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のと鉄道 恋路駅跡

廃線跡

 
のと鉄道恋路駅。美しい響と文字面。こんな美しいロケーションで通学の汽車を待つ…というシーンを想像してしまう。実際にそういう利用もあっただろう。どんな思い出になっているのだろう。

いま、ここでは「のトロ」というレールバイクに乗れるらしい。

ここにレールが見えるが、笹田昌宏さんの『廃駅ミュージアム』(編集担当は私)によれば、一度レールを撤去したあと、酒造会社がレールバイクのために再度敷設したものとのこと。枕木の間隔なども、なるほどという感じだ。

 
穴水側。トンネルが見える。

 
このトンネルまでの300mほど、レールバイクに乗れるらしい。

 
駅名標は、国鉄時代のままなのだろうか。それとも三セク移管後だろうか。

【同日追記】
『鉄道ジャーナル』『鉄道ダイヤ情報』の特集等でご活躍の土屋武之さんから下記のご指摘をいただきました。目の付け所、さすが!



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EF70-300mm F4.5-5.6 DO IS USM 故障と分解メモ

独言・日記


超広角好きだが、たまには望遠で撮りたいことがある。70-200/2.8はでかいので、ツーリングには持って行っていきたくない。そこで、コンパクトなDOレンズの価格がこなれてきたので買った。2004年の発売時には17万円超だったが、いまは3万円をかなり切っている。それは、メーカーでは修理不能となっているためだ。

DOレンズを使うと、軽量コンパクトになる。もちろんさまざまなデメリットもあるが、軽量コンパクトを指向したレンズがそれなりに出ると当時は思っていたが、結局、このレンズと400/4(初代と二代目)しかなく、現在は400/4の二代目が在庫僅少、となっている。ミラーレスのレンズの軽量コンパクトを考えると、今後、DOレンズを使ったレンズがラインナップされることはないだろう。


緑色のリングがDOレンズの証。このレンズの鏡胴がグラグラするようになった。振るとカラカラ音がする。おそらく鏡胴を留めているビスが外れている。そこで、どうせ修理不能なのだからと、自分で分解してみることにした。使うのは、精密ドライバー(+)1本とピンセットだ。


まず、マウントをはずす。4本と3本のビスを外す。次にズームリングを適当に回して外すと、基板が出てくる。フラットケーブルコネクタを、優しく引っ張って外す。


基板をこのように裏返し、見えているビスを外す。写真右の銀色のパーツがズームのストッパー。これもビス2本とともに外す。この状態では外せないビスが1本ある。


 ISスイッチとフォーカス切り替えスイッチがついている筒を外すのだが、このままでは外れない。ズームを自重落下させて300mmの位置にすると、黒い円形のパーツが外れるので、そうすると、外せなかったビスにアクセスできる。それもはずす。


ISスイッチは、ビスを1本はずして、押しながらスライドすれば外れるのだが、外す必要はない。私は裏の配線を切ってしまった…!


ISスイッチの筒をはずすと、こんな姿になる。右端に見えている、円錐の輪がリングUSM。この状態で、ピントリングを回すと、外れるポイントがあるので外す。

焦点距離が書いてあるつや消し部分は、紙だ。


すると、カラカラいっていたものがでてきた。ビスだ。


ここが外れていた。鏡胴は3本の溝をガイドが滑りながら伸縮するが、そのうちの1本が外れたのだ。これを締め直すことで、折り返し点へ。


外した筒。こういうタンブラーがあったよね。ここからは、分解の逆の手順で組み立てていく。コネクタがとても入りづらい。

組み立て後、ボディにつないだが、ピントリングが連動しない。回してもピントリングが動かない。うわー、やり直しか…。




日を改めて、分解していき、ピントリングを回るようにセットしたが、組み立てていると、ズームリングが回らなくなった。原因がわからないまま、何度か分解と組み立てとをしていたら、見えてきた。ここだ。


この金属接点がスリットに入っていないと、リアのレンズ群が動かない。


ところが、組み立て時に、ズームリング内側の接点を破損してしまった。今回の分解・組み立てで破損したのは、ISスイッチとズームリング内の接点。そのせいか、AFがきかなくなってしまった…。



「やはり70-200/2.8を持って行くべきか」
「いや、やはり、バイクでは軽量コンパクトだろう」
「70-200/4も安価になってきてるぞ」
「EOS Rシリーズにすれば、70-200/4が、+2cm程度だ」
「ボディ+レンズ2本で90万とか無理」
「同じのを買えば2.8万くらいだな。でもまた壊れるな。鏡胴伸縮式はイヤだ」(冒頭に戻る)


