列車に乗ったり降りたりしながら、フレームがプラットトラスである跨線橋があると撮っていた。車内から撮ったものもあるので、その場合は半分しか写ってなかったりするが、ないよりはマシだろう。
●青森駅 ホームは南北方向に配置されている。跨線橋は南側にある。 画像左の長い跨線橋が、旅客用のもの。駅舎本屋(東口=メイン)と西口、各ホームを結ぶもの。右のは、ちょっとうろついたけれどなんだかわからなかった。おそらく、かつて小荷物輸送や郵便輸送をしていたときに使われたものかと推測する。 右の跨線橋を、反対側から。(左の跨線橋から撮っている) どちらもトラスは鉄骨作りであり、プラットトラスである。 ●滝川駅(以下、北海道) ●岩見沢駅 脚も古レールで組まれている。脚だけ最新のものに交換、という例も見るだけに、これはうれしい。 ●塩谷駅 なんというか…すてき。 (青森・北海道の駅における跨線橋 撮り散らし その2に続く) PR 7月18日(月・祝)、カルカルで開催された『地図ナイト!』に行ってきた。出演者は次のとおり。 ・田代博氏(パソコン通信の時代から展望をPCでシミュレーションしている地理教諭。富士見研究家) ・今尾恵介氏(地図・鉄道 研究家) ・平井史生氏(気象予報士) ・近藤賀誉氏(東京カートグラフィック) ・野々村邦夫氏(元・国土地理院長、現・日本地図センター・理事長) ・小林政能氏(日本地図センター・エンターテイメント担当) 詳細なレポはいずれ公式であがるからそちらに任せるとして、このイベントで「自分にとって、地図とは?」という点に思いが至ったので、そんなことを整理してみる。 ●「地図」と「マッピング」は違う 今回は『地図ナイト』であり、『マッピングナイト』ではない。その違いはどこにあるのだろうか。 ・地図…眺める対象(物) ・マッピング…地図(に類するもの)に働きかける/を作る行為(意識、動作) と考えるとわかりやすい。(「作る」は石川初氏の示唆による) カルカルでは、過去に2回、『マッピングナイト』を開催している。その内容は、まさに後者のようになっている。対して、今回は『地図ナイト』である。地図を眺めるのが好きな人たちのイベントかな…と思いつつ参加して、まさにそのとおりだった。 平井氏は、マッピングに近い発表だったが、他の人は、地図に働きかけたり、地図を作ったりはしない。「すでにある地図」を読み、そこになんらかのおもしろみを見出す。昔からいる「地図好き」の遊びだ。そのためか、カルカルが初めて、という客が半分くらいだったと思う。また『マッピングナイト』に来ていた層とも異なると感じた。 こうした、「地図好きが地図を眺めているときに考えがちなこと」を可視化すると、とてもおもしろい。 ●紙地図のよさ・ネット地図の限界 紙地図のよさは、その大きさである。PCのモニタで見るネット地図とは異なり、その何倍もの大きさで見ることができる。 国土地理院が作る2万5000分の1地形図が「ウオッちず」としてブラウザで見られるのは周知の通りだが、当然のごとく、最大でもモニタサイズ、多くの場合はその数割減の面積にしかならない。 ここは群馬・新潟県境の清水峠で、上越新幹線や関越トンネルが近く、山岳地としては谷川岳や巻機山などの三国山脈の一角である。しかし、まったく周囲が見えないので、清水峠をご存じない方は、ここがどこだかわからないだろう。 こうした問題は、同類のサービスでも同じだ。 いま、ウオッちずは電子国土に準じたものに切り替わりつつあるので、同じものである。 以前のタイプも見ることができるが、状況は同じである。。 2万5000分の1地形図は、もっともっと大きな範囲を一度に見ないと、把握しづらいのがわかるだろう。 古い地図のアーカイブも状況はいっしょ。たとえば明治20年の東京都内の地図。2万分の1。 この図は、ブラウザ内で自在に拡大・縮小、移動ができるのだが、この窓の大きさでは…。 縮尺の小さなものではもっと顕著だ。 現在の新宿区西早稲田付近、東京専門学校というのは早稲田大学だ。いま大隈講堂があるあたりの「大隈邸」も見える。