その道路の終端部が、ここ。防波堤と民家に挟まれたところで切れている。健康そうな子どもたちが何人か遊んでいた。 このような切り通し。周辺には密漁禁止の看板が立ち、密漁監視の看板を掲げたクルマが頻繁に往復している。バイクを止めてここらへんを歩いている私は、彼らから見たら密漁者に見えるだろうから、カメラで写真を撮っていることをおおげさにアピールした。 日蓮宗のものだった。関係ないが、北海道では多くの天理教の施設、それも地域に根付いている建物を見かけた。
* * *
小谷石には、ローカルバスが3本、通じている。web上には、その乗車記もある。冒頭の小谷石の写真を撮って引き返したら、バスがやってきた。LEDによる行き先表示は「すみません、回送中です」。とっさのことで写真を撮れなかった。 小谷石は、1973年に土砂災害に見舞われている。そのレポートがここにある(PDF)。 http://www.gsj.jp/data/chishitsunews/74_02_01.pdf PR この本が秀逸だと思うのは、読者が自ら同じことを始めてしまうという点だ。私がこの本のことを知ったのは八重洲地下街で昼食をとっていたとき。すぐに八重洲ブックセンターでこの本を買い、自分とタイポについてツイートしてしまっていた。そして、その午後には内海さんにより#街角タイポというタグが作られ、いろいろな人がツイートしはじめた。恐ろしい感染力だ。 ある特定のセンスを持った人たちがそれぞれ個人的に日常的に眺め、独り言のように脳内で鑑賞していたものが、ひとたび発表の場を提供されると、堰を切ったようにあふれ出す。溜め込んでいた写真を吐き出し、語り始める。自分とタイポグラフィを見つめ直す。その瞬間を目撃できたのは、とてもすばらしいことだ。著者の藤本健太郎さんは、きっともっと嬉しかったに違いない。 本書のもうひとつのすぐれた点は、書かれていることに対して、自分ならここに注目するだとか、これに似たのがここにあるとか、口を挟みたくなることだ。著者がただ一方的に見せるだけではない。本と会話ができるのだ。 本文に通底するのは、詠み人(著者は、市井のタイポグラファーをこう呼ぶ)の発想の自由さを、かなり遠くから読み取り、かといってそこにデザイン以上の意図を読み出さない、その姿勢だ。それをあげつらったりもしない。古いとかダサいとか見下す気持ちもない。一所懸命した仕事に対する敬意は少しだけある。内海さんの『100均フリーダム』に通じる鑑賞だと思う。もともと、詠み人の側には県章や市町村章にあるように「ここが円形なのは調和を意味している」みたいな、むりやりな意味づけがない。だから、そういう読み取り方をしなくてもいい。タイポも本文も押しつけがましくないから、読者が自分の解釈をする余白がある。そこが、すばらしい。 願わくは、本書の劣化コピーのようなチープな本がコンビニの500円本みたいな形でハゲタカ版元から刊行されませんように。 ●タイポさんぽ(版元公式ページ) ●私の過去ログにおける駅名標のタイポさんぽ:昭和50年代の駅名標(越後線)その1 一晩中、貨物列車が通る。その度に地面が揺れるというすばらしい環境。夜のうちに、跨線橋が古レールのプラットトラス+木造であることはわかっていたが、夜が明けてから撮影した。画像奥が函館豊年、左が上りホームで駅舎側、右が下りホームである。それぞれ、階段部分が改修されている。 階段部分もすべて木製。支柱などが古レールでも、階段部分はコンクリート製に置き換えられていることも多いが、ここは木製を保っているのがうれしい。一部の脚の土台はコンクリートで補強してある。 画像検索すると、どうやらかつてはこの向こう、駅の外まで跨線橋が延びていたようだ。
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この朝、駅前の民家2軒からそれぞれ地元の方が出てこられ、お話をうかがった。そのうちの1軒が、この駅を管理しているとのこと。見学している間に、駅舎内外とトイレの掃除をしていた。私が「虫が多かったので外で寝た」などと迂闊に言ったことが影響しているなら申し訳ないと思った。 一人が言った。「あんた、この人(駅管理人)の家に泊めてもらえばよかったのに! どうせ空き家はいっぱいあるんだよ」
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駅便(国縫駅)
2012年8月18日(土)深夜、京王線の調布付近を地下に切り替える工事が行われる。その直前の準備の様子を当日見に行って来たのだが、よく考えれば「地上の京王線よ、サヨウナラ」という廃止日のようなものであり、かなりたくさんの鉄道ファンがいた。特に、地下化される部分の前面展望を撮ろうとする人が多く、ひしめきあっていた。沿線には、日常の利用者である地元の人たちもたくさん写真を撮っていたし、家の窓から見ている人もあった。
全体の様子はこちらに公式サイトがある。 調布駅を地下化するため、調布の前後3ヶ所で、地上から地下への切り替え工事がある。こうした工事では、新線部分を完全に脇に作って置いて、切り替え当日には旧線のレールを新線のレールにつなぎ替えるような形でする…つまりレールの平行移動だと思っていたのだが、今回の場合は、現状の線路の真下に複線を敷いておき、当日、レールを垂直方向に移動して新線とつなげる工法である。 ●西調布(地上)→調布(地下)へのルート この区間は、以上。 ●調布→京王多摩川 その他の表情は、西調布付近と変わらず、また撮影に適する場所もなかったので、ここまで。 ●柴崎→国領 動画でご覧いただきたい。土嚢が見えるあたりから、地下に潜っていくことになる。 youtubeにアップしてから「ブレ補正」をしたら、貫通扉がグニャグニャ動くように加工されてしまった。。 写真は南から北を見たもので、右が現在の豊浜トンネル、左が旧道の豊浜1号隧道だ。こうして見ると、新道を作るに当たって大幅に山を切り開いており、知識がなければ1号隧道など端から必要ないような地形に改変されている。 その理由を含めて「廃報アーカイブ」に綿密なレポがあるので、ぜひそちらをご覧いただきたい。 この先は、記憶では藪がひどく、道もなかったような気がしている。いや、でもあったのかもしれない。私は今回は探索ではないので、ここまでにした。 |
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