忍者ブログ
[407] [408] [409] [410] [411] [412] [413] [414] [415] [416] [417]
仕事で、ノースライナーみくに号やらなにやら調べていて、結局私が取材に行くことはできなくなたのだが、そんなことをツイートしていたら何人かの方が反応してくださったり、ブログにアップしていただいたりしたので、ここでは十勝三股の地形について述べたい。

mitsumata6.jpg(DAN杉本氏のカシミール3Dで作成。高さは2倍に強調)

十勝三股は、北海道の帯広市から北北西に約67kmいったところにある、扇状に広がった地域である。その南に周囲は石狩山地に囲まれ、それらの南面から流れ出た水が十勝三股を潤し、音更川となって糠平湖を形成する。音更川は十勝川の支流である。

音更川を遡る形で説明すると、十勝「三股」というとおり、音更川はこの扇状地に入ると三俣地区で三つに別れる。本流は西へ向かい、ニペソツ山の北側の峰まで遡る。北へ向かうのは中の川。東へ向かうのは十四の沢。これらをして「三股」といったのかどうかはわからないが、おそらくそうだろうと思う。

この三股の周囲はぐるりと山に囲まれている。そして、峰に向かってどの方向へも緩い傾斜をもって向かっている。その不思議な地形は、平面の地形図ではなかなか実感できない。このような鳥瞰図をもってして初めて理解できる。


よくぞこんなところまで鉄道を敷いたものだと思う。もともと、北海道の鉄道は開拓の最前線という側面があるので、現代の観点で簡単に判断してはならないのだが、それにしても、と思う。糠平まであったことでさえ驚きなのに、さらに十勝三股まで。もうすぐ三国峠、その向こうは層雲峡、そして上川だ。


十勝三股の扇状地を拡大して真俯瞰するとこんな感じだ。
mitsumata11.jpg(DAN杉本氏のカシミール3Dで作成)

これだけ広大な土地に生活していた人たちの心はいかばかりか。学校や神社まであったらしい。



十勝三股の北西に、石狩岳がある。20年ほど前、この山に登ろうと思っていろいろと情報を集めていたことがある。「シュナイダー尾根」というコースの名称に惹かれたのだ。なぜこんな奥地にドイツ名(だと思う)が!? しかし、アプローチがどうにも難儀な気がして、断念した。そして他の山に向かった。トムラウシ(テント泊2泊3日)、利尻岳、大雪山(こちらはお手軽に)に行った。いまならレンタカーを借りて…なんて思うが、当時はそんなことは思わなかった。石狩岳は幻の山だった。このエリアは、十勝三股から徒歩で三国峠に向かい、途中で砂利道になったので、そこからヒッチハイクで上川に抜けた。

ところが2年前、廃道の本を作っているときに、nagajis氏から「十石峠を自転車をかついで越えた」と聞いた。まさかまさか。後日、写真を見せてもらった。本当に、十石峠に自転車が写っている。その写真は『廃道ナイト』でも使われたような気がするが、おそらくそのすごさに気づいた人はいないか、いてもごく少数だと思う。まさかまさかの峠越えである。


十勝三股は、もう8年ほど行ってない。いま、猛烈に行きたくなっている。いまこうして地形図を見ていて、置戸に抜ける勝北峠を走ってみたくなった。なぜ、自由に行けた時代に行かなかったのだろう? 知らなかったのかもしれない。


<参考>
賑やかなりし十勝三股駅界隈@golgodenkaさん)
・ツイート(@dodoshiryoさん)
十勝三股あの頃。(編集長敬白)

<関連項目>
糠平、昭和24年の20万図と昭和30年の5万図
PR
英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考(番外1-1)山形鉄道最上川橋梁というポストの続きを書いていて、うっかりブラウザを閉じちゃって書いた文章が無に帰したことがあった(こちら参照、するほどでもない)。そのことをすっかり忘れ、別件でこの山形鉄道のダブルワーレントラスについて触れようとしたら、記事そのものを実はまだ書いてないことに気づいた。まあ、あと20橋くらいネタたまってるんだけれど。

さて、その文章を消してしまったときに何を書こうとしたのかはまったく憶えていないので、ここではディテールを紹介する程度にする。この橋の経緯等、詳細説明は、上記「番外1-1」のリンク先をご覧いただきたい。