この迫力は5000分の1ならではだが、ブラウザではこんな狭い範囲しか見ることができない。もしこれが紙であれば、周辺まで広く見て把握することができる。 私がネット地図の表示範囲の狭さを不満に思うのは、ものごとを俯瞰してみる視点を取り去ってしまうからだ。上の地図でいえば、神田川は当時、どこからどうどうなって流れていたのか、ということを、マウスでドラッグすることも、ホイールで拡大縮小することもなく、視線を移すだけで把握できたら! いつもそう思う。 また、ネット地図は、サイトによってUIが異なることも大きなストレスだ。国土地理院のサイト内だけでも異なる。中の人が「電子国土、じゃなくて原始国土だ」といらだつのも当然である。 ●ウオッちずの危機? 今日、田代博氏のサイトに「地形図が危ない!」と題された一文が掲載された。実は、上記の清水峠の地図も、その話題に関係している。 送電線や発電所が消えている。 私は、国が制作する地図は、プレーンな情報が掲載されているものが望ましいと思う。目的別ではなく、国土がある姿そのものを描いたもの。また、一度盛り込まれた情報は、その情報が消滅したり、より重要な情報に干渉するものでない限り、落とすべきではないと思う。しかし、現在の電子国土基本図は、テロ対策名目で、そこに存在する大きな構造物をなきものにし、「不要だろうから、もうこの情報は掲載しないよ」という基準で歴史的な事項を切り捨てていく。やめてくれ。 地形図だけが送電線や発電所を消してなんになる? 過去に公開された膨大な地図、そして民間による地図や衛星画像。それらに写っているものを、地理院だけが消してどうなる? なお、「送電線は、登山のランドマークになるから消すな」という意見もあるが、個人的には激しく同意するものの、本質ではないと思う。なぜならば、ランドマークが必要ならば、東京タワーやスカイツリーもそれなりに図示すべきという話になるからだ。地形図に掲載する条件は、ランドマークであるか否かではない。情報として掲載する価値があるか否かだ。 「地図ナイト」。地図を肴に酒を飲むことができる人が楽しむイベント。マニアだと言われようが、これはこれで楽しい。一歩引いた目を持っているからと行って偉いわけではない。写真好きがカメラ好きである場合があるように、地図好きは地図そのものも好きな場合もある。 イベントで、そんなことを考えた。 イベントでは、DAN杉本氏制作の「カシミール3D」を使用したスライドや話がいくつも出た。会場でも「カシミール3D」の本を販売していただいた。ご購入いただいた方、ありがとうございました。また、販売にご協力いただきました(財)日本地図センター様、厚くお礼申し上げます。 大きな地図で見る 函館本線の森駅のあたりをうろついていたとき、この鳥崎川橋梁に出会った。複線PC桁だ。持っていたカメラの都合で、2分割で写真を上げる。 橋が新しいので、架け替えたのだろうと思っていた。ところが、橋台部分に、こんな銘板を見つけた。 とある。 ちょっと引いて見よう。 ちょうど橋台の1年後だ。3月着手、10月竣功という、無雪期の作業だということがわかる。「しゅん工」の「ん」に目が行ってしまうのは、本題とは関係ない。
この単線の旧線は、森駅側の橋台が残っている。さて、この桁は昭和52年に架けられた。では、それ以前の桁はどうだったのか。 この区間、森~桂川間(当時は信号場。JR化時に駅に昇格)は、昭和54年(1979年)9月27日に複線化された。その際に、それまでの単線に腹付け増線するのではなく、複線桁を架設した。 1976年の航空写真を見てみよう。 鳥崎川の西(左)にDD51が牽引する貨物列車が走っている。これが、単線の旧線。その北側に、複線化工事をしているのがわかる。この鳥崎川橋梁の部分は橋台と橋脚が見えている。 橋台の工事は昭和51年なので、まさにこの航空写真が撮影された年度だ。もし撮影が翌年だったら、複線桁が架設された状態だったに違いない。冒頭のGoogleマップと見比べると、それぞれの線形の違いがわかるだろう。 ここもちょっと引いて見る。 正方形に近い扉の枠を、 外周と、中央に十字型に取り、十字の部分を中心にした菱形(または45度回転した正方形)に板を貼っていく。 少なくとも数年以上前に、函館と足寄あたりで見た記憶がある。しかし、それらは写真に撮っていない。なにかひっかかるものがったのだ。以来、ずっと後悔していたのだが、先日、蟹田駅で見つけた。すばらしい。 この形式の名称をご存知の方、ぜひご教示ください。 <関連記事> 木製扉・木製戸の菱形・バツ形
