関東大震災については一般的には被害だけが採り上げられることが多い。記録とはそういうものであろう。しかし、実際に大変なのは「その後」であり、完全復旧までの道のりである。そうしたことを採り上げたものとしては『人物国鉄百年』(青木槐三著)や『国鉄を企業にした男 片岡謌郎伝』(高坂盛彦著)がある。とくに前者は本書と同じ「関東大震災と鉄道」という一節がある。これらを読んでいたので、ある程度の流れやエピソードは把握して本書に取り掛かったのだが、著者は『日本鉄道旅行地図帳』に関わっているだけに、評伝と記録をバランスよく記載している。 この手の本といえば、資料や既刊本からあらすじをまとめ直すだけでおしまい、ということも多い。しかし、本書は実際に丹念な取材をした上で書かれている。巻末に取材協力者の名前があることからわかるように、ルポライターのように(と私は感じる)地道な取材をしたと聞いている。そうした裏付けが厚みとなって出ている。また、ドキュメントの要素を含んだ本にありがちな、登場人物に会話をさせたりするようなことがほとんどない。リアリティを出すための会話調の部分は当時の新聞を引用するなどして、うまく、創作にならないように留意しているようだ。 私がもっともおもしろく読み進んだのは、第6章(最終章)「避難列車」所収の「救援に駆けつけた関釜連絡線」だ。その「勝手な行動」は感動的である。第6章は、全般的に東日本大震災後に三陸鉄道が復興の象徴として無料で運転を開始したというエピソードに重なるものである。そういえば、そのことを描いた漫画『さんてつ』も新潮社だ。
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写真を見るにつけ、被害のひどさを実感する。現在は地震対策が進んでいるため、関東大震災と同じことが起こってもここまで破壊されることはないだろうし、各地を襲い、被害者を倍増させた火災もいまほど起きないだろうとは思うが、果たして…? ほぼ同時に、災害と鉄道を扱う新書が刊行され、それも読んだが、各社が講じている対策に「十分ではない」と難癖をつけているだけにしか見えなかった。そういうあげつらい方なら、災害対策にどれだけ投資しても「まだだ、まだ不十分だ」と言い続けることができるようなあげつらい方。内容も、土木や災害の専門家ではない人が調べて一所懸命書きましたという印象を含めて水増し感がとても大きい。この著者はこの本でもブログでも他者や同業者に対する嫌みを書いており、ちょっと見方が変わった。読まぬが吉。
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本書の主旨とはまったく異なるのだが、おもしろい記述がある。のちの御殿場線の第二酒匂川橋梁の下り線で仕様されていた100フィート英国系ポニーワーレントラス2連が、タイのクワイ川橋梁に転用されたというのだ。まとめは御殿場線の橋梁群(1)3つの酒匂川橋梁概説を参照されたい。 本書のような、鉄道専業のライターではない著者が執筆した、鉄道に対する新しい視点を与えるものが、今後も続々と刊行されることを期待する。もちろん、鉄道ライター諸氏には、愛好者のための本を存分に書き続けてほしい。 PR 現在は「9電力体制」になっている日本の電力会社は、戦時中に国策で統合されるまではかなりの乱立状態で、事業としても不安定な要素を含むものだった。そのなかで、異様な情熱を持ったカリスマたちが着々と勢力と権力を強め、日本を仕切っていく。そうした電力史を人物の面から、主として好意的に描いたのが本書だ。 それぞれがどういう人物か、生まれから育ち、職に就いてからの師弟関係などが、その人物の性格とともに、それぞれ細かに述べられている。そういう書き方だから、多少は色がついているだろうし、客観的事実を読み取ることの妨げになるかもしれない。それでも、こうしたことを把握するには、本来は評伝(掲載されているのは評伝がかかれるような人々がほとんどかもしれない)を読破しなければならないところ、簡単に把握できることはありがたい。 そういう書き方だから、いとも簡単に電力会社が設立され、資金が集まり、買収が成功していく。本書の読み方としては、あくまでおあらすじであって、そこから個々の人物の探求を始めるというのがいいのだろう。 刊行は2009年。東日本大震災の前なので、原子力発電に関することも、肯定的に書かれている。いまなら、そこにいろいろな配慮を入れざるを得ないだろう。そう考えると、本書は「震災前の電力史観」の集大成なのかもしれない。 カバーは左上から時計回りに松永安左エ門、藤岡市助、小林一三、岩垂邦彦、新井章治、福沢桃介。掲載されている肖像写真と見比べて同定しようとしたが、似顔絵が下手だから全部わからなかった。と思ったらカバー袖に書いてあった。 実は、本書とほぼ同じものが、帝京大学のサーバにPDFであがっている。 『電気事業家と九電力体制』。 https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/kshimura30.pdf これをベースに、章立てを再構成したものが本書のようだ。ぜひご覧いただきたい。 写真は、いまいるのが磯谷トンネル、向こうにあるのが刀掛トンネル、その左の閉塞している坑門はイセバチトンネルだ。 右下には銘板があるのだが、現地では気づかなかった。節穴。 冷涼と思しき積丹の地でもクーラーは導入されているようで、つい、国鉄において、国鉄職員が乗る荷物車は被冷房なのに、郵政職員が乗る郵便車が冷房だったということを思い出す。もっとも、それは車内で区分をするために窓を開けられない(風で郵便物が飛散してしまう)ためでもあるのだが。 手元の2万5000図では、まだ旧道しかないのだが、更新が遅いのだろう。新道が開通したのは1987年だ。旧道となった種前トンネルは、完全に閉鎖することの多い国道229号沿いの多の隧道とは異なり、まだ口を開けている。 まだ7時すぎだた、建設工事中なので、ここで引き返し、向こう側から見ることにした。 ヴォールト内部、坑口側のみ鉄骨で補強されている。これは、地山が坑門を押す力が働くことによるヴォールト入口部分のひび割れを補修したものだろう。 |
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