20101018-11.JPGさて、この最上川橋梁は、非常にいい立地にある橋である。県道の荒砥橋から、このように見える。背景は、出羽山地の一部、葉山などである。写真に見える山の向こう側方向に稜線が延び、その稜線は朝日連峰に連なっている。

寄ってみるとこうだ。
20101018-01.JPGこの、3連のダブルワーレントラスの存在感が大きいが、この最上川橋梁は対岸に向けて溢流部に12連のプレートガーダーがかかっている。そして、こちら側、つまり北側の下弦に、連番号がペイントしてある。ここに見えているダブルワーレンは、右から順に13、14、15と書いてある。

20101018-03.JPG上流側から。戦後すぐの、といっても62年前の航空写真を見る限り、本流部と溢流部の割合はほとんど変化がないようだ。最上川は、当時すでに手が入っていたのか、それともいまだに手が入っていないのか。きっと前者だとは思う。

真横から。
20101018-07.JPG美しい、9パネルのダブルワーレン。私はこれをトリミングにしてスクリーンセーバーにしている。

20101018-08.JPG20101018-09.JPG上弦と下弦のピンはこんな感じだ。


ここまで写真をご覧になった方は、この橋はきれいだと感じることだろう。昔のワムハチの色、すなわちとび色2号に似た色合いの塗料が塗られたばかりのようだった。このときの撮影行では、塗り替えしたばかりの橋に出会うことが多々あった。ラッキー。

肝心の横桁。
20101018-06.JPG
このように、直線的な横桁が格間に2本ずつ渡され、その横桁を繋ぐように縦桁が2本、設置されている。岐阜県の初代東海道本線揖斐川橋梁もパテントシャフト製で、このような横桁を持っているので、これがパテント・シャフトの流儀なのかもしれない。

また、この写真では橋台付近をご覧いただきたい。ダブルワーレンの端柱部、つまり∠となる部分の先端、横桁のようなものがリベット留めされている。そして、その横桁のようなものと橋台の間に、レールが4本、まるで端を支えるかのように配置されている。なぜなのかは不明。

20101018-04.JPG支承。ピン支承をローラーが受けている。

20101018-05.JPG横桁の断面。どういう過程で横桁が作られていくのかを知りたくなってきた。


20101018-02.JPG正面。

20101018-10.JPG右岸には、このような説明板があったが、もうこれでは意味を成さないだろう…。


以上、一切、新発見とかナシ。繰り返すが、このポスト上部の「番外編1-1」をご覧いただきたい。

廃道ナイトで先行発売し、大好評だったタオルが通販開始です。廃道探索にちょうどいい大きさ。トリさんはツタンカーメン化するのにすぐ使っていました。制作したのはバドンさん。お求めはコチラから。

20101018.jpg

20101017-03.JPG10月16日(土曜)、東京カルチャーカルチャーで『廃道ナイト3』が開催された。そこに売り子としてかませていただいた。『廃道本』をお買い上げいただいた皆様、既にお持ちの皆様に感謝しながら、けっこう「コアな人にしかわからない」ネタもそれなりにあったので、そのへんを補足しつつレポートする。

開場は17時30分だが、16時に会場入り。販売品などをセッティングしていると、ヨッキれん・ミリンダ細田・トリ各氏がご到着。すぐに準備を開始。し、同時に「特別メニュー」の名称も検討。

オレンジ色のカクテル、「三島の黄昏」は比較的スムーズに決まったが、対応する緑をどうするか。「○○隧道の苔」「対応しないなー」「三島に対応して藤村紫朗か」「マイナーすぐる」…。細田氏「グリーン(自粛)」ヨッキ氏「却下!」…。悩んだ末、「三島の青春」となった。副題に「和歌夫人」。これくらいのわけのわからなさがちょうどいい。

会場限定メニューはこんなの。「三島の黄昏」は撮り損ねた。。。
20101017-05.JPG 20101017-04.JPG


20101017-02.JPG物販コーナー。私が『廃道本』を、マニアパレル:バドンさん(@BAD_ON)が、廃道ナイト3を機会に制作した「危険 落ちたら死ぬ!!」タオルとTシャツを販売した。

Tシャツは完売、タオルは50本近く売れた。すごい。買い逃した方は、上記サイトをチェック。通販、あるいはジュンク堂新宿店などで販売されるかもしれない。


モチーフはこちら。有名な看板だ。バドンさんは数々の土木をモチーフにしたTシャツや手ぬぐいを作っておられ、私もいくつか持っている。

私は『廃道本』のほかに、現在、丸田祥三さん(@malta_shozo、ブログはこちら)と制作中の写真集の告知をした。ご来場いただいた方々にはチラシを配布させていただいた。丸田さんについては、このブログの他のエントリをご覧ください。

