いま、朝も夜も、都内の道路にバイクはほとんどいない。いても原付二種かビッグスクーター、まとまってもせいぜい3台。たまにビッグバイク。赤信号で止まっても、みな自分のバイクの性能をわかっているし、おっさんばかりなので、わきまえながら順々にスタートする。 学生の頃は、赤信号になると多いときは十数台が並んだ。たいていはオフ車で、XLR250Rが多かった。たまに逆輸入のレーサー、XR250Rがいたり。ぼくはTT250R、当時最新のバイクだった。まだ大型バイクは「限定解除」が必要な頃で、それなりに乗ってる人は多かったけれど、通勤や通学で使っている人はほとんど見なかった。見かけたときは、憧れの目で眺めていた。ぼくが限定解除をしたのは学生時代ではなく、もう会社に入ってからだ。この前、リヤタイヤの側面まで使い込まれたアプリリアのRSV4を見た。すばらしいエンジン音だ(排気音ではない)。ビッグバイクは問答無用にかっこいい。 都心や都内をバイクで走ると、ときどき思い出すことがある。あれは、750ccのバイクを盗まれたぼくに、CB750を貸してくれた友人に返しに行く途中のことだ。国道20号の右側車線を西へ向かっていた。750だから、流れをリードしているのだけれど、トラックが1台、左からおかしな割り込みをして、ぼくの前にかぶせてきた。たぶん、ぼくのことは見えていない。 もちろんこちらは動力性能にも相当な余裕があるのでちゃんと減速してかわし、こういうクルマの近くにいると巻き添えを食いかねないので左側追い越し(これは禁止事項だけれど)でトラックを抜いた。バツが悪いことに、赤信号になった。 左側車線に止まっているぼくの右隣りにトラックが並んだ。助手席の窓が開いた。 「危ねー!」などと怒鳴られるかと思った。いや、危ないのはそちらだし…。ところが、若い男性の運転手が少しすまなそうな顔をして、「ごめんね!」 そうだ、彼は、ぼくに気づかずおかしなかぶせ方をしたのをあとから気づいたのだ。ぼくが左から抜いたのを見れば、その行為を愉快に思っているわけがないことはわかるだろう。こちらは当惑し、照れてしまい、なんとか右手を挙げて「どうも」かなんか間抜けな返事をして、青信号になったからダッシュでスタートした。いや、その場から逃げた。 男性も、バイク乗りだったのかもしれない。 Mr.バイクの「隠れ家信哉直送便」に吹き込みたくなるような話だったが、そういうのもなんか照れるので、ずっとしまっておいた。書いたのは、いまが初めてだ。 15日にはギプスがとれる。どこかに行きたい。 PR
伊豆半島の道路は多くの改良を重ねられているので、そこかしこに旧道や廃隧道がある。廃道についてはよっきれん氏のレポート以上のものはできないので、写真だけ。
ここで道路の上に土砂が崩落している。これ以上先に進むには、藪をかき分けながら土砂を乗り越えなければならない。この日は天気がイマイチであり、また行程がギュウギュウだったので、ここで引き返す。 一度、出発地点まで戻り、今度は南に向かう。 この日は、写真集『廃道 棄てられし道』の取材で、丸田祥三さん、平沼義之さんと伊豆の廃道を訪ねたときのもの。この隧道や洞門は写真集にも収録されている。丸田さんの作品をこそ、ご覧いただきたい。 (2010年9月撮影。2012年6月再訪、ほとんど状況変わらず) もう20年ほど前に廃止された表示で、ということは、この路面は20年以上前からそのままだということだ。舗装というもの、そして路面のペイントというものが、どれだけもつのかは知らないが、交通量は僅少であろうこの山間部では、これくらいのもちはあるのだということがわかる。 岩見沢市のサイト(PDF)を見ると、ここは「巴公団前」という市営万字線のバス停のようだ。 万字の集落には入らなかったので、いずれ再訪したい。 |
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