この田原製作所、検索すると、『山さ行がねが』の「橋梁レポート 華厳渓谷と鵲橋」に掲載されている水管橋がまっさきに引っかかる。さすがだ。 プラットトラスの床版は板張り。グレーチングなどに張り替えられててもよさそうなものだが、板張りが残っていて好もしい。 ここから南東に数百メートル行くと、国道289号に出会う。そこにあるのが、明和橋である。 PR
英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考(8)関西本線木津川橋梁の続きと言おうか、列車でそこを通ったので、車内からの写真をアップする。うっかりしてて、あわてて撮ったので最初の何枚かは露出も狂ってるしシャッタースピードは遅いし…。列車は木津から柘植方面へと向かっているので、木津川橋梁は第3連→第1連の順で通る。
この木津川橋梁は、ランガー化した部分に目が行きがちだが、横桁もかなり特徴的。詳細は英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考(8)関西本線木津川橋梁をご覧ください。 防火壁はくたびれてはいるが、現役だ。「星商店」とあり、道路をはさんだ向かい側が、星さんの家。このあたり、星さんという大きな家がたくさんあり、かつての山口村(合併後は南会津町)の街中にあるシェルも、星商店である。関連があるかどうかはわからない。 ノズルのtatsunoのロゴに、時代を感じる。各文字の感覚が大きく、そこを、横一線に貫く棒がある。この計量機の製造は昭和50年だから、まさにその時期の流行なのだろう。 HITACHIは確実にあった。クルマのエンブレムも、詳しくはないのでわからないけれど、確実にあった。こういうデザインのものが。 この日は金曜日。実は、現役だと気づいたのは帰宅後に写真を見返しているときで、このときはもう使用停止になっているものだと思い込み、クルマを前に停めて、堂々と写真を撮っていた。それでも、向かいの星さん宅からはだれも出てこない。だから、ますます使用停止だと思っていた。いま思うと、冷や汗が出る(というほどでもないか)。 軽油だけなのは、農機がディーゼルエンジンだからだろう。そうか、私が自家用車(レジアスエース;ハイエースのNETS版)だから、見向きもされなかったのか。なお、農機に入れた軽油は、本来は軽油引取税を支払う必要がない。しかし、それを証明するのも難しいため、その余剰金(?)を使って農免道路が作られるのは、知られている通りである。 橋梁史年表によれば、データは下記の通りの、鈑桁とRC桁を組み合わせた8連の橋梁である。 ・開通年月日 1957年8月1日 ・橋長 108m ・詳細 RC桁(8.2m*か6.6m)+19.152m鈑桁×2(再用桁)+12.9m鈑桁×4+RC桁(8.2m*か6.6m)(小出方=画像左から) *『鉄道ピクトリアル』2010年11月号に掲載されている線路一覧略図(1982年)によれば18.2mとなっているが、それでは橋長が114mを越えてしまい、橋梁史年表および『田子倉発電所建設用専用鉄道工事誌』掲載の地図(の転載)にある「橋長108m」と矛盾するので、「18.2m」が誤記であると推測する。 なお、上の写真に写っている方とお話をしたけれど、何の調査をしていたかは聞いていない。 西側から見て行く。RC桁を撮っていないのは、なんというか…。いかんな。 設計 新橋工事局 施工 佐藤工業KK 設計荷重 KS-15 基礎工 コンクリート 基礎根入 天端から9.5M 着手 昭和31年9月5日 しゅん工 昭和31年10月11日 第7連の銘板。 川崎造船所○○(品川?)工場製作 LIVE LOAD COOPER`S E33 鉄道省 --------------- MATERIALS (以下判読不能) その第7連と同じ、第6連。 桁の下端がRを描いているのが時代がかっているというか。 この区間の施工が橋脚の銘板の通り昭和31年頃なのに、桁の製造は大正8年。40年弱の間、この桁はどこで何をしていたのだろうか。 只見線の会津川口以西、田子倉までは、電源開発田子倉専用鉄道として建設されたもので、『鉄道ピクトリアル』2010年11月号の只見線特集における『電源開発 田子倉専用鉄道沿革史』(澤内一晃)によれば、「ガーダー橋のかなりの分が飯田線水没区間からの転用であるのは知られた話である」とある。しかし、飯田線の水没区間(佐久間~大嵐間)の(三信鉄道としての)開業は1936年(昭和11年)であり、第7連の銘板にある、大正8年(1919年)製造とは時期が合わないし、なにより「鉄道省」という陽刻がある。ついでながら「レールについても飯田線と士幌線の水没区間から転用され(略)30kg…」とある。 第7連(左)と第6連(右)。 第6連(左)と第5連の架け違い部。 橋脚の銘板に記載事項は、前述のものと基本的に同じ。異なるのは基礎根入の深さで16.5m、また工事着工が9月10日で竣功が10月25日となっている。 電源開発株式会社 活荷重KS-12 ○○では212 株式会社宮地鉄工所製作 昭和31年 ---------- L. 日本鋼管株式会社 ○. 日本鋼管○○○○ ○○ 富士製鉄株式会社 下のマークはなんだろう。Aとあるように見える。富士製鉄のマークは「S」である。 この塩沢川橋梁については、ネット上にはほとんど情報がない。列車を撮影するなら、西の第8只見川橋梁はじめ、知られた場所が多数あるからだろうか。それでも私は、こうした地味な橋梁にとても引かれるのである。 叶津川橋梁を過ぎたところの右側は、さらにひどかった。家のガラスは割れ、戸は開け放たれ、人は住んでいなかった。その先、土砂を除去する作業をしている先に、上の写真のような橋が見えた アプローチ道路がどうだったのかはわからないが、鋪装はされていただろう。その築堤の、法面も、路面も剥がれた。そして、橋と繋がっていた土盛りが流失した。このアプローチ道路は工事中で、クルマが出入りしていたため、近づいての撮影はしなかった。 トラス桁に引っかかっている流木。あの高さまで水があった、ということにはならないけれど、漂流物はあの高さに達した。 この写真ではわからないと思うが、右側の建物の窓のいくつかは割れている。そして、建物の前の道は完全にえぐり取られている。国道の路面と只見川のふだんの水面は、2mくらいの差しかなかった(と思う)ので、とくに川幅が狭まったこの八木沢地区はひどいことになったのだろうか。 国道252号が通行止めになっているのは、これよりもう少し下流、会津塩沢駅付近以東である。 【関連記事】平成23年新潟・福島豪雨で被害に遭った橋梁群の記事 (金山町側) 西部橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋) 国道252号 二本木橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋) 田沢橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋) 只見線 第五只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋) 只見線 第六只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋) 只見線 第七只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋) (只見町側) 只見線 第八只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 小川橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町 楢戸橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町 万代橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町 五礼橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町 |
カレンダー
最新記事
(04/02)
(02/15)
(01/01)
(12/31)
(11/20)
(11/11)
(11/05)
(10/26)
(10/25)
(10/22)
カテゴリー
プロフィール
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター
since 2010.7.30
アクセス解析
フリーエリア
|