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手結港可動橋が跳開するところの空撮動画

橋梁一般



高知県の手結(てい)港にある可動橋が動くところを空撮してきた。ちょっと長いが、それは動きがゆっくりだから。

 
 
手結港はこのように、掘り込み式の港だ。元々、道路は湾を迂回する形で通っているが、とても狭い。1.5車線ではなく1.2車線くらいの狭さだ。また、「4トン車以上ご遠慮ください」ともある。それらのネックを解消するために、バイパスとして湾口を通る道が造られたのだろう。その際、船のアンテナより高い位置に道路を持ち上げるのではなく、可動橋を採用したのだろう。


船溜まりにいる船はみな高いアンテナを立てているが、それがなくても橋の下はくぐれなさそうだ。

 
桁下高さは2.0m。

 
橋が上がる時刻は決まっている。その時刻になると、道路を遮断するように踏切警報機が鳴り出す。すべて鉄道用と同じものだ。操作は手動のようで、右の階段の下に操作室がある。ただし、鉄道と異なり、遮断機が下りたら警報音も点滅も止まる。これは右岸側。

 
これは左岸側。

 
実際の跳開は、トップの動画にあるように、とてもゆっくりだ。音もしない。スーッと上がってくる。

 
70度で音もなく停止する。

 
まったくもって迂闊だったのだが、「見えない」駆動装置部分をこそ、ドローンで撮るべきだった。

 
いまどきに設置した橋で、道路が途切れるのにこれでいいんだな。

 
深夜、ぶっとばしてくると、かなり危険かも。。

 
左岸側にある逆M字のものは、ロックだろうか。油圧シリンダーのようなものがついている。

ぼくが行ったのは(偶然)18時の跳開前だった。時間になると、観光客が4~5組来た。観光用の駐車場もある。見学には便利だ。

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中国・九州・四国ツーリング2020夏

スーパーテネレ・テネレ700

自分のメモ用です。


中国・九州・四国ツーリング2020夏



8/2(日)東京→倉吉 805.9km
8/3(月)倉吉→岩国 391.5km
8/4(火)岩国→唐津 379.5km
8/5(水)唐津→佐賀 402.1km
8/6(木)佐賀→天草→出水 266.1km
8/7(金)出水→山川→根占→延岡 501.4km
8/8(土)延岡→臼杵→八幡浜→宿毛 295.4km
8/9(日)宿毛→足摺岬→高知 306.0km
8/10(月)高知→大豊→徳島→神戸→東京 957.8km

合計 4305.7km

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百瀬川隧道

隧道・廃隧道

 
滋賀県の百瀬川は天井川。その下を県道がくぐる。この百瀬川隧道は1925年(大正14年)竣工。こちらは南側坑口。

 
アーチは石張りで装飾されている。要石もデザインされている。ところがその内側に分厚いアーチがある。これは改修で内側を新たに巻き立てられたため。ピラスターも構造的必然ではなく意匠としてつけられたもの。草木に隠れて見えないが、ピラスターの外側に、もう1組ピラスターがあるようだ(つまり片側に4本ある)。

 
北側坑口。この百瀬川隧道の特徴は、ピラスターの外側に、下見板張りのような意匠が施されていること。しかし、南北ともに草木の繁茂で見えなくなっている。

旧道倶楽部のnagajisさんの考察によれば、中央部ののっぺりした面は後年の改修ではないかとのこと。中央部はコンクリートの型枠板の跡が残る。また、ピラスターの上まで上ればいろいろ見えてくるようだ。

 
隧道内。すべて巻き直されている。なんだか起拱線から上が、少し潰れている気がする。

 
この隧道には、東側に並行して人道がある。これは南側坑口。

 
これは北側の坑口。なんだかスケール感がおかしくならないだろうか。それもそのはず、高さはおそらく1.8mもない。中で人とすれ違うときは相当な「近づき感」があるだろう。車道隧道のほうはそれほど長いわけでもなく、また明るい。こちらの人道を利用する人がいるのがはなはだ疑問だが、電灯は点いている。

