雨の朝、えちぜん鉄道沿いをクルマで走っていたら、すてきなモービルが現れた。
そのときのようすは江東ドボクマッピング 新観光講座 ガソリンスタンド編をご覧いただくとして。 sgmさんによれば、「円形キャノピーが不評だったため、後に登場したペガサス21型というタイプで、改修したものではなく、まったくの新造です。」とのこと。残念。 「ペガサス21」とかググっても、給油所のことなど出てこない。いや、「ペガサス21○○」というモービルの給油所は出てくるけれど。こういう意匠の流れは知りたい。さて、どこから攻めるかな…。 PR
小舟渡橋 その1 (福井県)の続き。
200フィートクラスの曲弦プラットを通り、小さい桁のほうへ。 欄干が違う。そして 燕だろうか、巣をかけている。 あれ? 駅名は「こぶなと」…。まあ、どちらでもいいのだろう。かつて同級生に小舟渡くんと小舟渡さんがいたけれど、どちらも濁らない「こふなと」さんだった。小舟渡という地名は全国至る所にある。 この小舟渡橋を撮ったときは雨が降ったり止んだりで、さらに先を急いでも居たので、河川敷に降りての撮影をしていない。ちょっと後悔しているが、また行けばいいさ。
(小舟渡橋より先に…)
昨年、ガーミンのdakota20を購入後、地形図はカシミール3Dから切り出して転送して使用していた。不便な点はサイズに制限があることで、2万5000分の1地形図なら、東京都全部をdakota20に入れることはできない。便利な点は無料である、ということだ。 旅行時でも、PCを持参することでなんとかしていたのだが、10年ぶりに北海道ツーリングに行けることになり、対策が必要になった。そこで、TKAから「日本地形図25000全国版 microSD版」を購入した。地理院の2万5000分の1地形図が全国分入って、2万4800円である。なお、dakota20は、イギリスの自転車屋から購入している。そのほうが安かったからだ。当時222.12ポンド、現在のレートなら2万8000円ちょっとだ。当時は3万円を切る、くらいだったと思う。アメリカでは349.99USDだ。 さてこの「日本地形図25000全国版 microSD版」(以下「本地図」とする)。予想以上にすばらしかった。以下、キャプチャ中心に。 Enabledとなっている、「TopographicMap25k」というのが2万5000分の1。その下の数字(2011068286)は、おそらく「2011年6月版」ということだろう。ほかに「RoutingMap」「Topo50m」が同時に利用できるようになる。 これで、スケールを変化させると、それにあわせて省略された地図が表示されるようになる。TKAによれば 5m~200mスケールまでは25000分の1の地形図、300m~800mスケールまでは空間データ基盤(25000)を元にした地図、1.2kmスケール以降は広域地図が表示されます。 となっている。 これまで「カシミール3D」からマップを切り出し、[CustomMap]として利用していた人もいるだろうが、そのままの設定では、CustomMapのデータがある部分では、本地図より優先されてそちらが表示されてしまう。 左の地図になぜ500m刻みの等高線があるかといえば、標高0mと1mとの境に等高線があるためだ。以下同じ。 なんでそんなことに気づいたのかというと、地図入れて真っ先に見たのがここだったからだ。 等高線は50mごと。 等高線は地形図と同じ10m。だたし、50mごとに、別データによる等高線が重なるので、多少の見苦しさがある。これを消すためには、[Setup]→[Map]→[Map Information]で、「Topo50m」を「Disabled」にすればいい。これを「Disabled」にしても、800mスケールより大縮尺の地図での等高線の見え方は変わらない。 左の、本地図のクッキリ度がよくおわかりいただけると思う。川がきちんと水色になるのが嬉しい。 2万5000分の1地形図としての使いやすさは、200mスケールから120mスケールまで。その次の80mスケールでは、周辺がわからなくなる。そして50mスケールではこんな。紫色の破線は、地下鉄駅の表記。わかりづらいからか、電子国土では、地下鉄駅は破線ではなく塗りつぶされた四角になっている。 等高線は、ここまで拡大すると、「50mごと」の黒い線との誤差がはっきりとわかるので、やはり「Topo50m」は「Disabled」にしておくのがよさそうだ。 赤いトラックデータが絡まっているのは、本日買い物をした池袋のエルブレス。買ったものはこれ。 以上、Dakota20とTKA「日本地形図25000全国版 microSD版」の相性というか表示についてのレポートである。 結論:この地形図、早く買ったほうがいいですよ。 「歴史的鋼橋集覧」には収録されていない。なぜ小舟渡橋が「歴史的」収録されていないかは謎。しかし、絵葉書は「愛知県」と誤記された上で掲載されている。 また、「日本の近代土木遺産2800」にはCランクで記載されている。そして、福井県の「福井の歴史的建造物」にはきちんと解説がある。GJ! それによれば、この場所に初めて架橋されたのは明治15年(1882年)で、いわゆる「舟橋」であった。橋の名もそれに由来する。その後、大正3年(1914年)に越前電気鉄道が開通した際、小舟渡駅が設置されたが、九頭竜川を挟んでいたため、永久橋の架設が計画され、大正9年(1920年)工事が開始された。開通は大正10年(1921年)。下流に市荒川大橋が完成し、換線されたのが昭和44年(1969年)なので、主役として48年、脇役としても42年、合計90年が経過している。 当初の舟橋の写真が、福井駅西側の湊地区公民館のサイトやいち市民氏のサイト(1)、「郷土の自然」に掲載されている。 場所はここ。小舟渡駅のすぐ近く。 左岸から、歩測200フィートの曲弦プラットトラス、歩測100フィートないくらいの平行弦プラットトラス。その下が流路。右岸にかけてはRC桁橋で、その下は河川敷となっている。1948年撮影の航空写真でも流路が同じなので、架けた当初から川の流れ方は変わってないのかもしれない。今回は曲弦プラットトラスのみを掲載する。 (続く) (余談) 画像の右上に移っている黒い点は、撮像素子についたゴミです。 (続き)小舟渡橋 その2 (福井県) 以前は曲線で勾配を登っていたのだろう。それを、なるべく直線敵にして見通しをよくした結果、外側に膨らんでいた部分が廃道化した。新しい道路には新たにガードレールが設置されたため、一切、クルマは入れなくなった。 こうした空間は、天気がいい限り、とても心地よい。 場所はここ。 古い航空写真を見ても、これがわかるほどの解像度のものはない。このまま、この改良跡は草に埋もれていく。 |
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