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『カシミール3D』で北海道の地図を閲覧する、という作業をずっと繰り返している。標高データと組み合わせた地図を拡大率を小さくして地形図を見ていると、思わぬおもしろさを発見する。

…といいつつ、地形とは関係ない、おもしろい表現をひとつ。
(地図はすべてカシミール3Dを使用した)

上春別。
20120515_000.jpg.

中西別。
20120515_001.jpg.
西春別。
20120515_011.jpg.

地名表記が、あたかも市街地を囲む城壁のように配置されている。

文字の配置は地形図製作者のセンスによるものだろうが、これは遊びの要素も含まれるのだろうか、それとも何か一定の決まり事に沿って配置したらこうなってしまうのだろうか。

広い地域で見ると、こんな分布。

20120515_010.jpg根釧台地は格子状防風林で知られている。地形図からもそれがよくわかる。真実はともかく、地図鑑賞者として、それになぞらえて見てしまった。


●おまけ

20120515_012.jpg冒頭の3図は、国鉄標津線とは直接の関係がない場所だが、この地に鉄動があった名残が、近くの地名に残っている。
 
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※ブラウザによっては写真の位置が正しく表示されません

新潟みなとトンネルの「山の下みなとタワー」から、こんな橋が見えた。
20120514_031.jpg前後に道路がない。まるで、鉄道の廃線跡のようだ。…いや、トラスの軸とは直角方向に、上記画面内に廃線跡はあるのだけれど。

ワーレントラスが3組、並列している。スパン割はそれぞれの端部を除いて同じで、上空から見ると、写真で言うと手前(北側)を長辺、奥(南側)を短辺とした台形になっている。

その晩。
20120514_001.JPG1枚目の写真の「抜こう側」に道路があって、そこからは間近で見ることができた。台形の短辺にあたる側だ。

20120514_000.JPG1枚目の写真でいうと、左側の端部。鉄道になぞらえて言うと、左から、単線/複線/複線の廃線跡。ここは、コンクリートの柵があり、隙間も狭いので、自由に撮ることはかなわなかった。

翌朝。

20120514_005.JPGもっとも長い桁。衛星画像で見ると、スパンは60mくらいか。この桁と平行する奥の桁はスパン70mほどだろう。

20120514_006.JPG写真右が、ひとつ上の長いスパンの桁。そこから左にそれぞれスパン30mほど、40mほど、40mほどの桁が架かっている。

なぜ、こんなスパン割なのか。それは、かつての航空写真を見れば一目瞭然だ。

20120514_map1.jpg国土画像情報のサイトにあるhttp://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/75/ccb-75-10/c5/ccb-75-10_c5_3.jpgをトリミングしたもの。ご覧の通り、鉄道の路線が張り巡らされている。それらをまたぐために、変則的なスパン割になっていたのだ。

拡大。
20120514_map2.jpgこれは1975年のものだが、当時から三つ並行していたことがわかる。

なお、1962年の写真ではトラスはない。火力発電所の稼働が翌1963年7月からで、当時はまだ建設中のようだ。1975年の写真は、これに比べてずいぶんと港が掘り込まれている。


桁に戻る。

20120514_007.JPG右から単線/複線/複線(廃線跡)。右ふたつは同じ年代、左のひとつは少し古いように見受けられるが…

20120514_009.JPGこうして(右=複線(廃線跡)、左=複線)見ると、同じ年代のようにも見える。ひとつ上の写真と方向が違ってスミマセン。なお、「廃線跡」は水管橋としては使われていないが、これらふたつの桁の間には太いパイプが渡されている。

20120514_008.JPGまた、その反対側(北側)には、このように別のパイプが5組、並行して取り付けられている。

* * *

端部(東側)。トラスよりもこの太い鉄管が美しい。

20120514_010.JPG「単線/複線/複線(廃線跡)」という表現がおわかりいただけると思う。

製造銘板を、左から。

左端(単線)。
20120514_013.jpg1968年10月
東北電力株式会社
製作 石川島播磨重工業株式会社
架設 第一建設工業株式会社

中央(複線)。
20120514_012.jpg1984年11月
東北電力株式会社
製作 石川島播磨重工業株式会社
架設 第一建設工業株式会社

この「複線」は1981年の航航空写真に写っているので、架け替えられたのかもしれない。

右端(複線・廃線跡)
20120514_014.jpgなぜか右側にある。

1962年10月
東北電力株式会社
製作 石川島播磨重工業株式会社
架設 第一建設工業株式会社

となっている。


単線。
20120514_017.JPG象の鼻とでもいおうか、そんな印象。










20120514_016.JPG20120514_018.JPG







「複線」。こちらは階段がない分、とてもスッキリ。





























そして、複線(廃線跡)。
20120514_015.JPG20120514_019.JPG
トラス部分の鉄管は撤去され、地面に突き刺さる部分だけが残っている。







20120514_011.JPG
パイプライン。「第3石油類」というのは、ここでは重油のことだろう。現在稼働している新潟火力発電所の4号機は重油などを燃料にしている。

