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20120404_003.JPGものすごい内容の自費出版本である。ナローの大家、レイルマガジンの名取編集長も「驚愕いたしました」と書くほどの、恐るべき執念で「携わった人の声」を集めた、手作業の記録集である。

編集長敬白:お薦めの新刊『十勝の森林鉄道』

本書は、よくあるように資料をかき集めてそこから作ったものではない。著者が丹念に、いろいろな人を介しながら直接ご当人に会い、お話を聞く…というスタイルを貫いている。だから、「○○さんがこう言っていた」「△△さんがこう」「文書による記録によれば□□」それぞれが矛盾していることもある。その場合、適宜推測も入れてはいるが、基本的には写真や痕跡が見つからない限りは断定はせず、潔く「今後の課題だ」としている。非常に慎重な、適切な記述となっている。

もともとは郷土研究誌『トカプチ』に連載していたもの。だからなのかタイトルは『十勝の森林鉄道』だが、いわゆる「森林鉄道」に括ることもせず、馬鉄(馬車軌道)や河川工事で使用された作業線まで網羅しようとしているあたりがまたすばらしい。

***

私にとってもっとも興味深かったのは、音更森林鉄道だ。「音更」といいながら、十勝三股よりさらに先まで敷設された鉄道だ。まあ、音更森林鉄道にとっては、音更川の最上流に達するのだから「音更森林鉄道」で文句を言われる筋合いはないだろう。その音更森林鉄道、かつてはこれだけ張り巡らされていた。
20120404_005.JPGまさに垂涎。今年またバイクで北海道に行けたら、ここらへんを見てみたい。とある場所には廃車体がある可能性も書いてあった。

著者・小林実氏はすでに85歳。いつまでもお元気で、調査が続けられますことを。304ページ、頒価2200円。都心では書泉グランデが特別に取り扱っている。ただし、誤字や誤記、単位系の誤りが多数あるので、読むときは一字一句を吟味しながらぜひ。





 
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駅舎正面以外は大好きな駅、水上。夏には3番線の向こうの水の流れの音が涼やかだし、冬には舞う雪が構内の照明に照らし出される。冬はいつも濡れている跨線橋もいい雰囲気だ。駅舎の建築年はわからないが、昭和30年代に多くあったような造りと意匠をしている。ホーム側、腰部がタイル張りになっているあたりにそれが見て取れる。

現在、駅舎の正面入口付近が増築され、ちょっと悲しい姿になっているが、その土台はいかにもな国鉄駅舎である。その水上駅1番線のホーム上屋の支柱は一部に古レールが使われている。

20120403_000.JPG屋根は木製で片流れ…のように見えるが、V字形になっている。支柱は古レールをY字に組んだものの上部にフタをするように、少し曲げたレールが枕木方向に添えられている。Y字の腕は、画像左の駅舎方向も右の線路方向も独立しており、たとえば駅舎にもたれかかっているということはない。

使われている部材はそれぞれレール底面同士をリベット留めしている。そこに木製の垂木(レール方向)を通して屋根板を貼っている。

20120403_001.JPG


支柱部分。フタ部分のレール腹部を利用してケーブルが這っている。

20120403_002.JPGV字形の屋根板の底を、レール方向にトラス構造の部材がついている。このパターンはよく見るが、各支柱を連結すると同時に、それによって補強しているということだろうか。

このトラス構造の部材は至るところで見かけるが、この水上駅のものはガセット的なものがついている。

高崎方を見ると、古レール支柱の木製上屋とは別の、鉄骨+波板屋根の上屋になっている。少し行き、振り返る形で最上段の画像と同じ向きで撮る。
20120403_004.JPGこんなに太くなくてもいいような…。

