DTH57、というのかはわからない。wikipediaにそう書いてあっただけで、他に資料がないのでそうしておく。
枕バネの真上、側受の上のスペーサーが何段にもなっており、とてもバランスが悪い。 左右の側梁をつなぐ台車枠の中梁の太さと、その間に見える上揺枕に比べ、下揺枕のなんと頼りないことか。いや、単なる印象だけれども。 こういう、鋼鉄の塊感がとても好きだ。 PR
12月13日夕方、こんなツイートが流れた。
例の発言をした議員だったので(そのときはスルーしたのだけれど)「またこいつか」と思って取るに足らないみたいなことを書いてしまった。 東北新幹線と東海道新幹線のホームがこうなった経緯については国鉄時代のことから知っているし、元々、新幹線は速達型/各停型という運転系統で、仮に直通するなら速達型で青森→仙台→大宮→東京→新横浜→名古屋→京都→新大阪、のような形になる、と考えている(根拠はない)。だから、例えば福島→静岡、みたいな動き方をするには、仮に直通しても福島(やまびこ)東京(こだま)静岡、と乗り換える必要が出てくるので、直通するメリットを享受するには仙台→名古屋/新大阪、のような需要になるんじゃないか。その距離なら飛行機じゃないか、と考えていた。 だけれども、ちょっと数字が気になったので見てみた。閲覧したのは国交省が公開している「第4回全国幹線旅客純流動データの利用案内」である。2005年のもので、データの見方にはいろいろな注意点があるが、「①都道府県間流動表/出発地から目的地/交通機関別流動表/年間(平日・休日データ利用)」(H17_OD_2.xls)というものを使った。このデータは、かつて仕事でよく見ていたもので、各自治体が発表している数値と見比べたり、相対的な数値からいろいろ判断したりしていた。かなり重宝した数字である。 * * *
調べたのは、東北/上越新幹線エリアから、東海道新幹線エリアへの移動である。全部新幹線を利用しているとみなして以下の数字を書く。 東北6県+栃木から、静岡県では1日1430人。中京圏へは1945人。京阪神へは1860人。滋賀・奈良・和歌山へは359人。締めて5595人。東海道新幹線は1編成あたりの座席が1323席なので、ざっと4本分ちょっと。これなら、1時間に1本くらい直通があってもいいんじゃないの? という気になってきた。同じデータから読み取る新潟県→東京は6540人/日なのだよ。 同様に、新潟・群馬から静岡県に新幹線を使う人は1日616人、中京圏へは904人、京阪神へは1121人、滋賀奈良和歌山へは178人で、合計2819人。東北方面からの半分だ。思った以上に大きい数字だ。 (2013年1月14日追記) 『須田寛の鉄道ばなし』(須田寛著)に数字が書いてあった。「東北・上越新幹線から東海道方面に行く人はOD値で9000人、これくらいの数字だから直通はしない」。というものだった。上記計算だと8414人。そう違わない。 * * *
ここに書いた数字は、条件も複雑だし、絶対値をすべて鵜呑みにされるとまずいと思う。東京→京阪神が年間863万人、1日2万3000人くらいにしかならない。私が知っている数値(年間3500万人、ただし往復)の半分だ。でも、相対的な数値の比率としては、ひとつの目安にはなるだろう。 こんな数字遊びよりも、国交省がこういうデータを持っているよ、ということをもっと広く知っていただければ幸いである。 専門家の方々で、もっときちんとした分析をお持ちの方もいらっしゃると思うので、ぜひご教示いただきたく思います。メールはめんどうなのでtwitterにてぜひ。 旧橋は、ご覧のように突き当たりに土砂が積まれ、通り抜けができなくなっている。 廃道を土砂捨て場にする例はときどき見かけるが、たいていは隧道を使っている。プレートガーダーなど、撤去して屑鉄にして売ればかなりの金額になるだろうに。なぜ放置してあるのだろうか。撤去費用も含めると元が取れない、というのも容易に想像はつくけれど。 すこし西に行くと、その続きの高さにまた改良跡があった。 ここは、2泊3日で関西に取材に行ったときに、思いのほか順調に進み、3日目の予定に余裕があるのでどこかないか…とカシミール3Dで地形図を眺めていて見つけた旧道だった。地形図には、国道257号に「新日和田隧道」があり、旧道には隧道マークはないけれど、尾根を挟んで対峙しているルートがある。 その場で検索すると、例によってサイト『うさ★ネコサンド』さんがヒットした。とくに中部地方において、自分で行ってから情報を検索すると、ああ、ここもあそこも見落としていた、と気落ちしてしまう結果になる素晴らしいサイト。こちらの記事を拝見して、廃隧道があることを確認したので現地に向かった。上の写真は西口坑口である。 あまりこういう表現はしたくないのだが、周囲の湿った感じといい、夏の夕方という雰囲気といい、ちょっとまがまがしさを感じた。谷筋というのは湿っているものであり、そのドンつきにある隧道は湿った印象なのは当然ではなる。西側なので、日も当たりづらく、なおさらだった。 ここに国道から向かう際、採石場のようなものがあったので、一声掛けてから向かった。撮影していたら「そろそろ閉めるから」と、わざわざクルマでここまで声を掛けに来てくださった。ちょっとご迷惑をおかけした形になり、申し訳ない気持ちで反対側へ。 ガードレールには…いや、なにも言うまい。 坑口は綴じられてはいるが、上は剥がれ落ちている。扁額は、やはり右書きで「日和田隧道」。こちらは扁額のアップを撮っていないので署名が読み取れない。 詳しい情報は、うさ★ネコサンドさんの当該ページをぜひご覧ください。 |
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