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河川で分断される都府県

地図・航空写真・分水嶺

 
GoogleMapsで「福岡県ってどんな形だっけな…」と検索したら、律儀に筑後川の右岸と左岸がトレースされ、あたかも南北二つの島になっているように表示された。筑後川はくじゅうと阿蘇の北側の水を集めて福岡県を東西に横断して有明海に注いでいる。福岡県を真っ二つにしている。福岡県内だけを見れば、「筑後瀬戸」である。

そういう観点で都府県を見たことはなかったが、かなりあるだろう。要するに水源が他の都府県か県界上にあり、自県の海に注ぐタイプの河川を持つ都府県だ。

以前、「県界がすべて稜線の都府県はあるのだろうか」と探して「鳥取県の県界はすべて分水界かと思ったら」という記事を書いたのだが、それみたいな調査をざっくりとした。


新潟県は、信濃川、阿賀野川という大河があるが、いずれも長野県、福島県から流入する。つまりそこでぶったぎられる。GoogleMapsでは山形県に発する荒川もそのように描かれている。

北海道と沖縄を除く45都府県の県界をざっと見てみると、こんなふうになった。真っ二つにするものもあれば、端部でちょこっとだけ分断するものもある。代表的なものを挙げた。新潟県は四つ挙げたが別に意味はない。カッコ内は下流の著名な川、*=ごくわずかな部分のみ。

青森県…馬淵川
岩手県
宮城県…北上川、阿武隈川
秋田県…米代川
山形県…最上川
福島県…大川(阿賀川)
茨城県…久慈川
栃木県…那珂川
群馬県…渡良瀬川
埼玉県…成木川(入間川)
千葉県…利根川
東京都…多摩川
神奈川県…道志川(相模川)
新潟県…荒川、阿賀野川、信濃川、関川
富山県…庄川
石川県
福井県…前川(九頭竜川)
山梨県…釜無川(富士川)
長野県…中津川
岐阜県…牧田川(揖斐川)
静岡県…富士川、天竜川
愛知県…矢作川
三重県…揖斐川
滋賀県…瀬田川
京都府…宇治川(瀬田川の下流)
大阪府…淀川(瀬田川の下流)
兵庫県…猪名川(*)
奈良県…北山川
和歌山県…十津川(熊野川)
鳥取県…加茂川(*)
島根県…江の川、斐伊川放水路
岡山県…小田川
広島県…高屋川
山口県…宇佐川(錦川)
徳島県…吉野川
香川県
愛媛県
高知県…仁淀川
福岡県…筑後川
佐賀県…(筑後川の飛地のみ?)
長崎県…志佐川
熊本県…桑木津留川(球磨川)
大分県…大野川
宮崎県…大淀川
鹿児島県…川内川

よく目をこらしたわけではないので、もし「香川県は○川が!」みたいな情報があったらtwitterで教えてください。

【修正ご指摘ありがとうございます】
山口県=ラス&ロードさん

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緑色のポスト(郵便差出箱9号)

街角図鑑

 
福島県の、管理人がいないキャンプ場。有料。その料金箱が、ポストだった。郵便差出箱9号というやつだ。緑色に塗られていた。

 
こういうものって払い下げられるんだな。まあ、丸ポストも多く民間に渡っているので、なんらかのルートがあるのだろう。でも、ラッチ、もしかしたら現用のものと共通なのでは…? ということは(censored



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足摺港・フェリーむろとの痕跡

港湾


東京からバイクで四国に行く際は、徳島と高知があったので、わざわざ神戸経由で室戸汽船に乗ることはない。でも、甲浦といい足摺・土佐清水港といい、とても気にはなっていた航路。写真は交通新聞社『JR時刻表』1991年8月号。その、足摺港(正式には「あしずり港」)を訪ねた。


広い埠頭。ここに「フェリーむろと」が横付けされていたはずだ。いまは、小さなポンツーンが一つ。

 
埠頭の端面。

 
逆から。架道橋も、操作室?も、いまも残っている。

 
別の角度から。

 
もう二度と動くことはないと思われる架道橋の油圧装置。「あしずり港 架道橋」の銘板。

 
メッキ部分も錆が進行している。

 
操作室?は室内にまで緑が侵入している。

 
「フェリーむろと」の痕跡があった。これしかないようだ。




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『江戸・東京水道史』(堀越正雄)