ディスカバー・ジャパン。物心ついたときには、このキャンペーンの後半である「いい日旅立ち」も終わりかけ、「エキゾチック・ジャパン」が始まる頃だった。そのため、DISCOVER JAPANは「ひと世代前の、ちょっと古いキャンペーン」という印象を持っていた。会社に入ってからは、一回り以上上の旅好き上司のDISCOVER JAPANへの思い入れを何度か聞かされ、徐々にそれがどういうものだったかを、「旅のスタイル史」という文脈の中で位置づけるようになった。
本書は、DISCOVER JAPANの綜合プロデューサーだった藤岡和賀夫氏が語る「DISCOVER JAPANとはなんだったのか」という本である。氏によれば、DISCOVER JAPANは、DISCOVER MYSELF、つまり「自分発見」、広い意味での「自分探し」である。 私は「自分探し」という言葉が嫌いだった。しかし、それは多趣味な人間が嵌る陥穽だったかもしれない。「自分探し」とは、趣味性(ヲタ気質と言ってもいい)を持たない人が、むりやり趣味(らしいこと)を見つけるようなニュアンスに感じていた。それを、多趣味かつその方面に徹底して突っ込んでいく私は、「そんなんじゃないよ、趣味ってものは」みたいなふうに捉えていたのだと、今になって思う。 最近、写真表現について考えることが多く、「自分探し」については捉え方が変わった。とくに何をする必要もない、自分がしていることを集め、俯瞰してみると、「ある傾向」があることに気づく。自分はこれが好きだったのか、と気づく。それは「自分発見」であり、振り返る行為なんだけれども、それに積極性と将来性を加えれば「自分探し」だ。 このブログで例えれば、鋼製トラス橋や鋼製プレートガーダー橋の記事は多いが、鋼製アーチ橋、RC製の各橋はほとんどない。レインボーブリッジのような巨大な橋についてはもっとない。そして、鋼製トラス橋でも、ピントラスが多く、H型鋼を使用した近代的なものは少ない。自分がわざわざ写真を撮るか撮らないか、そこに傾向が出てくる。 本書は藤岡氏が書いてきた文章のアンソロジーでもあるのだが、その中で、藤岡氏は何度となく明言している。「旅に出て発見するのは畢竟自分だ、言うなればDISCOVER MYSELFが旅の極意だ」。 イメージ先行の、その時代の大人のアタマでは理解できない写真で若者を旅に誘うDISCOVER JAPANのポスター。時を同じくしてananとnonnoがブレークしていた。アンノン族の誕生だ。世の中の潮流を作る圧倒的な世代と、DISCOVER MYSELFの同時代性。旅に出た彼女たちは、あるいはDISCOVER MYSELFに成功し、あるいはそんなことをまったく意識せずに適当な旅を終えただろう。彼女たちが何度も旅に出て、自分の嗜好を知っていく。DISCOVER JAPANは、目的を果たした。 キャンペーン第1号ポスターは、日光の牧場で撮影された被写体ブレの写真である。これは強いメッセージ性を持っている。お節介というか、押しつけがましいとも思う。でも、これが選ばれているのも、時代なのだろう。そういうことに気づけたのも、本書を読んだからだ。 もっと、こうしたポスターやキャンぺーンの裏方の様子を見せて欲しかった。なお、本書は前半半分が藤岡氏のアンソロジー、後半は「絶滅のおそれのある懐かしい日本の風景」の話である。前半だけあればいい。 |
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