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TENERE700インプレ/XTZ750スーパーテネレとの差から

スーパーテネレ・テネレ700


2020年6月5日発売…と当初アナウンスされていたヤマハのテネレ700。コロナ禍の影響で、海外からの部品供給がストップしたため、しばらく「延期・未定」、そして7月末発売となった。ところが、6月上旬から見通しがつきはじめたようで、6月17日(水)に全国のYSPが一斉に「到着!」とツイート。ぼくはといえば、早くにショップから電話をいただいていたはずなのにそれに気づいていなかったたためまったくの寝耳に水。驚いて、予約していたYSP杉並北に電話。ぼくのは19日(金)に入荷するので最短、21日(日)納車が可能とのこと。それでお願いした。上のツイートは、19日(金)に入荷したぼくのマシン(どちらか)。
YSP杉並北の皆さんががんばってくださり、20日(木)に納車が可能になったので、さっそく訪問。同時に任意保険に加入し、15時から有効となったので15時にショップを後にした。

 
いったん帰宅後、100kmほど、首都高を含めて都内を走り回る。

 
翌21日(日)は、朝は雨が降っていたので、昼前から奥武蔵方面を走ってきた。



ここで、テネレ700(以下T7)tXTZ750スーパーテネレ(以下XTZ)との違う点を書き出しておく。

 
XTZ750。2012年に北海道でミッションが逝き、だましだまし帰宅して廃車に。まだ車体はある(スーパーテネレを廃車してきた

●ポジション
・178cm76kgのぼくがまたがって、両足の踵が浮く。片足ならば、尻を少しずらせば踵が着く。ただ、余裕を持って重量を支えられるかと言われると少し不安が残る。250オフ(フルサイズ)のような「ちょっと足を出しても十分に重量を支えられる」という感覚が欲しい方は、ローダウンキットを組むのがいいと思う。
・広がりのあるハンドガードがあるため、ハンドルが広い。グリップを握った左手の左、右手の右の先に3cmほどある。車幅感覚が狂う。
 
XTZはACERBISのガードをつけていたので、「広がり」はなかった
・クラッチレバーはXTZより重く、握りシロが大きい。手の小さい人にはキツそう。
・エンジン右側、クラッチカバーが出っ張っていて、右足のふくらはぎが熱い。
 
少しオーバーに撮ったもの

・タンクがスリム。XTZは26L、T7は16L。
・スタンディングがまったく無理がない。250オフよりも自然なポジションに。

●エンジン
・排気音やエンジンのフィール、なにか覚えがあると思ったらTRXだ。270度クランクだから当然か。
・5000回転前後から気持ちいい!
・吹け上がりはXTZよりはるかにいい、軽く回る。
・燃費は22km/L。
・6速ぬあわkmで「eco」点灯(6000rpm以下)

●乗った感じ
・重量バランスはとてもいい。XTZはタンク周りの重心の高さを感じ、マスが股の下と股の前の2カ所に分散している感じがあり、発進時や停止時にグラつくことがあるが、T7は股下1カ所で、グラつくことはない。タンク内でガソリンが暴れる感じもない。

●走行
・前輪は同じ90/90-21だが、はるかに接地感がある。XTZはXTZに特有のフワフワしたフィーリングだったので、元々接地感の薄いものだった。これは、XTZが正立、T7が倒立フロントフォークという差も大きいと思う。インナーチューブ径はどちらも43mm。
・前輪がどこにあるかは、目視では確認しづらい。
・後輪は150/70-18、やはりXTZよりも接地感が高い。XTZは140/80-17…といってもぼくはずっと130/80-17という一段細いのを履いていたので(多少なりともオフ寄りのタイヤは130しかない;ミシュランT63やDLのTRAILMAX)、よりそれを感じたのかも。
・腰から下でひらひらとバンクする。やはりマスが集中している印象。

●車体
・スクリーンによる風除けの効果は高い。高速道路で少し伏せるだけでかなり風あたりが軽減される。
・スクリーン上端はXTZより高い。我が家の車庫でちょっと問題が…。
・特徴的な4灯ヘッドライト。テネレ700のコンセプトに関わるデザインなのだが、走っていると、これこそ「テネレ700だ」と対向車等から認識してもらえる個性的なデザインなのだと感じた。XTZは、当時のヤマハの顔つきで、FZRをそのままフェイスリフトしたような感じだった。
・ただし、4灯になるのはハイビーム。通常は、上の2等と下の長方形のLEDが点く。
 