土木・地図の本


1月末刊行に向けて『東京「暗渠」散歩』(本田創編著)の改訂版の作業を続けているため、上水系の予備知識として読んでおこう…と思って手に取ったら、予想外に東京の「国土」と「生活」を守るために東京市・東京府・東京都(以下東京都)が苦闘した歴史で、むしろダム界隈に関係するような話だった。

「現代の」河川の利用については、ダムの方面からの知識がそれなりにある。しかし、それは「現代の」知識だ。それらがないころ、東京はどうだったのか。考えたことがなかった。東京は井戸水と玉川上水でやりくりしていた、いまの玉川上水には利根川からの…くらいの知識であり、「飲料水の心配をする」という考えに及ばなかったし、(かつての)玉川上水から供給しやすい範囲、というのもあまり考えたことがなかった。それは、別のいい方をすれば、いまは水源など考える必要がないほどにインフラとして整備されている、ということでもある。

* * *

「湯水のごとくに使用する」という慣用句がある。本書を読むと、この表現はとても使えなくなる。この表現の初出がいつかはわからないが、1980年代以降のものではないかと思ってしまうくらい、東京都は、水の供給を考えてきた。対して、利用者である我々の意識はそんなものだった。

「言われてみれば」ということが多く書いてある。要するに、人口が増えれば水の供給に難が出る。ビルが高層化し林立すれば、ニュータウンが開発されれば、高台に住宅地ができれば。家の蛇口が一つでなく四つ五つになれば。各家庭に風呂が設置されれば…。また、火災に対抗するための水、という観点はぼくにはなかった。東京は江戸期や明治前半によく大火に襲われるが、日が出ても消す水がなければどうしようもない。水道の普及は火災の食い止めにも多大な効果をもたらした。

いまでこそ蛇口を捻ればいくらでも水が出る。しかし、明治前期から昭和にかけて、こうした水道の普及すら反対された。まずは明治10~30年代初頭の、市区改正からの淀橋浄水場と玉川上水新水路。次いで大正期からの村山貯水池と昭和初期の山口貯水池。そして小河内ダム計画では、立ち退きが済んでいるのに反対派により工事にとりかかれず、立ち退いた人の生活が宙に浮く。その間、関東大震災と戦災による二度の大ダメージ。逼迫し、渇水が常態化しても「地下水があるだろう」という反対派である。しかし、現実には、こうした数十年単位でかかるインフラ整備をはるかに上回る都市人口の増加が進む。

現代の「完成された」水利用だけを見ると、「うまいこと考えたね」という単純な感想になる。しかし、その裏には、「目先だけしか見ていない反対派」をかわしながら、東京都下への水供給に不安がないようにするための、東京都の100年以上にわたる努力があった。広域エリア特有の、時代時代の事情…玉川上水から供給しづらい地域への人口増、下町低地と地盤沈下、旧15区以外での上水、23区以外の都下各市町村での上水、近県からの水の融通等々の問題をクリアしながら、直結する都民の生活に資してきた。世田谷通りが多摩川を渡る「多摩川水道橋」も、そうした経緯をもって、やっとのことで川崎市から水の供給を受けることができるようになった証だ。

* * *

ぼくが東京に来たのは平成3年(1991)年だが、1994年の渇水のことはよく覚えている。ぼくがバイクを洗っていたら、アパートの大家さん(70歳くらい)に強く言われたのだ。ぼくは「まだ大丈夫だし…」くらいの気持ちと、洗わなければならない事情があったのだが、大家さんには昭和30年代~40年代の、毎年のような渇水の記憶がよみがえってきたのかもしれない。

幸いなことに、東京でそうした報道がなされたのは、それ以降は一度もない。それは、東京の水道供給インフラが、ようやく「誰も気にせずにすむ」ほどに整備されたことを意味しよう。

本書で、昭和39年(1964)渇水時には「東京サバク」と言われた…ということを知った。本書では触れていないが、内山田洋とクールファイブの『東京砂漠』(昭和51年・1976)はこのときの語感を流用しているのだろう。両者の間に地方で生まれたぼくには知るよしもなかったけれどいまでは「東京砂漠」という語は渇水のことではなく、「疲れ果てた都会生活」のような意味になっているのもまた、水道インフラという意味ではよかった、といっていいだろう。






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謹賀新年2021

独言・日記

 

謹賀新年
2021


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2020年のGPSログ

地図・航空写真・分水嶺

 
毎年年末恒例、1年のGPSログの振り返り。今年は北海道、四国、九州に足を踏み入れることができた。コロナ禍のためにGWは出かけなかったが、6月にTENERE700が納車。夏休みには四国~九州ツーリングのほか、ちょこちょこと中距離のツーリングに出かけた。