リハは着々と進行。出演する3名の着座位置は、私から提案してカルカルの横山店長とヨッキさんで、トリさんと細田さんを囲む形になった。そのほうが、両側に進行役がいたほうが、話を振りやすいと思ったからだ。リハ中、トリさんの廃道好きの説明をいろいろ展開しようとしていたが、結局お蔵入りしたようだ。



今回、チケットは早々にソールドアウト。そのため、入場は整理番号順になる。開場時刻の17時30分にはかなりの方がお見えになっていた。初めての方もけっこういらっしゃったようで、全席自由にとまどっていた方もおられた。

今回は「女性は500円引き」とした。その試みにはいろいろなもくろみがあったのだが、男性に連れてこられた女性もいらした一方、お一人でこられた女性も。

約1時間後の18時30分、スタート! 以下、ヨッキさん・トリさんの顔が隠れてしまっているカットが多いが、私が座っていた席の都合なので御容赦いただきたい。

20101017-06.JPG第一部は正装。トリさんは着物、細田さんは軍服(?。違ってたらすみません)。細田さんの服、13まんえん…。右腕の階級章は「中尉」とのこと。調べたら「飛行服用袖階級章」らしい。氏はヨッキ氏と夜な夜な長電話をしているらしいが、その内容が知りたい。

乾杯!

まずは自己紹介。この手のイベントは、出演者を知っているかどうかで楽しみ方も随分違うので、かなり重要。ヨッキさんの自己紹介動画(7分!)が音楽と非常にマッチしていて爆笑。そして、ついに廃道が海外で紹介されたという報告。

20101017-07.JPGこの記事はjapantimesのwebサイトにもあるので、じっくりご覧いただきたいのだが、記事中では廃道を「abandoned road」と表現している。「obsolete road」はORJの造語なので、当然と言えば当然。なお、廃線は、営業中止、廃線跡の放置状態、ともにwikipediaでは「abandoned rail」と表現される。


続いて「おぶろぐ」で募集した「私の道路萌えポイント」。全プレゼンを掲載するが、ネタ数は一部カットさせていただく。

(1)ナトリウムランプ萌え(すどきち氏)
20101017-08.JPG共感される方は多いだろう。隧道内、夜間照明ともにナトリウムランプ。最近は隧道内は白色の光も多く、夜間走行していると隧道内のほうが明るいということも多くなった。

すどきち氏は、ナトリウムランプが落ちてきて割れたりしているのに遭遇するとハァハァするらしい。

(2)道の真ん中の木(学生服のヤマダ氏)
20101017-09.JPG学生服のヤマダ氏は、四国在住の方で、いままあでヨッキさんやORJにたびたびものすごい情報をもたらしている方だ。

20101017-10.JPG写真が出ると、開場は「ああーー……」と感嘆が漏れる。

(3)50高(nogana氏
20101017-11.JPG観客としていらしていたnogana氏自身によるプレゼン(下写真右端)。

廃止された道路標示だ。高速車/中速車/低速車という区別あった時代のもの。こんなの。

20101017-12.JPG


簡単に補足する。

現在、速度制限のない道路での自動車の最高速度は60km/h(原付等30km/h)。1992年10月末までは、大型貨物・大型特殊・軽二輪などは50km/hとされており、それを「中速車」と呼んでいた。「50高」とは、「高速車」つまり乗用車、自動二輪なども50km制限ですよ、という表示である。「40高中」となれば、高速車も中速車も40km/h制限であるということ。その表示がいまだに残っているところや、表示する必要がないのに新規に描かれたりしている画像が展開された。

(4)都市部の未成道の風景(kubodi氏
20101017-14.JPGkubodi氏も自らプレゼン。

横山さん(ヨッキさんだったかも)が「都市計画道路が好きな人!」と会場に問うと「ハイ!」「ハイ!」「ハイ!」と、非常に多くの賛同者が現れた萌えポイント。数十年という単位で進行する都市計画道路。とりあえず用地買収だけしてあったり、一部で工事が途切れていたりする部分が好きという。みな共感。

