 素晴らしい本だった。著者は日野自動車の副社長を務めた人で、エンジンマニア…エンジンの生き字引という人だ。「迷作」は、便宜上そう読んでいるだけで、試行錯誤の賜物と言えるそうしたエンジンに対する著者の敬意も強く感じる。 著者の、深い探究心こそ、本書の核だ。著者が持つ縁、探究心、著者が持っていた(作り上げた)環境というものも書かれていて、読者はそれこそが著者の人徳だと感じるだろう。例えば、一つ、疑問が生じる。それを、著者の持つその縁で、間に外国人を含めて数人、時には9人もはさんで、ついに解決に至る。そんな実例がいくつも掲載され、それをもとにしたエンジンの解説がまたおもしろい。 本書の内容は公式サイトに詳しく載っている。通読すると、ディーゼルエンジンを主軸として、ではあるが、1940年代頃までの世界、特に欧州と日本のエンジンの潮流が見えてくるようだ。国内のディーゼルエンジンの歴史などは黎明期から判明しているものだと思っていたのだが、さにあらず、それが本書のおもしろさになっている。 * * *
興味深いのは、著者ほどの人といえども、自社のエンジンの行方ですらまだまだ知らないことがたくさんあるということだ。第24章「木曽谷の奥で待っていた帝国陸軍の軍用車エンジン」で、赤沢自然休養林の保存機関車について触れられているのだが、鉄道ファンには知られた保存機関車にも著者は数々の発見をしている。鉄道趣味者である私としては、そこにも非常におもしろさを感じた。 鉄道のディーゼルエンジン史に興味がある人も、ぜひ読んで欲しい。そして、まだまだ世界的に試行錯誤していた時代に国鉄が独自にディーゼルエンジンを制式化しようとしていたこと、それが果たせなかった(成功しなかった)ことについて、考え合わせてみるとおもしろいと思う。 |
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