今年ならではのGPSログは、宮古~室蘭航路だ。震災復興の一環として、2018年6月にシルバーフェリーが就航した宮古~室蘭航路。開業時には宮古までの高速道路ができるという予定だったような気がする。ところが間に合わない。利用者は少なく、2020年3月で撤退というアナウンスがなされたため、2月初めに友人二人と乗りに行った。室蘭滞在2時間というトンボ返り。

ぼくらが乗った2週間後、この航路は突如休止となり、シルバークイーンは「ダイヤモンド・プリンセス」内でのコロナ対策の応援のために横浜に向かい、そのまま宮古に戻ることはなかった。そして4月1日からは八戸~室蘭航路となった。

川崎近海汽船 室蘭~八戸~宮古航路 室蘭港・八戸港・宮古港の記録
川崎近海汽船 宮古~室蘭航路 宮古港の記録


 
夏休みは、鹿児島県の山川~大根占航路まで足を延ばした。

そんなこんなで、2020年に足を踏み入れなかった県は、
・青森
・秋田
・富山
・石川
・福井
・奈良
・和歌山
・香川
・沖縄
となる。

北海道のように2時間しか滞在しないところもあれば、香川県のように「あと1.3km地点」まで行きながらも足を踏み入れなかったところもあるのが、都道府県で機械的に区切ったときのおもしろいところ。富山金沢福井は、本来ならば秋にバイクで行くはずでした。でも雨だったのでね…。

2021年も、2020年と同じような「でかけにくさ」はあるのだろう。離島はなおさらだ。来年のGPSログはどうなるのかな。

【過去の記事】
2019年のGPSログ
2018年のGPSログ
2017年のGPSログ
2016年のGPSログ
2015年『轍のあった道』アワード
2014年のGPSログ
2013年のGPSログ







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稚内の除雪用車両 夏姿

道路除雪車


●除雪車
 
 
 
稚内市内にて。ブレードをきれいにそろえている。排気管は通常の車体下部ではなく上方になっている。車両は三菱ふそうザ・グレート、UD、そのOEMのいすゞ。手前の三菱ふそう、前輪が前方にオフセットされている。背面には側方除雪用のブレード。




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『東京23区凸凹地図』 『東京スリバチの達人 分水嶺東京南部編』

土木・地図の本


『東京23区凸凹地図』2000円+税。
『東京スリバチの達人 分水嶺東京南部編』1500円+税、(昭文社)。
皆川典久さん監修(後者は著)/荻窪圭さん(古道・石碑・石仏)・松本泰生さん(階段・坂道)・本田創さん(暗渠・水路)協力のもとで刊行された。安い…。
 

お好きな…もう自分なりにかなり知っている皆さんには『東京23区凸凹地図』(右)が、シンプルで、参照性が高いと思う一方で、
『東京スリバチの達人 分水嶺東京南部編』は、知っている場所でも、読むと改めて知識を整理できる。こういう話のおもしろいところは、何度聞いても、何度現地に行っても楽しいところだ。「知ってるから、聞かなくて/読まなくていい」とはならないのがおもしろい。

『東京23区凸凹地図』は通常の道路地図のようにメッシュ式、『東京スリバチの達人 分水嶺東京南部編』は任意の地点を切り出して現代・明治・江戸の地図を掲載してそれぞれ解説を加えている。


たまたま、豊島園付近にハンバーガーを食べに行く行き帰りに付近をぶらぶら。右は「スーパー地形」でのGPSログ(その日以外のものも表示されています/表示されているのは「スーパー地形」で取ったGPSログのみです)。


歩きながら、「おっ!」と思った道に入るのだけれど、暗渠ぽいところがあったらまず入る。


それを、帰宅後、地図とGPSログを見比べながら「やっぱりそうか」と思う。これ、現地でわかったらいちばんいいのだけれど、常に
持参するにはちょっと重い。十数km分としても必要なのは数見開きなので、2冊買って、1冊は「地図帳」として一覧性を保持しつつ自宅に保管、おう1冊はバラして持ち運べるようにするのがいいのではないか。


となると、次に思いのは「これ、KMLデータで欲しい!」。データだけで2000円、3000円で売ってもいいでのは。あるいは、これをアプリ化してほしい。それぞれをマイマップ等で公開している方はいるのだけれど、それを自分で集めるのはめんどう…(すみません)。