上の画像は横浜市の道路の終端部に放置されていたリヤカー。荷台を竹が貫通しており、竹を切らないとリヤカーは動かせない。リヤカーがなくなるときは、ここが道路になるとき。「廃」と「未成」が同居しているような気がした。

ここで休憩。

再開。ここから第二部、トリ氏と細田氏は「探索時の正装」に着替えているのだが、コーナーが続いているためその説明がなかったので気がつかなかった人もいたかも…。細田氏は「いつものツナギ」で電車に乗っていらしている。

その細田氏のツナギにYUKI TORIIのタグがついていたのをある女性が発見。「でも学生のときに作業服屋で買ったんですよ」と細田氏。奥方がシャレで縫い付けた? でも廃道探索を嫌悪されてるようだしなあ…。YUKi TORII、私は男なのでよくわからず、検索したら「パリコレに毎年出てる」とか書いてあったようなブランドらしい。

(5)橋桁の床版(うさ★ネコサンド氏
20101017-15.JPGとくに中京圏の廃道・廃線などに関する綿密なサイトの管理者さん。このあたりの隧道や峠で検索するとまずトップに来る。ミリンダ細田さんが「私、毎日見てますよ!」というサイトだ。

20101017-16.JPGたとえばこれ。吊橋。足を載せる板が一人分しかない。これはよくあるが、よく見ると、脇に1枚、板が沿えてある部分がある。これがなにかというと「行きちがい用の待避所」。すごい。みすごしそうだ。

20101017-17.JPGそして描き下ろしのイラスト。横山さん「なんでこんなにクオリティーが高いんですか」。たしか本職さんのはず。

(6)旧型道路標識(マフラー巻き氏
20101017-19.JPGこちらも四国の大御所、マフラー巻きさん。いわゆる「白看」好きは多いけれど、それはそこそこ現存しているから。ここではその前の時代、さらにその前の時代の標識についてひとしきり発表があったあと、この写真が出てきたのだ。

大正時代に、日本で始めて制定された標識。運輸省の前身、内務省の制定によるものだ。その事実が、道路大鑑(だったかな)に基づいて語られると、会場内はどよめいた。

なおこの画像、私はマフラー巻きさんのサイトかどこかで見た記憶はあったのだが、どこだったか思い出せない。

追記:いしぐろさんのサイトでした。元情報はマフラー巻きさん。

(7)農業用水路橋(ミリンダ細田氏)
20101017-20.JPGそして出演者のポイント。細田氏は、仕事の合間に農業用水路橋をすべて撮影し、それをすべてヨッキ氏にメールで送りつけているという。ときには1日30通くらいメールが来るらしい。

20101017-21.JPG実際、水路橋を趣味対象にしている人はごく少ないだろう。コンクリートのU字溝を組み合わせた簡易なものから、他の鉄桁を転用したものまである。

横山さん「どこに魅力を感じますか?」
細田さん「え? 魅力ですか? どこに魅力って…どこでしょうね???」(会場爆笑)
細田さん「最初は嫌いだったんですよ。でも、たとえば中学1、2年で嫌いだった女子を、3年になったら突然好きになったりするじゃないですか。それですよ」

どうやら最初は森林鉄道の軌道跡と勘違いして巡っていたらしい。やがてそれが誤りだと気づいたのだが、そのときには既に毒されていたということらしい。嫌いだと思っていたものを意識し始めるとそれが好きになる。深い。

いくつかの農業用水路橋の例が掲示され、解説されていく。ボーストリングトラスのものもあった。これについては「古い形式」と流されてしまったので、補足したい。写真を撮り損ねたので他の橋の写真で説明しよう。題材は福島県の松齢橋だ。
20101017-98.jpgこれは道路橋の例だ。ボーストリングトラスとは、一見、タイドアーチに見えるかもしれないが、部材が負担する力を考えるとトラス橋の一種である。簡単に言うと、通常のタイドアーチは分度器の形をしていて、アーチは軸方向に圧縮力、タイ(下部の直線)は引張力を負担し、それらを結ぶ部材は単に路床を吊っているだけだったりするが、このボーストリングトラスは、トラス部分にも圧縮力・引張力がかかる。

ボーストリングとは、側面から見た形状を、ボウ(弓)とストリング(弦)に見立てての名称だ。この形式は、開口面積を確保するために橋門構(画像に赤い点線で示したような部材だとお考えいただいて大きくは違わない)を設置できないため、この部分の強度が低くなってしまうという欠点がある。そのため、明治以降、九州や福島県で局地的に使用された以外はほとんど採用例はないのだが、水路橋や水管橋のように、開口部が狭くてもいい場合には、ボーストリングトラスもそれほど不利でもないのかもしれない。このへんはあくまで素人考えなので、専門家がいらっしゃったらご指摘いただきたい。なお、新潟県にこの橋のさらに特殊な使い方をした廃道がある(国道17号旧道 境橋(新潟県二居渓谷))。

そして、大物がきました。
20101017-22.JPGキングポストトラス!

