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錦川の向道ダムのダム湖に、なんだかスケール感がおかしいトラス橋が見えた。小さい。

 
総重量2t、車幅1.7m、高さ2.1mの制限。ハイエースは3tを超えるのでNGだ(車両重量だけで2t近い、整備重量+ドライバー1人だと2.2tくらいか)。これは右岸側。

 
残念ながら親柱のようなものはない。橋名も不明。

 
 
桁と桁の間にコンクリートがある。これは橋脚の上面。

 
冒頭の写真を拡大したもの。横から見て凹型をしており、上部にコンクリートの桁が渡されている。コンクリートトレッスル橋梁、とでもいおうか。トレッスル橋梁は、櫓のように組まれた橋脚の上部に桁(プレートガーダー)があるものをいうのだ。

 
 
 
途中に、第一取水塔への通路がある。橋脚の部分ではなく、トラスの隙間から出入りする。


 
左岸側に渡った先。これが第二取水塔。こちらはここから東に水路隧道をひたはしり、菅野ダムの錦川第一発電所に至る。

【同日追記】
炭素さんから下記のコメントをいただいた。もうすこし水面が低ければ、堰の跡が見えるのかもしれない。










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山口県錦町の平瀬ダム建設に伴い、撤去される予定の木谷原橋。貴重なピン結合のボーストリングトラス。鋼材はドイツ製。しかし、すでにダム工事で近づくことができず、付け替えられた新道から眺めるしかない。

 
橋の向こうに平行にある道は、国道434号の旧道。

 
少し回り込んで、平瀬ダムの建設現場。


【関連項目】
まだ「ダム軸」看板しかなかったころの状況です。

木谷原橋 ハーコート製ボーストリングトラス(2013年の記録)




北上川河川歴史公園にある、北上川分流施設。

 
現地では、古墳と羨道のように見えた一本松樋管。旧北上川の河口付近左岸にあった、堤防を潜る樋管。地元の「稲井石」を使った石積み。ここに移設・展示されている。

 
鉄材で補強されている。

 
説明板。

 
こちらは新北上川の河口付近の堤防の中から発掘された煙突。開鑿した当時の工事で使われたものらしい。

 
説明板。

旧月浜第一水門
脇谷閘門・脇谷洗堰
鴇波洗堰・鴇波水門・鴇波締切堤





 
 
北上川河川歴史公園にある、北上川分流施設群の一群。

 
右の堤が鴇波洗堰。上部は道路になっている。左が鴇波水門。左から右に向かって流れる。

北上川分流の計画では、当初、この鴇波洗堰だけが考えられていた。その時はこの「上」に堤防を築くことが考えられていたが、地盤がよくないことから南側にもう一つ、脇谷洗堰を設置して、機能を分担した。どちらも竣工は1932年。鴇波水門は、洗堰の老朽化に伴い、2006年に設置された。

 
鴇波洗堰の上流側。18門のオリフィスが、常に一定量の水を下流に流している。右は魚道。
 
鴇波水門。下部に開口部がある。そこにライジングセクターゲートが設置されている。その動きは「横たわった円筒の外周に沿って動く」というイメージ。この方式が採用されたのは、景観対策のため。ローラーゲートのように上部に大きく張り出さないためだ。

ただ、雨が降ってきたこともあり、下流側をきちんと見ず、写真も撮っていないのは迂闊すぎる。

 
こちらは鴇波締切堤の説明。ここは広大な公園にただ道路が通っているだけのように見えるが(その道路を抜け道として使う地元の方にとってはそういう存在だろうが)、冒頭の地図のように、堤防であり、堤防道路である。

【関連項目】
旧月浜第一水門
脇谷閘門・脇谷洗堰

 
北上川河川歴史公園にある、北上川分流施設群の一群。


手前の流れが(旧)北上川。左の円筒が脇谷洗堰。川の対岸の施設が脇谷閘門。

 
 
脇谷洗堰。水面が穏やかなのが上流、白波が立つのが下流。洗堰の水面下に六つのオリフィスがあり、通常はそこから旧北上川に分流している。右岸側の欠き取りは魚道。上の写真に五つの点(?)があるが、その5ヶ所と魚道の下がオリフィスか。

増水の際には堰を越流する。河川ネットに越流時の写真がある。

 
上流側閘門を上流から。ゲートは閉じている。

 
かわいい小屋。

 
 
ゲート開閉用のカウンターウエイト。チェーン駆動。2組ある。

 
 
上流側の背面。大きな円のようなものはギヤの覆い。大と中がある。操作室内から2本のシャフトが伸びている。上側のシャフトが写真手前(下流面)用。シャフトの先に(たぶん)ベベルギヤがあり、回転軸が水平から垂直に90度変わり、中くらいの覆い内の(たぶん)スパーギヤでクラウンギヤを回す。同軸の小歯車は大きな覆い内の大きな歯車を回し、ゲートが上下する。

下側のシャフトは、回り込んでチェーンをかました上でゲート装置内部に入り、もう1組のゲートを操作する。

ゲートは上半分と下半分に別れている。だからカウンターウエイトも2組ある。


 
下流側の閘門。ゲートは開いている。桜が満開、でも見に来ている人はいない。ゲートの開閉装置は上流側と同じなので、割愛する。

 
小屋がかわいい。

 
その先、導流堤(?)の下流端。石積み。

 
説明板。

 
後年、追加された脇谷水門。

 
説明板。
* * *

さて、この北上川の分流地点。古い地形図を見ると、いまの「新」北上川の流路に市街地があって、「えっ?」と戸惑う。この事業ために、柳津はまるごと移転したのだ。


(今昔マップ 東北地方太平洋岸 1901-1913年に着色加工)
これは分流前。

 
(今昔マップ 東北地方太平洋岸 1949-1953年に着色加工)
これは分流後。左岸に位置していた柳津町の市街地が、新北上川の本流にかかるため、ごっそり
北側に移転している。

北上川・迫川・江合川の流路は伊達政宗の時代、あるいはそれ以前からたびたび改修されてきた。洪水対策でもあり、舟運のためでもあった。その記録に曖昧な部分もあることから、「旧」北上川の流路も開削されたものだとする説もあるが、どうもそれは信頼性が低そうだ。

北上川は、古くは北上川のもう少し上流、錦桜橋付近から西へ迫川のほうに向かい、迫川に合流していたようだ。現在の地形データでは、圃場整備のためか、そのルートが逆に微高地となって浮かび上がる。改めて探訪してみたい。



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