●参考
旧道倶楽部




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成相池ダムの断面

ダム

淡路・四国・九州のダムで書いた成相(なりあい)ダム。そこに「旧堤体」と書いたが、旧堤体は「成相池ダム」、いまの堤体は「成相ダム」。

 
その旧堤体を改めて見てきた。取水塔のような円筒の建物の向こう側の堤体を切り欠いてある。クレストゲートを撤去しても、堤体を切り欠かないと「堤体がなかったこと」にはならない。どの深さまで切り欠きされているのかわからないが、地盤まで? ここにダムの断面が露出する。

 
切り欠いた部分。

 
黄色い補助線は石積みの様子。写真左=上流側は、内側が尖った割石(間知石)。「石積み」堰堤の内側は粗石コンクリート構造、つまりでかい骨材を使ったコンクリート製だ。「粗石」とはいえ、『日本のダム美』(川崎秀明著)には「45Kg以下、板筋150mm以下」という定義が記載されており、それ以上のものを巨石コンクリート構造と区別して、それを初期のものである、と記載しているが、ここのはかなり大きく見えます。

戦中~戦後ということもあって特殊なのか、それとも「たまたま、断面ではそう見える」だけで実は小さいのか。ちょっと謎。


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第四武庫川橋梁 3主桁の下路連続プレートガーダー

鈑桁(プレートガーダー)

 
JR福知山線道場駅の東側すぐ、武庫川に架かるプレートガーダーがある。1986年8月の複線電化の新線への切り替えの際に架けられたものだ。『日本鉄道名所6 勾配・曲線の旅 北陸線・関西線・紀勢線』によれば、「第四武庫川橋梁」らしい。現地での表記は確認できず。

 
写真は北から。プレートガーダーの連続橋。そういえば、プレートガーダーの連続桁は初めて見るかも…? 複線桁で3主桁というのもおもしろい。

写真右下に見えるように、ここが堤防。この高さまでは水が来る可能性がある。そういうわけで、ここ架かる橋は下路になったのだろうけれど、単純な単径間のトラス橋ではない理由はコスト的なことなのか、それとも景観的なことなのか。



なお、旧線の開業時はA&Pロバーツ製の120フィートトラス桁が架かっており、それが短縮改造されて弥彦線の西川橋梁へと転用されている。(どうも、第三武庫川橋梁と混同している資料もあるらしい)

●関連項目
A&Pロバーツ探訪/西川橋梁(弥彦線)








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譲原橋 ダブルデッキのポニーワーレントラス橋

ポニーワーレントラス

 
兵庫県が管理する「かっこいい」石井ダムから神戸市が管理する古めかしくも美しい石積堰堤の立ヶ畑ダムに向かって歩いていたら、頭上に大きなトラス橋が表れた。中路トラス!…かと思いきや、その下に水管が通されているダブルデッキ! よく見ると端柱が垂直のポニーワーレントラス! いろいろ驚いた。ところが、樹木が邪魔して全然全貌が見えない。

 
通り抜けて振り返ると、この見え方。

通路となっている部分は、GoogleMapsによれば神戸市建設局中央水環境センター鈴蘭台処理場と、そこから対岸にある施設を結ぶ通路。開放されていない。この処理場は、引率していただいた方によれば、鈴蘭台に住宅地を造ったために整備された施設とのこと。下部デッキの水管も、それ関連のものだろう。

端柱が垂直なのは、中路となっている床版を端部でも受けるためと思われる。


とても珍しい中路トラス。といってもダブルデッキとなっていて、下路部分には水管。

 
桁裏から。太い管、ちょっと太い管、細い管3本。「ダブルデッキ」と書いたけれど、ここには縦桁はなく横桁のみ。ということは「構造としては中路トラスで、下弦部分についでに水管」?