・キャリアつけないと荷物載せづらい 。フックは使いづらい。
・純正キャリアはボックスの取付が前提なので、上に突起がある。また、タンデムステップ付けねまでステーが伸びているので、それがないほうがスッキリするので、現在、車外品を注文中。
・タンクは、下記の赤い部分が鉄なので、タンクバッグの装着は可能。


まだ舗装路を250km程度走っただけなので、ダートを走るとまた全然違う気づきがあると思う。それはいずれ。







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小屋コレクション

建築?

 
郵便局前にあったコンクリートブロック製の小屋。無関係かもしれない。

 
漁港には、一家に一軒、小屋がある。

 
家屋を解体した材料を利用した掘っ立て小屋、だろうか。奥行きもない。最大高さが戸の高さ。奥に行くにはかがまねばならぬ。

 
好きなように、好きな形で。

 
 
こちらの小屋も背が低い。

 
 
こちらは屋根がきちんとかけられている。

 
2階建てくらいの倉庫。扉が矢板で塞がれている。どうやって入るのだろう。はずすのか。

 
こちらも。閂を外すと、戸板が外れるのかもしれない。

 
これは普通の両開きの板戸。向かって左が3:右が2、くらいの割合で戸が両側に分割されている。

 
右側に寄せて、板の…引き違い戸だろうか。取っ手がついていないので、わからない。




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田屋と田家

地図・航空写真・分水嶺


新津出身のマンガ家・高野文子の『黄色い本』の主人公の名前は「田家実地子(たいみちこ)」。「田家(たや)」だと思ってた、そういえば新発田に「上羽津田家」っていうバス亭があってそこから二王子岳に登ったな…と思って見たら、それは記憶の混同で、実は「田屋(たや)」だったし、そもそも「田家」は新津だった。


その「上羽津田屋」は、高校生当時に2万5000図で見た記憶があり、また、バス停もあってそこで降りていた。確か「上板山行き」だったと思う。当時は普通の路線バスが走っていたが、いまは「川東コミュニティバス」になっている。高校山岳部みたいな集団が来たら迷惑この上ないというか、乗れないだろう。

「上羽津田屋」はいまも地理院地図に載っていて、南には「中田屋」「下田屋」がある。そこで、『角川日本地名大辞典 新潟県』を見てみたら…ない。「田屋」がない。いや、あるが、板倉町、糸魚川市、柏崎市、五泉市、長岡市(いずれも当時)しかない。

ということは、字名か。

国土地理院の地形図に掲載されている地名は、基準がよくわからない。有名なのは、函南の「新幹線」だ。大字ではないけれど掲載されている。それにしては、「田屋」は「中田屋」「下田屋」があるくらいなので、そこそこの範囲はある。『角川日本地名大辞典 新潟県』は字名も対象としているが、全てではないだろうから、落とされたか。



『黄色い本』には「川の土手と、その外側の水路」など、新潟っぽい場面がいくつもある。あ、わかる、となる。出てくる方言は新潟弁だ。






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西川水路橋(新潟県) 水の立体交差の空撮

水の流れ

新潟の西の郊外にある、新川と西川の立体交差。2014年の記事では、水路橋の実像がよくわからないが、空撮することで、よく理解できると思う。

動画を。


●関連項目
西川水路橋(新潟県) 水の立体交差

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北越急行信濃川橋梁と河岸段丘の空撮

地図・航空写真・分水嶺

北越急行の十日町駅付近はとてもおもしろい。六日町方面から魚沼丘陵を突き抜けてきた列車は、住宅街を右に左にくねりながら高架の十日町駅まで上り詰め、十日町駅を出ると、今度は一気に地面に突き刺さるように下って地面に潜る。そして、信濃川の河岸段丘の壁に飛び出し、連続ワーレントラスで信濃川を渡って対岸の河岸段丘に突っ込むのだ。

