線路は南北方向に走っていて、これは南(安房鴨川側)から北(蘇我側)を見たもので、左が下りホーム、右が上りホーム。それぞれ、エレベーターの取り付け位置が違うので、古レールによるフレームの見え方が違う。 PR
副港橋梁(留萌)脇にかつてあったアラントラス?のつづき。
●関連記事 副港橋梁 留萌本線脇の廃橋梁 中路橋のように見えるが、リンク先を見ると上路鈑桁のようにしか見えないので、実際にはこの上に床版を置いていたはずだ。 写真左(西)から、上路プレートガーダー、下路プラットトラス、その向こうは上路ワーレントラスの3径間。それを、新しい中路のランガー桁はひとまたぎにしている。 トラスの左側(上流側)に歩道がある。これは道路橋に転用した時に増設したものだ。 左側に「鬼渕橋」と書かれた銘板が見える。 茶色く錆びたトラスの隙間から、床版を支える縦桁のピンク色が見える。これは道路橋に改造した際に追加した部材だろう。 こうして、100年前の、日本の製鉄の夜明けのような時期に生産された鋼材でできた橋が、錆ているとはいえ部材が欠けることもなくいまここにあるというのは、すごいことだと思う。 続いて、西側の鈑桁。 橋脚はコンクリート製に改築されたか、補強されたか。こちらにかの湯口徹氏の写真があるが、どちらの橋脚も石積みに見える。 この鬼渕橋は木曽森林鉄道現役時から有名だったので、ネットでも多数の現役時の写真を閲覧できる。
一緒に「きっぷジャンケン」に出演したのが縁で仲よくなったイシトヤチグサさんの出演する舞台『しんや、にじ、くらくらと。』に行ってきた。芝居を見るのは十数年ぶり、といっても芝居をしていた友人のを何度か見に行ったくらいで、前回は猫のホテルの舞台だった(いまサイトを見たけれど、古すぎて載ってない)。
紙・電子問わず出版での表現を主として少しは映像に関心がある者として「芝居」を見て思うのは、芝居というのはいろいろな表現手法のいいところを取り入れることができる器なのだということ。代わりに、その労力たるやたぶん最大級だし、大規模な形で広がることも難しい。出版物や映像と異なり、現地に行かないと共有できないからだ。でも、仕方ない。映像(テレビなど)で、芝居の手法を取り入れたりすることがときどきあるが、私はあれは大嫌いである。伝わらないよ、無理だよ。芝居は「生」なんだ。 『しんや、にじ、くらくらと。』で圧倒されたのは、声と、身体での表現だ。見ている者をどんどん引き込んでいく。まるで役者と自分が同じテーブル、あるいは近くのテーブルで飲んでいて、会話に加わってもいいかのような錯覚に陥る。 ちょっと気の利いたレストランや飲み屋で、客に誕生日イベントをすることがある。店主導で、ケーキとかデザートをプレゼントするもので、店員たちが手拍子しながら客の元にやってきて、それにつられて店の中が一体となって手拍子をする、といったイベントだ。そのときのように、思わず、役者と一緒に叫んだり、盛り上げたり(そういうシーンなのだ)したくなってしまう。声が漏れてしまいそうになる。この引き込みようはすごい。 ストーリーは…予想していたのは、深夜二時の青春群像。でも、ちょっと違った。人は誰でも与えられたステージがあり、それを見守っている人がいるということ。気持ちが明るくなる青春の物語。そういうのは、40のおっさんが見ても、とても楽しいもので、感動するものだ。こういう芝居は、中学生などに見せたらいいんじゃないか? すばらしい教育になると思うのだけれど。 追伸:ストーリーについては、フライヤー等には一切書いてないのに、公式サイトに少し書いてあった。事前に見なくてよかった。。。 |
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