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20120901_003.JPGJR内房線の上総一ノ宮駅に、美しい木造跨線橋がある。エレベーターが併設されたので、当面はこのまま使用されるのだろう。

線路は南北方向に走っていて、これは南(安房鴨川側)から北(蘇我側)を見たもので、左が下りホーム、右が上りホーム。それぞれ、エレベーターの取り付け位置が違うので、古レールによるフレームの見え方が違う。

20120901_004.JPG
20120901_001.JPG側は古レールをトラス構造に組んでいる。縦桁は木製かと思いきや、リベットがあることから金属製のようだ。逆台形という形状からして古レールではないようにも見える。床版は木製。
20120901_020.jpg跨線橋内部。屋根を支えているのはアングル材。屋根と側上部の間に隙間があるのが跨線橋らしい。

20120901_008.JPG窓はガラスはめ殺し。

20120901_009.JPG下りホームへの階段。上り口の屋根が少し反っている。

20120901_011.JPG意匠的なものだろうか。

20120901_010.JPG階段部分の窓は、ガラスの入れてある窓とない窓がある。

20120901_012.JPG下りホームの上り口。両側下部に親柱のような意匠。

20120901_002.JPG下りホームのエレベーター取り付け部。踊り場(?)の下部はがらんどう。

20120901_021.jpg上りホームの踊り場(?)下部は倉庫かなにかになっている。線路方向には窓もある(冒頭写真参照)。トイレではなかったと思うが、記憶にない。

20120901_005.JPG珍しく塗装標記があった。透明素材に手書きされた者で、少しはがれていた。全体的に美しい跨線橋だった。


 
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20120905.jpg国道7号を青森港に曲がるところにあるENEOSの給油所。サービスルームと計量器が一体となり、キノコのような形になっている。もし休憩したいなら、きのこの軸部分に入ってもいいのだろうか。

過去、何度かここで給油したことがある。今回は夜景ということもあり、スタッフに断って撮らせてもらった。

夜景ということが、旅のイメージを醸し出す。タイムスタンプは22時36分。函館行きフェリーの出航は深夜2時40分。あと4時間ある。ターミナルはすぐそこ。時間はたっぷりある。まあ、半田屋で夜食とって、待合室で仮眠かな。



 
副港橋梁(留萌)脇にかつてあったアラントラス?のつづき。

●関連記事
副港橋梁 留萌本線脇の廃橋梁

20120904_000.JPG昨夏は大雨の中バイクで移動していたので立ち寄れなかったが、今年は立ち寄れた。こんなだった。3主桁と、その横構が残っている。

中路橋のように見えるが、リンク先を見ると上路鈑桁のようにしか見えないので、実際にはこの上に床版を置いていたはずだ。

20120904_001.JPG横から見た主桁。

20120904_002.JPGかつては、こんな川幅でさえ、川の中に橋脚を建てなければならなかったのだろうか。後年の、つまり現役の橋梁はひとまたぎにしている。


 
20120902_012.JPG木曽森林鉄道の橋梁の遺構として有名な鬼渕橋梁。すでに製作から99年を経ている。道路用に転用されたが、現在はすぐ横(南側・下流側)に新しいランガー橋が架設され、いまは封鎖されて保存されている。なかなか引いた写真が撮れないのが残念。

写真左(西)から、上路プレートガーダー、下路プラットトラス、その向こうは上路ワーレントラスの3径間。それを、新しい中路のランガー桁はひとまたぎにしている。

20120902_007.JPGこのように。河床には脚を建てないに越したことはないので、完璧な「新道」である。

20120902_000.JPG方向が前後するが、鬼渕橋梁たるプラットトラスを西から。橋門口の、ふたつの大きな四角形+対角線がかっこいい。

トラスの左側(上流側)に歩道がある。これは道路橋に転用した時に増設したものだ。

20120902_001.JPG
左側に「鬼渕橋」と書かれた銘板が見える。

20120902_009.JPG20120902_010.JPG20120902_011.JPG歴史的鋼橋集覧によれば、最初期のリベット留め国産鉄道用鋼橋で、鋼材も八幡製鉄所製。1913年製だが、この数年前までは、まだアメリカ製のピントラス全盛期だった。