十日町駅まで駆け上がる前面展望動画


十日町駅を出て33‰で地面に潜っていく前面展望動画


この先、信濃川を渡る部分の河岸段丘感は、空撮だとわかりやすいだろう…と思って撮ったが、標高を5倍くらいに強調しないとちょっとわかりづらいかもしれない。
 

どこがどうかを記した。
 

ここは、凸凹地図で示すとこうなる。
(Kashmir3D+5mメッシュ標高データ+数値地図25000にて描いた十日町駅の西)

対岸のほうが、「河岸段丘に突っ込む」ということがわかりやすかもしれない。
 

空撮動画。



●関連項目(重複多数あり)
北越急行の地形的妙味(1)十日町
北越急行の地形的妙味(2)犀潟
北越急行の高架橋
北越急行(下り)十日町駅進入と発車/くびき発車
北越急行 蜘ヶ池(くもがいけ)高架橋の桁
北越急行十日町トンネルから信濃川橋梁へ
北越急行 薬師峠での列車交換時の気圧変化










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小千谷発電所と山本調整池 空撮

閘門・水門・水路

JR東日本 小千谷第二発電所 山本第二調整池の「皇紀」古レールの続き。

  
小千谷発電所と小千谷第二発電所、山本調整池と山本第二調整池が隣接し、ちょっとわかりにくいので写真に示すとこうなる。

千手発電所(第1期・第2期)で使われた水は、そのまま第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)を通って、青い矢印のように写真右上のゲートから山本調整池に流れ込む。そこから4本の水圧管路で小千谷発電所に送水する。

調整池内には弧を描くのは越流堤で、余水を写真右下に落とす(黄色い矢印)。右下の黄緑のマルは、写真の枠外にある取水塔で、そこから余水を信濃川に流すと同時に、U字型に囲われた連絡水槽にも送水している(黄緑の矢印)。そして、そこからも1本、水圧管路が小千谷発電所に伸びている。

 
(地理院地図に加筆)
地図に示すとこうなる。地図に描いた青線が第3期・第4期、ピンクの線が第5期だ。

 
上空でカメラを右に振る。写真上にわずかに見えているのが第二調整池。(撮ったときは気づいていなかったので、こんなカットに…)

 
5本の水圧管路をアーチ橋で越える。


JR小千谷発電所と山本調整池の空撮動画。



<信濃川発電所関連項目>
第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)
第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)空撮
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)空撮
第5期源藤山沢水路橋(小千谷第二発電所用)
小千谷発電所と山本調整池 空撮
JR東日本 小千谷第二発電所 山本第二調整池の「皇紀」古レール
21年ぶりの清水峠

【参考】
にいがた土木構造物めぐり
変電・饋電(き電)・通信のもろもろ   446. JR東日本 小千谷第二(新小千谷)発電所

【概要】
総称:信濃川発電所
(第1・2期)宮中取水口→浅河原調整池→千手発電所→清水峠(154kV)
(第3・4期)千手発電所→山本調整池→小千谷発電所→千手発電所
(第5期)新宮中取水口→山本第二調整池→小千谷第二発電所→小千谷発電所(たぶん)



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80年代前半の一般用特別車内補充券

鉄道

地図式の車補(特殊区間用特別補充券地図式)の路線図の続き。


一般用特別車内補充券(長岡車掌区)。

1981年だろうか。「年」が書いていないので困る。1322レは、新潟~直江津~長野~高崎~上野を1日かけて走っていた客車列車の新潟~直江津部分。といっても列車番号は4分割されていた。おそらく2回乗っている。これはそのときにコレクション用に作ってもらったもの。「往復」で100円になっているのは、手間をかけさせるわりに50円だというのもなあ…という、子どものくせに配慮したもの。

 
年不明。同じく長岡車掌区。313Mは「とがくし3号」と思われる。1980年10月の時刻表では「313M」がなく、「とがくし1号」が315M、「とがくし3号」が317M」。おそらく1981年10月か1982年11月改正あたりで列車番号が変わったと思われる。柏崎の親戚宅から新潟に帰るとき、いつもは自由席だが、このときは座れなくて指定席に移動したのだろう。

 
年不明。新潟車掌区。4003Mは「雷鳥3号」で、ぼくは柏崎から新潟に行くのに特急に乗ったのは1回だけ、と記憶していたのだけれど、この補充券があるということは、乗っているのだ。しかも車内で買っている。こんな真っ昼間の時間帯というのも妙だ。まったく記憶がない。

