場所はここ。 橋の名称は不明。どこの工事をしていたかも不明。戻れば、先の工事中の橋があるのだが、それをしなかったので、わからないままだ。 このプレートガーダーの厚みは10mm以上は余裕であるが、体重70kg代前半の私が乗るだけで「曲がっている」という感触を得る。
1973年12月
北海道建造 ○○○○○○○○ 製作 東京鉄骨橋梁製作所 ○○○○○○○○ この銘板、本体と同じくスクラップにされてしまうのだろうか。ちょっとっほしい…。 図らずも見ることができた、鈑桁の末期。大きさからして、このままトラックに積まれ、搬出されるのだろう。 PR 北海道の深川付近を走っているとよく「青看」に出てくる(ような気がする)割には大きな地名ではない「碧水」。R233とR275の交差点で、行ってみると、「なぜここが青看地名に?」と思ってしまうようなところ。その碧水交差点の東、R233が雨竜川を渡るところに架かるのが、この筑紫橋である。 サイト『北海道鋼道路橋写真集』は相変わらず閲覧できないが、筑紫橋の項目は閲覧できる。それによれば、諸元はこうだ。 ・単純合成桁 ・橋長:201.900m ・支間:50.000+70.000+50.000+30.000(単)m ・幅員:6.500m ・橋格:昭和14年示1等橋(T-13) ・鋼重:512.1t ・完成:昭和31年 支間は、ちょっと疑問。カンチレバートラス部分は50m+70m+50mとして、「30m」とはなんだろう? その両側は2径間連続PC桁にしか見えない。 この筑紫橋は、見た感じ、かなり巨大。カンチレバートラスは、吊桁ポニートラスになるような、それほど大きくないものが多い印象だが、これは大きい。周囲が平たい農地であるため、遠くから、碇着桁の三角がよく目立つ。一般的に、アーチ橋のアーチはランドマークになるが、この筑紫橋も十分にランドマークたりえる。 碇着桁と吊桁の結合部。
昭和30年(1955)
北海道開発局建造 内示(昭和14年)一等橋 製作株式会社宮地鉄工所 上流側左岸側にも同じ銘板がついている。 日が完全に没するまで見守り、すぐ近くの道の駅秩父別に向かった。 日高大橋。それが径間72.8mの上路三弦橋である、と知ったのは、なにをググっていてたどり着いたのかは忘れたが、『北海道鋼道路橋写真集』というサイトからであった。いま、親ページ(?)はサーバエラーで表示されないが、該当ページは見ることができる。→日高大橋 すでにLEVEL_7Gさんが現地に行き、写真集まで出してしまったのだが、自分の目で見に行った。 川岸は断崖で、河床に降りることはできない。先のサイトでは、冬に河床から撮っているようだが…。そのため、せっかくの三弦橋なのに、横からの干渉が不可能だ。唯一近づけるのはこの左岸・南側で、それも、このとおり樹木にさえぎられている。橋台を地盤に固定するためのアンカーが目立つ。そういう地質なのか。 これを見ていると、支承付近の構造が興味深い。 上路三弦橋だから、下弦材は1本、つまり三角錐の、カドが下面に来る。橋脚の軸方向の断面はV字型になり、下弦をひとつの支承でささえるのか、と思いきや、通常(?)の形状をしている。それにあわせるために、トラスの端部は、上から見ると三角形になっている。言葉だとわかりづらいので、ちょろっと描いてみた。 このような治具とでもいおうか、部材を設置して、橋脚に据えている。 各地にある、▽形の水管橋の端部はどうなっているのだろうか。上弦2本から、断面がΠ字になるような脚が出て橋脚に据えてあるのは見たことがある。ちょっとここに興味をもってみよう。 この日高大橋が、なぜこんな上路三弦橋という形式を取ったのか。工事誌等を見れたらいいのだが。 北海道の日高町を日勝峠に向かって登る途中に新清見トンネルがある。長さ910メートル。その手前右側に、旧道が見える。 右側の橋は幅も狭いし、これは旧道に間違いなしだろう…? だってほら、センターラインが…。 断面を見てみると、非常にきれいだ。まるで最初から「いまの形」に作られているかのようにすべすべしている。 ノーファインダーで撮ってみた。 川の高さに降りてみる。 画像右の欠き取られた部分を見るに、本来はこれだけの幅があったのだ。橋台を崩した跡には新橋の橋台が設置されている。崩された橋台の「中身」は土砂だろうから、切断面が崩れてこないように矢板がカマしてある。 