…それにしても。テロ対策だなんだと言われている昨今、発電所へのパイプラインが露出していて驚いた。でも、仕方ないのだろうな。
江東ドボクマッピング 新観光講座 ガソリンスタンド編で触れた、川崎商会。新潟県下でも興味深い店舗を持つ会社であると、ガソリンスタンド・ノートの松村さん(@g_stand) さんから教えていただいたので、改めて行ってみた。

20120513_002.JPGこれが、私のもっとも古い記憶に残る給油所である。新潟市西堀通八番町にある。すっかりきれいに改装されていて、40年(以上?)前からの店舗には見えない。

いまこうして写真を見ていると、サービスルームの側面が気になる。そちらもつぶさに見ておくべきだった。給油所部分をいくら改装しようとも、そうしたところはその前の世代のテイストが残っているものだ。


20120513_000.JPGこちらは県道3号「会津通り」と海老ヶ瀬インターとの交差点近くにある。その巨大なアーチは走っていれば絶対に目に飛び込んでくる。アーチの下には「BIG DOMEカワサキ」という看板があるが、ドームではなくアーチであろう。

アーチの径間は60m近くある。しかも、スキューしている。残念ながら、ここで給油はしていない。

20120513_001.JPGこれも新新バイパス脇、県道26号にある。パチンコ屋が隣接しているので広大な駐車場があるからヒキが撮りやすい。

大きなキャノピーに山小屋風の意匠。こうした「山小屋風」三角形がもてはやされたのはいつの時代なのだろう。私が子どもの頃にはそういう表現がなされていたから、1970年代のものなのだろうか。

三角の部分は明かり取り窓になっていて、ドームの下はとても明るい。ここでは給油した。


村上の店舗もすてきらしい。次回、行ってみる。

 
20120511_002q.JPG新潟交通の入船営業所。こうした建物が建てられたのは、いつの頃なのだろうか。南部縦貫鉄道本社の雰囲気と通じるように思う。

庇の柱や屋根の部材が木製だし、この建物も木造なのかもしれない。瓦(新潟弁では頭アクセント)の屋根、モルタルの外壁、アルミのドアやサッシ。新潟県を代表する企業の一営業所なんだから、もう少し外観がきれいでもいいような…。

20120511_000q.JPGところが。

外観よりも、社名も営業所名も脱落してるじゃないか! これでいいのか。

20120511_001q.JPG妻面のスパンドレルとでも言えばいいのだろうか、社名の上に社紋がある。レール断面とハンドルをかたどったものである。

この建物の場末感たるやすばらしい。待合室を覗くのはためらわれたのでチラ見しかしていないのだけれど、中には、かつての国鉄駅のような定期券売り場もあるようだ(かつてはあった)。いつまでも「下(しも)」に似つかわしいこの雰囲気を残していてほしい。

<すてきなサイト>
http://club-shinko.sakura.ne.jp/office.html



入船営業所に行くには、新潟駅前の「味のある」バスターミナル2番線から附船町(つけふねちょう)行きに乗る。最短ルートを通らず、八千代橋をぐるっと回って古町、そして入船営業所に着く。

私が高校生の頃は、古町止まりの郊外の路線のバスが、回送を兼ねて古町始発附船町行きとしてこの路線に入っていた。間合い仕様なのだが、行き先方向幕は「附船町」となならず、必ず二つの行き先の真ん中、白地部分(上下に他の行き先の文字が少しずつ見えている)を掲出していた。正規の新潟駅~附船町ルートのバスよりも、郊外路線のほうが大型で新しいバスが入っていた。いまでは、この入船営業所から、みなとトンネルを回送して東側に行くバスがある。

入船営業所からのバス路線が整理されたのは1980年頃だっただろうか。幼少時、入船営業所からは「沼垂行き」と「川岸町行き」があった。沼垂行きが、現在の新潟駅行きに変更された。川岸町行きも何かに変更され、ルートが大幅に変わったのだが、現在の路線とどうつながるのかはわからない。


国道17号旧道 境橋(新潟県二居渓谷)の関連記事。

4月下旬、原付二種で現地を訪れるとなんと、現道から境橋が見えた。
(以下、この項の写真はすべて色味を意図的に変更してある)
20120511_000.JPG望遠レンズで撮ったのだが、肉眼でもはっきりと「上路の橋らしきもの」があることがわかる。

20120511_001.JPGまだ雪が残る旧道。雪がなければ直接、橋の近くまで原付で行けるのだが、旧道への分岐そのものが雪で隠されていたくらいの積雪だったので、歩いて行った。その日のちょっと前に、@watanabejinさんが訪れていたのは知っていたので、行けることは確実だった。雪の上には足跡があった。






















20120511_003.JPG着いた。沢の水が、以前来たときと違い、轟々と流れている。

20120511_005.JPG橋の上の木、そして倒木が、存在感を出している。緑の時期は、もちろん葉っぱが生い茂っているのでここまでの荒涼感はないかもしれない。

20120511_002.JPG渡った先は、完全に雪に埋もれていた。

沢を少し遡って魚眼レンズで収める。
20120511_004.JPG境橋、これから草萌えるまでがいちばんの見頃だ。ぜひ。



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