 
 
製造銘板と塗装標記。銘板は

譲原橋
1979年11月
神戸市下水道局
道示(1971)二等橋
使用鋼材 SM50A、SM41A、SS41
製作 川崎重工業株式会社




GoogleEarthでは3D化されている。



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1980年から数年の新潟の鉄道模型販売店事情

記憶


うかいさんの一連のツイート、ツリーまでご覧いただきたい。これに関してtwitterでは長くなるので記憶を記録する意味でここに書く。



ぼくが初めて鉄道模型を買ってもらったのは、1980年5月、新潟の大和百貨店だった。当時の新潟では、デパートといえば古町の大和。金沢資本のデパートで、新潟市の「渋谷のスクランブル交差点」に相当する古町十字路にあった(いま、ここは完全に過疎化していて、なんとこれからマンションが建つ)。当時はデパート的な店舗は小林から転換した三越と、少し離れて本町に丸大、信濃川を渡って万代にダイエー。この4店舗が主だった。緑屋とイチムラの存在感は小さかった。

その大和に鉄道模型コーナーがあった。そのシマには専門の店員がいた。父がそこに連れて行ってくれて、店員の薦めるままに揃えたのが以下だ。

・関水 固定式線路 レイアウトプラン5(ブリックパック)
・宮沢のパワーパック
・関水EF65(貨物色;カタログにない;上写真の台車とモーターが残っている)
・トミックス ワム23000、ワキ5000(上写真の箱)、レ2900、ワフ28000
・900×600のパネル
・Nゲージレイアウトプラン集

合計19200円くらいだったと思う。見たことがあるのはワキ5000だけ。なぜ「EF65-1000と24系25形が欲しい」と言わなかったのか不思議でならないが、たぶん「買ってもらえるだけ」で嬉しかったのだろう。のちに、貨物色なんて不良在庫を押しつけられたのではないか、と思ったが。



店員曰く「動力車は関水にしたほうがいい。トミックスはダメ。レールもトミックスのものはすぐジョイントがダメになる。固定式がいい」。ぼくはそれが刷り込まれた。のちに、地元でさんざん見ていたEF81がトミックスで模型化されても、全然欲しくならなかった。

たしか大和には、中村精密のN蒸機や16番も置いてあった。レイアウトもあった。おそらく、うかいさんいうところの専門業者が入っていたのだろう。しかし、1~2年すると、専門の店員はいなくなり、無人となってしまった。そこからは売り場の縮小は早かった。そのころから、ぼくはダイエーに行くようになった。

* * *

ダイエーは、当時の関水のカタログによれば「鈴五新潟営業所」が担当していた。たしかNしか扱っていなかったと思う。レイアウトはなかったが、やはり専門のシマがあり、専門知識のある店員が中にいた。その店員さんの名前は知らないけれど、月に2回ほど通ううちに、ぼくの名前を覚えてもらった。ぼくは名札をつけていたし。そこでは線路とパワーパックをユニトラックに買い直し、お年玉をもらうとそこに買いに行った。

中学に入るころにはラジコン売り場も兼ねていて、というか鉄道模型は縮小されていた。同級生たちはそこにラジコンのパーツを買いに行っていた。ぼくもつきあった。ぼくはもう鉄道趣味の熱は冷めていたが、模型を見るのは楽しかった。

肝が冷えた記憶がある。小4のころ、あるところに「自分の写真を売ります」と気楽に投稿した。当時はそういうのがよくあったのだ。年齢などは書かれないので、マトモな写真だろうと思った方々が「リストをください、売ってください」という手紙がてっこう来てしまった。ぼくは強く後悔した。小学生が目測カメラで撮ったひどい写真だ。本当に困って泣きそうになりながらも、出した責任上、リストを送り、驚くべきことにある方は2回注文してくれた。それはそれとして、そのダイエーの鉄道模型売り場に、ぼくが撮ったDD51の写真が貼ってあったのだ。

その写真を送った相手は目黒区在住の大学生、Yさんといったのは覚えていた。あるとき、中学の友人と話していると「ダイエーのYさんがさ…」というではないか。おそるおそるフルネームを友人に聞いたら、まさにその人だった。おおお、では、店員さんは「おれが写真を買った相手は小学生だったのか…だからこんな下手くそな写真を…」と思ったに違いない。

閑話休題。「鈴五」は問屋だろうか。それとも(鉄道模型に限らない)模型店だったのだろうか。ダイエーの売り場は銀河のパーツなども扱っていた。使う当てもなく砲弾型ヘッドライトを買ったりして、それはいまも手元にある。