茶色く錆びたトラスの隙間から、床版を支える縦桁のピンク色が見える。これは道路橋に改造した際に追加した部材だろう。

こうして、100年前の、日本の製鉄の夜明けのような時期に生産された鋼材でできた橋が、錆ているとはいえ部材が欠けることもなくいまここにあるというのは、すごいことだと思う。

20120902_002.JPG東側の左側には、大正二年の横河橋梁製作所製作の銘板がある。右書きだ。右側には「鬼渕橋」の銘板があるが、前出のものと同じなので省略する。この銘板は、道路橋に改造した際に取り付けられたものだろうと推測する。鉄道橋には橋梁名の銘板がつくことはない。こちらにかつての西側の姿があるが、銘板はない。

続いて、西側の鈑桁。
20120902_013.JPGありふれた道路橋にしか見えない。

橋脚はコンクリート製に改築されたか、補強されたか。こちらにかの湯口徹氏の写真があるが、どちらの橋脚も石積みに見える。

20120902_005.JPG東側の上路トラス桁。橋台側含めてコンクリートで改修されたのだと推測。

20120902_006.JPG橋台側の端部はこのように補強されている。

20120902_003.JPG橋脚側にはその補強はない。

20120902_004.JPG真横から。

この鬼渕橋は木曽森林鉄道現役時から有名だったので、ネットでも多数の現役時の写真を閲覧できる。というのだから、ある意味、キソシンの象徴でもあったのだろう。その橋がいまあることを噛みしめたい。
 
一緒に「きっぷジャンケン」に出演したのが縁で仲よくなったイシトヤチグサさんの出演する舞台『しんや、にじ、くらくらと。』に行ってきた。芝居を見るのは十数年ぶり、といっても芝居をしていた友人のを何度か見に行ったくらいで、前回は猫のホテルの舞台だった(いまサイトを見たけれど、古すぎて載ってない)。

紙・電子問わず出版での表現を主として少しは映像に関心がある者として「芝居」を見て思うのは、芝居というのはいろいろな表現手法のいいところを取り入れることができる器なのだということ。代わりに、その労力たるやたぶん最大級だし、大規模な形で広がることも難しい。出版物や映像と異なり、現地に行かないと共有できないからだ。でも、仕方ない。映像(テレビなど)で、芝居の手法を取り入れたりすることがときどきあるが、私はあれは大嫌いである。伝わらないよ、無理だよ。芝居は「生」なんだ。



『しんや、にじ、くらくらと。』で圧倒されたのは、声と、身体での表現だ。見ている者をどんどん引き込んでいく。まるで役者と自分が同じテーブル、あるいは近くのテーブルで飲んでいて、会話に加わってもいいかのような錯覚に陥る。

ちょっと気の利いたレストランや飲み屋で、客に誕生日イベントをすることがある。店主導で、ケーキとかデザートをプレゼントするもので、店員たちが手拍子しながら客の元にやってきて、それにつられて店の中が一体となって手拍子をする、といったイベントだ。そのときのように、思わず、役者と一緒に叫んだり、盛り上げたり(そういうシーンなのだ)したくなってしまう。声が漏れてしまいそうになる。この引き込みようはすごい。



ストーリーは…予想していたのは、深夜二時の青春群像。でも、ちょっと違った。人は誰でも与えられたステージがあり、それを見守っている人がいるということ。気持ちが明るくなる青春の物語。そういうのは、40のおっさんが見ても、とても楽しいもので、感動するものだ。こういう芝居は、中学生などに見せたらいいんじゃないか? すばらしい教育になると思うのだけれど。


追伸:ストーリーについては、フライヤー等には一切書いてないのに、公式サイトに少し書いてあった。事前に見なくてよかった。。。


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