結局、32k円くらいで同じものを買いましたとさ。見たところ状態はかなりよい。フードに傷がないくらいに。古いほうからMCフィルターを外そうとしたけれど、外れないので、買わないと…。






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海を望む日石カルテックス

ENEOS/日本石油

 
能登半島の富山湾沿いを北上していると、かなり昔に閉鎖されたと思しき給油所があった。防火壁の裾には緑の帯。日石カルテックスのマークが二重に。

よく二重になっているが、リペイントするとき、同じ位置になるようにしないのだろうか。大きさが異なるから、そうはいかないのか。

 
引いて見ると、このような埋もれ方。写真の左から来た場合は防火壁だと認識できないかもしれない。

 
さらに引く。崖下のくぼみに位置している。いまとなっては国道(見えている道路)も、海側の防波堤もあるが、おそらく給油所が開業したころにはこんなに海側に道路や防波堤が広がっておらず、1車線道路のすぐ向こうが海、くらいの立地だったのではないか。でなければ、こんな狭い場所に収めているのが不自然に感じる。

 
海とはこの距離だ。












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のと鉄道 甲駅跡

廃線跡

 
のと鉄道の甲駅。かつてオユ10が保存され、鉄道郵便の車内での仕分けの実演などがなされていた駅だ。といっても見たことはない。コンクリートブロック建築の駅舎。

 
のと鉄道の廃線跡は多くの遺構があり、駅舎も多くそのまま残されている。いろいろな活用がなされてきたし、これからも、おそらく散発的に利用されていくのだろう。

 
駅舎内には構内配線図が掲げられている。有人駅時代のもの。

 
島式ホームと上屋、待合室が残る。レールは撤去されている。

 
 
待合室には往時の運賃表が掲げられている…と思いきや、「前波 普通旅客運賃表」とあり、甲駅までの運賃も書いてある。移設されたものだ。

 
ホーム上屋。

こういうところを見ると、「ここでテント張れるなあ」などと思ってしまう。水もないのに。思うだけ。



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甲郵便局

郵便局舎

 
能登線の甲駅といえば、オユ10が保存されていたことで知られていた駅だ。そこからほど近いところにある甲郵便局。サッシが更新されていると思われ、それだけで随分と新しい印象になる。しかし、よく見れば木造であり、屋根を支える梁も角材だ。

 
金色の旧郵政書体で描かれた郵便局名。その嵌め殺しの窓枠も木製。郵便マークの行灯のアルミも、引き戸のガラス内部の網も、耐震補強のターンバックルも古さを感じさせる。この建物がSECOMに守られているというのも、なんとなくアンバランスな気もする。

 
左側面。公民館のようにも見える。

 
裏。汲み取り式トイレの汲み取り口と換気扇が見えるが、いまどきは水洗か簡易水洗になっているのではないだろうか。






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農協支所一角のミニマム給油所

大協石油・丸善石油・キグナス・ガソリンスタンド全般


 
能登半島の「白丸」のすぐ近くに、レギュラーのみの給油所があった。この狭さ、クルマを車庫に入れるように据え付けるのだろうか。とはいえ、もう使われていないようで、2014年のストリートビューでもカバーがかけられ、クルマが停まっている。

 
見えている建物は、内浦町農協宮崎支所の建物。「内浦町」は「平成の大合併」まであった自治体で、いまは能登町だ。このあたりを「宮崎」というのか。行政地名としては、ない。

 
いかにも事務所風の建物。バス停の待合室をも兼ねている。

 
建物に向かって左側は倉庫のようになっている。

 
給油設備の裏側。マンホール蓋は地下タンクへのアクセスだろうか。何のフタか、見ておけばよかった。

【同日追記ここから】

【同日追記ここまで】

 
建物の窓には「内浦町農地銀行宮崎支店」の文字。「農地銀行」とは金融機関ではなく、農地の貸し借りを仲介するシステムのことと思われる。地域によって名称が異なるようだ。

 
建物の前にあった、醤油の一升瓶ケース。三つとも、形もロゴも違う。2014年のストリートビューには一つしか写っていないので、誰かが持ってきているのか。







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「現れた」ジャストタイミング。海沿いの日石CALTEX

ENEOS/日本石油

 
中部とも近畿とも言われる県の、南国イメージのエリア。写真の道路左側の建物の裏は海だ。そこに、防火壁が1面だけ残されていた。うっすら見える日石カルテックス。敷地は工事中で、ココスヤシ(たぶん)が配され、なにか素敵な建物が建ちそうな感じだった。