冒頭の写真は帯をはずしていたけれど、帯つきだとこう。カバーも本文DTPも同じDTP会社が担当している。装丁ができるデザイナーに頼めばいいのにな、というのが率直なところ。『東京23区凸凹地図』 は「凸凹」が何を意味するのかが、カバーと帯からはわからない。本書の一番の特長である「凸凹地図」や各種情報を昭文社の『さんぽ地図』のように帯に擦り込めば、一般への訴求力が高まるのではないか。

あと
、帯が大きすぎるかな。この黄色の帯が、彩りかつ「スリバチ地形」や「地形の凸凹」を端的に表現しているイラスト(写真をイラスト風に加工したもの?)を全部隠してしまっている。帯の文言がこの量と内容なら、3分の2くらいの高さでいい。とはいえ、帯というのは版元の考え方が出るもので、これらは店頭での効果だけを狙っていて、紙も薄いし、帯と一体になったデザインではないので「正しい」。個人的には「脱タモリ」しようと、と思うのだけれど、「タモリ氏推奨」も「正しい」。

帯について、さらに。これは出版業的な余談として、『東京23区凸凹地図』の帯に書名がないのに驚いた。通常、版元での帯の在庫管理や書店店頭ではがれたときのために、書名が袖に入っている。それがない、というのも、前述した「帯に対する版元の考え方」が出ているなと思った。


これが、めざしたハンバーガーです。おいしかった。セットで1500円超。


ちょっと関連して。この2冊の協力者でもある本田創さん編著の『東京「暗渠」散歩』、洋泉社版から約9年、実業之日本社から改訂版として刊行します。黒沢さん、髙山さん、樽さん、福田さん、三土さん、吉村さん(50音順)のご協力をいただきまして鋭意進行中です。地図などは総入れ替え、90×60cmの大判暗渠地図付き。1月末発売です。(カバーは仮のものです。いくつか修正が入ります)


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档鳥坂隧道

隧道・廃隧道

 
滋賀県の、村田鶴による一連の隧道作品群の一つ、档鳥坂(あとりざか)隧道の北側坑口。国道303号の旧道。「旧道」と書いたが、いまも国道303号だ。現在は並行して新档鳥坂トンネルがある。

ポータルは、意匠を凝らした他の村田作品と異なり、とても質素な作りだ。とはいえ見た目のバランスがとてもよく、迫石などの仕上げも丁寧。

「档」は木偏に當だが、フォントとして用意されていないようだ。

 
ほとんど通る人もいなそうな隧道でも照明が灯っているのは国道だからか。

 
巻き立ては、アーチ部分は煉瓦、起拱線より下はコンクリート。地圧により坑口に向けて力がかかり、円周状に傷むのはお約束。この水漏れはそのためか。

 
南側坑口。

 
扁額は「道通天地」。nagajisさんによれば、左端は「武彦」すなわち当時の滋賀県知事・伊藤武彦。現代の目からすればこんな短い隧道でも、県知事が揮毫するほど大切な、重大な土木工事だったということだ。

この隧道については、nagajisさんの旧道倶楽部活動報告書を読んでいただくのがいちばんだ。2000年代前半の取材に基づくレポートだが、現在と違うのは、内部が別の素材で巻き立てられていること。なぜ剥がしたのだろう。劣化したのか、それともわずかでも道幅を広げたかったのか。









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宿毛フェリーと宿毛湾港(宿毛港)

港湾

 
夜行便含めて1日3往復していた宿毛フェリー。大分県の佐伯と高知県の宿毛を結んでいた。鉄道ファンの友人たちが何人か利用していたのは見ていて、いつか乗らないと…と思っていた。2016年と2017年に四国~九州をそれぞれ往復したのだけれど、利便性の高い八幡浜と、スオーナダフェリーを使ってしまった。そんなことをしているうちに、2018年10月、休航になった。

公式サイトはまたいきているが、船舶は売却済みだ。
http://www.sukumoferry.com/

 
宿毛湾港は、宿毛の市街地から西にちょっとだけ離れている。このフェリー埠頭があるのは片島地区。

 
事務所がきれいに残されている。フォークリフトもそのままだ。

 
閉鎖されている事務所を窓越しに。とてもきれいなままだ。

 
トラックが休んでいた。

 
かつてフェリーに架けられていた可動橋。駐車場の位置からして、待機していたクルマはいったん公道に出てここに回り込まねばならなそうだ。使い勝手が悪い…。

 
右が可動橋、左が公道。










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