* * *

小6くらいかはら、ヤママル、今となっては何店か覚えていないのだけれど、そこに行くようになった。在庫がけっこうちゃんとしているのだ。でも、ほどなく鉄道模型を買わなくなった。たまに引っ張り出して走らせることはしても。

ほかのデパートやスーパーがどうだったかは、あまり記憶がない。置いてあった店もあったと思うが、専門の店員がおらず、単に「置いてあるだけ」だったと思う。

こうしたデパート内店舗とは異なるが、実家のすぐ近くにあった模型店「むげん社」には、トミヤマのTEEや16番のペーパーモデルが多数あった。兄はそこで固定式線路からEF65+20系までを揃えた。「むげん社」の話はこちらに。

新潟本町遊郭跡 1958~1967(?)の住宅地図と1980年代の違い(2)

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蔵見高架橋(外房線)

高架橋

 
外房線の大網~土気間にあるかっこいい複線PC高架橋。この区間の複線化の際に造られたものだ。高架橋の向こうに、並行するように築堤が見える。それが旧線。カーブ外側(北東)上空から撮影。

 
3層構造。ツートンカラーで塗られている…だけではなく、重力方向のグレーは耐震補強で鋼板を巻き、塗装されている。水平方向はコンクリートの地色。

 
道路に立っての視線の高さはこれくらいで、全貌というか迫力はなかなか伝えづらい。前方の、縦に細長く空いた空間を、1車線の道路が通っている。

土木学会の報告書(脚部3層斜角構造ラーメン高架橋の耐震補強について)によると、14連、全長253.8m。橋脚高さ17m以上。脚部がトレッスルのように下広がりになっているのは、「橋脚下部の大きな転倒、回転荷重に抵抗させるため」となっている。ここは曲線なので、遠心力が外側(写真でいえば「こちら側」)にかかるのだろうか。

旧線については、歩鉄の達人さんのサイトに詳しい。

spl.thnx @roadexplorer
spl.thnx @Einshalt


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両総用水をくぐるカルバート(2)

閘門・水門・水路

もうひとつ、両総用水北部幹線をくぐるカルバートを。

 
パッと見、鉄道の築堤とカルバートに見える。鉄道の場合、径間1m以上を「橋梁」と呼ぶのだが、これは両総用水としては「橋梁」にあたるのだろうか。

 
右を見ると、どう見ても鉄道の築堤とその側道だ。

 
「側道」をいくと用水の高さに上がれる。用水には近づけない。用水には金網があり、その外側には管理用の舗装路があってそこにも金網。右にみえるクルマは周辺の住人のもの。写真を撮ったすぐ右には住宅がある。

 
振り替える。写真奥がカルバートの「上」。一見、水に見えるのは用水の保守用通路で、雨のためにそう見えるだけ。用水はその右。

 
反対側。

* * *


(Kashmir3D+スーパー地形+地理院地図)

カルバートの紹介順が、下流側(下の地図の→上流側(上の地図の;今回の記事)となってしまったが、上流にあたる両総用水をくぐるカルバートの標高は21mほど。今回の記事のカルバートの標高は17mほど。その間は、いったん標高4mほどの平地がある。そこは、暗渠で通している(上の地図の)。サイフォン式で、いったん低いところに下ろしてまた高さを上げているのだ。

 
下流側(南側)から上流側(北側)を見る。

spl.thnx @roadexplorer










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両総用水をくぐるカルバート(1)

閘門・水門・水路

 
一見、普通のトンネルに見えるが、写真を水平方向に横切っているのは両総用水の北部幹線。その下をトンネルのようにくぐっている。

 
用水には立ち入ることができないように金網で囲われている。坑門前の法面にはバルブがある。

 
何のバルブだろう。北部幹線は、途中で5カ所、分岐を設けているので、その一つだろうか。

 
反対側には階段。

 
カルバート内ではクルマは対向できない。反対側の坑門前が広くなっており、ここで待ち合わせする。

spl.thnx @roadexplorer






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