上にあがって対岸へ。 新清見橋(現道)の工事は、清見橋を欠き取らないと進行できないはずだ。では、通行量の多いこの日勝峠ルート、どうやって1車線分になった橋の交通を確保していたのだろうか? 現状から推察するに、清見橋を半分欠き取ったあと、反対側(上記画像の左側)に仮橋を設置し、2車線を確保していたのではなかろうか。 (8月28日追記) 8月28日、@Einshaltさんから上記架設を裏付ける、工事中の画像をいただいた。 これを見て思うのは、PC桁を縦に割っても、通常の道路として使用できるほどのきちんとした強度が確保されているのか、ということだ。まさかそんな使用法は想定していないのだろうが、当然、その点は確認した上でこの形態になっているのだと思う。 そして、新たな謎を@LEVEL_7Gさんが提起した。PC桁を半裁にする工事は、供用中にしたのか否か? 一般的な道路工事を見ていると、カッターで切断するのは、その外側に少しの余裕があればできそうだ。この橋でいえば、センターラインにカラーコーンを置き、それより内側で作業をするならば、片側車線だけを不通にすることで作業は継続できるのではないか、ということだ。じっさい、センターラインから切断面までは 1mはないけれど…というくらいの余裕がある。一時的に仮橋を2車線分作ったのでは…という可能性もなくはないが、現地では、「仮橋の跡」は明確に1車線分しかないこと、また、この規模の国道でも数時間の片側交互通行で対処できるものと考えるので、それはないだろうと思う。 貴重な画像をありがとうございました>Einshaltさん (8月29日追記) @3710dc205さんから、 「カットされた側の主桁を挟んで横梁の構造が変わっているようなので、残った5主桁でもともと構造として完結している気もします。旧橋を拡幅したときに2連目の桁をかけて目地でつないでいた可能性もあると思います。6主桁以上のPC桁を切って5主桁にするのはできそうですが、主桁同士がPC鋼材で横方向に連結されているのを一度解除して連結し直す必要があると思います。そうなるとそこそこ大変な工事になりそうな。もともと5主桁のPC桁だとすれば主桁に支持されて側方に張出したRCの梁・スラブを切り落とすだけなので、供用しながらでも施工できると思います 。」 というご指摘をいただいた。たしかにおっしゃるとおり。上の、桁裏の画像を見ても、橋脚はPC桁の縦桁5本の幅しかなく、その左側=カットされた部分との境は、橋脚とは別の種類・仕上がりのコンクリートになっている。 ということは、ご指摘の中でも相当譲歩のある「6主桁を5主桁に」ということは考えづらく、分離しやすい部分が(たまたま?)センターライン付近であった、と考える方が自然であろう。 貴重なご指摘をありがとうございました>3710dc205さん この橋がある場所は冒頭のとおり。現在の地形図には、この旧道は、このとおり抹消されている。 旧道を掲載しておく。 同じアングルとは、『廃線跡の記録2』の表紙のようなアングルである。 この三弦橋は、過去、何度も見ていた。そして、目の前も何度も通っていたし、俯瞰したこともある。以前使っていた地図を見ると、楓駅(当時)から北、シューパロ湖に向かうルベシップ林道と、道道ニニウ夕張線(夕張新得線、道道136号)をバイクを積んだハイエースで走りつなぎ、上記の撮影位置まで来ている。その当時はとくに感慨もなく、「ああ、三弦橋だ」と思っただけで、写真など撮ってもいない。それを後悔する日が来ようとは。 この三弦橋については、さまざまなところで書かれているので私が書くことなどひとつもない。ただ、興味を持った方のために。 ・『三弦橋マニアクス』(写真集) 特殊同人電幻開発 ・『シューパロ湖三弦トラス橋の評価と保存に関する研究』(今尚之、中岡良司、佐藤 馨一)土木学会北海道支部論文報告集 |
カレンダー
最新記事
(04/02)
(02/15)
(01/01)
(12/31)
(11/20)
(11/11)
(11/05)
(10/26)
(10/25)
(10/22)
カテゴリー
プロフィール
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター
since 2010.7.30
アクセス解析
フリーエリア
|