 
これも年不明。1982年か。新潟車掌区。1229レ。手元の1980年10月の時刻表では「229レ」はあるが「1229レ」はない。コレクション用に作ってもらったものと思われる。

 
1981年か。1337M、直江津車掌区。これは実際に使ったものだ。叔母と従兄弟(当時未就学児)とぼくとで、大久保隧道付近から鯨波駅まで歩いて、電車で柏崎駅に帰ってきたのだ。そのときの写真も残っている。しかし、日付を見て驚いた。なぜ6月13日なのだろうか。親戚宅に行くのは、春、夏、冬休みだったのだ。6月に行った記憶はない…。

 
1982年8月28日、金沢車掌区。501Dは「しらゆき」だ。この日、母と、初めて魚沼線・赤谷線に乗りに行った。基本的に普通列車での移動だったのだけれど、長岡~新津間は急行に乗らざるを得なかった。「記事」欄にはなんと書いてあるのだろう、読めない。

 
1984年7月30日、福井車掌区。224レ。鉄道少年団全国大会で武生に行ったときだ。なぜ鯖江~武生なのか思い出せない。鯖江に泊まったのだろうか。





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宮中取水ダム(宮中取水口)空撮

閘門・水門・水路

 
JR信濃川発電所の第1期・第2期、つまり最初に完成した取水施設。信濃川本流上で唯一のダム(重力式コンクリート)で、左岸から取水する。左が宮中取水ダム。右が取水口。

 
 

取水口から先は3条となって、堰を出るところでまた合流して水路トンネルに入っていく。
 
2020年3月上旬に訪れたときにはたまたま取水路の右岸側の水が抜かれていた。スクリーン(フィルタ的なもの)の清掃のようだ。

次に、水路トンネル側から(つまり下流側から上流を見る)。
 
取水トンネルの上はもりあがっていて、まるで地上を走っていた地下鉄が潜る部分のようんだ。


空撮動画では、前半が信濃川寄り、終盤に取水トンネル側から撮ったものをつないでいる。



<信濃川発電所関連項目>
第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)
第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)空撮
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)空撮
第5期源藤山沢水路橋(小千谷第二発電所用)
JR東日本 小千谷第二発電所 山本第二調整池の「皇紀」古レール
21年ぶりの清水峠

【参考】
にいがた土木構造物めぐり
変電・饋電(き電)・通信のもろもろ   446. JR東日本 小千谷第二(新小千谷)発電所

【概要】
総称:信濃川発電所
(第1・2期)宮中取水口→浅河原調整池→千手発電所→清水峠(154kV)
(第3・4期)千手発電所→山本調整池→小千谷発電所→千手発電所
(第5期)新宮中取水口→山本第二調整池→小千谷第二発電所→小千谷発電所(たぶん)





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第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)空撮

閘門・水門・水路

第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)の空撮動画。

 
山腹から飛び出し、橋で谷を渡り、再び山腹に突っ込む。それを一目瞭然とするには空撮がいちばんだ。

 
この位置に水田があるとは、谷筋の道路にいたらまったく想像もつかないよね。

動画を。



<信濃川発電所関連項目>
第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)空撮
第5期源藤山沢水路橋(小千谷第二発電所用)
JR東日本 小千谷第二発電所 山本第二調整池の「皇紀」古レール

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第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)空撮

閘門・水門・水路

第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)は、狭い谷に巨大な建造物があるため、下から見ても、上に登っても、なかなか全部を見た気にならない。水の流れものぞき込めない。ということで、空撮してきた。

 
街側から山側(東から西)を見る。

 
逆。山側から街側(西から東)を見る。

 
上から見る。東側には水が流れているが、西側には流れていない。

空撮動画をどうぞ。



<信濃川発電所関連項目>
第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)
第3期・第4期真人沢水路橋(小千谷発電所用)空撮
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)
第5期真人沢水路橋(小千谷第二発電所用)空撮
第5期源藤山沢水路橋(小千谷第二発電所用)
JR東日本 小千谷第二発電所 山本第二調整池の「皇紀」古レール

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