帰宅後、この場所のストリートビュー(2013年撮影)を見て驚いた。この防火壁の前には、かつて建物がたちはだかり、防火壁は隣家との間に挟まれていたのだ。当時ならここを通っても防火壁に気づかなかっただろう。

長年、隠されていたものが、建物の取り壊しで顕わになることがある。今回、たまたまそういうタイミングで日石カルテックスが現れたのだろう。今後、工事が進むと、防火壁は塗り込められたり、あるいは取り壊されるかもしれない。





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豊川放水路橋梁

ポニーワーレントラス

 
東海道本線の複線+飯田線・名鉄共用単線の、合計3線を抱えるポニーワーレントラス。とにかく「でかい」。トラス橋は、耐荷重が大きいほど背も高くなる。加えてこの橋は部材が太い。迫力の橋だ。なのに「ポニー」ワーレン。その違和感もすごい。左右のトラスを上部で結ぶ部材は、架線用のビームだ。

 
一見、中路橋にも見えてしまうくらい床版が高い位置にあるが、これは耐荷重のために横桁が高くなっているからそう感じるのだろう。しかし、どうも、その迫力が伝わらない。うまく撮れる距離感のスペースがないのだ。このとき、ドローンを持参していたのだから、ドローンで撮ればよかった。

 
3連の橋。ひっきりなしに列車がやってくる。

お手伝いしている「ドボ博」のコンテンツの一つ、小野田滋氏による「川はマイナーだけど、鉄道構造物ではそこそこ~超有名な川番付」では「大関」にランクされている。






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ツーリング用地図に県道が誤って描かれていた件

道路全般

橋 on 橋(中平橋)を見つけたのは和歌山県道29号だが、実はこのルートに入るとき、いろいろ戸惑った。使っていたのは『ツーリングマップル関西2019』だ。


県道29号に東側から入ろうとしたのだけれど、案内板にはヘキサが描かれていない。実際、ここを右折すると「林道川合湯ノ又線」という標柱と、その名前を記した工事の表示がある。しかし、地図とスマホの位置表示を照合するに、どう見てもここである。

ここの分岐に、林道工事の案内板と警備の方がいたので地図を見せて聞いてみた。地図をうまく把握できないのは予想通りだったが、「この林道を行くと椿山ダムに抜ける」「ガタガタの道だよ」と教えてくれた。

 
(「正しい県道29号」に黄色を載せています。実際は白地です)

結論を先に書くと、『ツーリングマップル関西2019』の「県道29号」の表記が誤っていた。上のように、本来の県道29号の東半分は、「登山道県道」である。なのに、林道川合湯ノ又線を県道扱いで描いてしまっている。


地理院地図を見ると、こうだ。Lv14。


拡大すると、こう。県道29号は尾根に上がり、樅ノ木峠を越えて下っていく。実際、ヘキサも上画像の左端あたりに設置されていた。


手元の『ツーリングマップル関西2009』を見ると、林道部分は県道としては描かれていない。実際は「登山道県道」なのだろうが、これは道路地図なので記載しないという編集がなされているのだろう。


さらに古い『ツーリングマップル関西』2000年版を見ると、なんとここを走った形跡があった。当時は、走った道をマーカーしていたのだ。このころのツーリングマップルは、90年代のリング式の延長線上にあり、まだ写植版だ。図取りも違えば、メッシュの番号の振り方も異なる。現在はページが北から南に向かっているが、このころは南から北に向かっている。

地図としての見やすさ、美しさは、この写植時代のものが好きだ。








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橋 on 橋(中平橋)

橋梁一般

 
和歌山県道29号線を走っているときに目に入った橋。一見、何の変哲もないPC桁橋に見える。しかし、桁の下に、赤いものが見える。配管ではなさそうだ。

 
少し離れて見てみる。どうも、桁のようだ。

 
床版まで見える。どうやら、古い桁の上に新しい桁を架設したようだ。

幸い、すぐ近くに畑仕事をしている方がいたので聞いてみると、推測は当たっていた「古い橋の上に、新しい橋をかけたんだ。二階建ての橋だ」「工事中は通れなかったなあ、その時はどうしたんだっけなあ、迂回したんだっけなあ。おぼえていないや」

 
その方の敷地内より。うーん、よく見えない…。近づけない…。



右岸側左「中平橋」、右岸側右「小薮川」。

 
 
左岸側左「なかたいらはし」、左岸側右「平成8年10月」。









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