その境目は。
20120403_005.JPG屋根の垂木もトラスの部材もぶった切られている。なんらかの問題があって改築されたのだろうか。

20120403_003.JPG古レール部と鉄骨部ではこれだけ異なる。しかし、こんなことになっても乗客には気づかれないのだろうなあ。



20120402_011.jpgアルピコ交通上高地線…と書くとなんだか落ち着かないので松本電鉄の新村駅は、車両基地がある。保存された青ガエルも見える。

でも、手前の保線車両が気になるよな。

20120402_001.jpg台車に軽トラが乗っている。しかもホイールをはずしている。もしかして、なにかの動力として使っているのか? しかし、固定はされていないようだし、荷台のシートは台車に結ばれている…。

20120402_010.jpg道路に回り込んで正面。ハイゼットは、ヘッドライトを眼球に見立てると、ウインカーが眉毛に見える。


【参考画像】

hosen-yamada.jpgこのように使うのかな。これは山田線で早朝見かけたモーターカーで、撮影は2004年。RHP3を+2増感したフィルムが入っててよかった1枚。

しかし、横に回り込んだら…

20120402_000.jpg台車の下はスカスカだった。ということは、ハイゼットのプロペラシャフトからなにかしらの動力を得る…というものではなさそうだ。いや、元はそのように使っていたものを撤去したのかもしれないけれど。ホームに車両基地の方らしき方がいらしたので、実際に車庫の方に聞いてみればよかったなあ。

 
利根川の橋梁密集地帯(利根川橋梁)に関連して。

現在、快速線の古いトラス橋を架け替える工事が進行中である。googlemapsの衛星画像でもそれがわかる。


大きな地図で見る
上(北西)から
・快速線(下り)単線桁 …(A)(4)…架け替え予定
・快速線(上り)単線桁 …(B)(2)…架け替え予定
・(この空間)…(C)(3)
・工事中複線桁 …(D)(1)
・緩行線複線桁 …(E)(5)
とする。(A)(B)(C)(D)(E)は桁のことではなく、位置を示す。

線形を見ると、いまの(A)(B)は北側にオフセットされている。これは以前の架け替えによるものである。
年表にするとこうなる。

・1896年(明治29年) 単線で開通。(D)に200フィート単線ダブルワーレントラス(8連)など…(1)
・1917年(大正6年) 複線化のため(B)に200フィート単線プラットトラス(8連)など架設(開通は1923年)…(2)
・不明 (1)架け替えのために(C)に200フィート単線プラットトラスなど架設…(3)
・1957年(昭和32年) (3)架け替えのため(A)に200フィート単線ワーレントラス(8連)など架設(開通は1958年)。こちらを下り線とし、(2)は上り線とする…(4)。
 (3)の桁は羽越本線阿賀野川橋梁・神岡線第二高原川橋梁・北陸本線庄川橋梁に転用される。
・1980年代 複々線化のため(E)に複線連続ワーレントラスが架けられる(開通は1983年)…(5)

***

快速線下り車内から撮ったものを。
20120401_000.JPG見えてきた。快速線は築堤だが、右見える緩行線はPC桁。

20120401_001.JPG橋門構が!

20120401_003.JPG快速線は単線桁なので、わけわからない状態に。4線のトラス桁がある。

20120401_004.JPG振り向いて取手方の橋門構。

20120401_005.JPGいままでは留置線にでも使われていたのだろうか、車止めがあるその先に、新しい橋梁が架けられている。開通までにはこの車止めや線路そのものも更新されてしまうだろう。

車止めが不憫に思えてきた。




2012年3月31日、友人のフォトライター、栗原景さんが、水郡線常陸太田駅で国鉄・JR線完乗になるというので、お祝いというか立ち会いというかでご一緒しようと思い、出かけた。予定では929D、11時50分着の列車だったのだけれど、私は1本前と勘違いして2時間も早く水戸についてしまった。完乗については栗原さんのサイトをご覧いただくとして、その前後の出来事を書く。

当日はものすごい強風が予想されていて、私の列車も強風のための徐行で10分遅れで8時55分頃、水戸に着いた。結果的に、それが吉となった。

***

20120331_003.JPG下菅谷で駅便と撮り直し、瓜連から静まで歩いたりして時間を過ごす。砂が顔にバチバチ当たり、髪はゴワゴワに、そして耳の中まで砂で黒くなる始末。

10時34分、上菅谷に戻って栗原さんと合流。その列車は、時々飛んで来た枝を踏んづけているらしく、床下からそんな感触が難度かあった。

この時点で常磐線は強風で止まっており、水戸に向かっていた方々が内原や羽鳥、土浦で足止めを食っていた。

様子を見ながら、栗原さんは完乗列車を1本遅らせることを決めたが、その間常磐線は動かず、機転を利かせてバス移動した方々だけと合流し、完乗列車に。乗車したのは上菅谷発12時33分の931D。風はさらに強く、車内から前方を見ても砂煙でよく見えない。列車は断続的に警笛を鳴らしながら走っていた。ところが、額田と河合の間で…

20120331_006.JPGガコガコガコガコ。

衝撃と共に、車窓になにかが飛び散る。さっきの経験からしで枝だろうと思ったら、なんと枝を押しながら走っている! これが12時41分頃。

20120331_007.JPG急ブレーキがかかるよりも衝撃のほうが早かったので、おそらく発見できなかったのだろう、倒木と衝撃してから非常ブレーキをかけたようだ。停止してから窓を開けてみると、こんな状態だった。

動画。


幸い、単に停車しただけ、のような状態で、ケガ人などはなし。国鉄時代ならば運転士が撤去して点検後再開、なのかもしれないけれど、いまの時代だ。点検後、手歯止めをかけて指令に連絡し、保線の方(?)の到着を待つ。

20120331_008.JPG右前部のドアから。ここに見えるということは、台車の2軸の間にあるということだ。左側には、あまり飛び出していなかった。

いつのまにか保線の方(?)が来て、作業中。鋸で切断し、撤去する。

20120331_010.JPG撤去後の枝を見ると、これは枯れ枝を踏んだのではなく「倒木と衝撃した」のだとわかる。

動画。



左側。
20120331_009.JPG偶然、真横に鉄道電話が!

こうして撤去し、車両点検の後、現場停止から約45分後の13時26分頃、運転を再開した。

そして。

20120331_011.JPGおめでとー!

20120331_012.JPG小倉沙耶さんからのお祝いの品を掲げつつ、とんぼ返りする方々をお見送りする。この後、バスで大甕まで出て…と思っていたが、急遽、同じ列車で折り返すことにした。

20120331_014.JPG先の現場は少し慎重に通過し、それよりも上菅谷寄りでは、このように実際に倒木があった箇所の片付けをしていた。白く見えるのは警察官2名。

20120331_015.JPGそうして水戸へ戻ると、本来ならば駆けつけるはずだった、ライターの土屋武之さんが乗ったスーパーひたち13号が4時間以上の遅れをもって到着した。その後、居酒屋で打ち上げ。18時頃にいったん締めたあと、まだ運転再開していないので2次会に。

***

20時。そろそろ帰るかと改札に入ったら、すぐに出発するとのこと。急いで乗り込む。建前としては水戸発17時35分の1442Mが2時間以上の遅れで運転する形となった。2次会の参加者のうち、この列車で帰ることにした5人はグリーン車へ。

神立までは比較的順調だったけれど、そこから断続的に抑止がかかる。強風による抑止なのか、上野駅が詰まっているためなのかはわからない。

GPS端末で取得したログを置く。

20120331_000.jpg(拡大版)
20120331_001.jpg20120331_002.jpg佐貫で1時間以上停車した。いささかうんざりしたが、どうしようもない。我々はこういうときの事情も推測できるので、静かなグリーン車で静かにしていると、1駅ずつだが動き出した。

なぜか、藤代を出たところで、車内灯が消えた。
20120331_017.JPGE531系は、デッドセクションでも車内灯は消えないはずだが、検索すると、そういうこともあるらしい。どういうときに消灯するのかは未詳。

そうして0時頃に日暮里に着いた。約4時間かかった。その後、私帰宅した。他の方は、ホテルに泊まった方もいた。

常磐線の特急車内では殺伐とした状態になったらしい。ほかにもあちことでそういうことがあっただろう。乗客および関係者の方々、お疲れさまでした。
 


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