同時に「六郷川にクイーンポストトラスが…」という解説もあったが、おそらくほとんどの方は意味がわからなかったに違いない。まあ、橋の構造を解説するイベントじゃないしな。ここで補足したい。

このキングポストトラスは、もっとも原始的なトラス橋だ。見ての通り、ひとつの三角形でできているので、短い橋でしか使いようがない。簡単に言うと、/\部分を横に2分する|が__部分を保持する構造だ。/\には圧縮力が、__には引張力がかかる。このプレゼン時にあった「日本で鉄道が開業したときには同類のクイーンポストトラスが…」という説明については、画像をご覧いただいたほうが早い。こちらのサイトが鮮明だ。トラスが/Π\型になる。

さらに補足すると、1972年に新橋から横浜まで鉄道が開通したとき、橋はすべて木製だった。多摩川を渡る橋ですらそうだったのである。その橋が、クイーンポストトラスだったのは上記リンク先のとおり、事実。『本邦鉄道橋ノ沿革ニ就テ』(久保田敬一)の49ページに図面がある。
20101017-99.JPG斜橋(川を斜めに横切る)であるために、クイーンポストトラスに見えないかもしれない。鉄道の発展に伴い、早くも1875年には鉄製のワーレントラスに架け替えが決定され、1877年には2代目の橋が架けられた。わずか5年の命だった。2代目の錬鉄製の橋梁は明治村に保存されている(こちらを参照)。ハァハァ。3代目は樺島正義が作ったプレートとトラスの複合桁「牛の眠るような橋」、そして4代目がいまの桁だったと記憶する。ハァハァ。

ちなみにキングポストトラス、宮崎県の西米良村には、かりこぼうず大橋というスパン50mのキングポストトラスが2003年に架けられている。こちらに図面がある。こちらも参照。また兵庫県の六甲山にも、構造的には違うのかもしれないのだが、似たものがある。こちら。ハァハァ。


第三部。

実はこの時点で終了予定の21時だった、メインディッシュたる後述レポを外すわけにはいかない。急ぎ足で、でもそれゆえに高いテンションを保ったままスタート。栗生峠にまつわる話。画像では「数坂峠」になっているものもあるけれど、どちらも関わりがある話だ。
20101017-24.JPG20101017-25.JPG20101017-26.JPG20101017-27.JPGライブならではの後述レポは、ここにすべてを書くようなものではないので割愛させていただく。いずれORJなどで発表があろうが、畳みかけるようなトークに、会場の皆さんがぐいぐいと引き込まれていくのがわかる。固唾をのんで次の展開を見守る。決定的瞬間の前に、一度立ち止まってさらに説明し、じらすなど、これは山行がやORJでもあることだが、本当にうまい。そして最後、小林勘三郎翁のくだり、私は涙が出そうになった。「道への思い」がいかに強烈なものであったか……。同じように思った人は他にもおられるのではないだろうか。



終了後、サイン会。
20101017-28.JPGタオルにサインを、という方がおられて、その後はタオルへのサインが続いた。

20101017-29.JPG.

21時50分ころから二次会。本当は千葉のトークショーでやるはずだったレポをここで紹介した。
20101017-30.JPG

そして細田さん持参の「イソビタン」争奪じゃんけん大会を以て幕引きと鳴った。
20101017-31.JPG

ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。もっといろいろな展開もあるかもしれません。そうなることを願いつつ、次回に期待しましょう!

20101017m-02.JPG(写真は洗浄後)

メレルというメーカーがある。十数年前、モックで一世を風靡したメーカーで、ビビッドな色のモデルも魅力的だった。モックは非常に履き心地がよく、私は色違いで4足持っていたが、いつのまにかコピー品が氾濫し、おっさんおばさんまではき始めたため、はくのをやめた。

数年前に「カメレオン」というモデルが出た。形もすてきでカラーバリエーションは当時5色だったと思う。ゴアテックスを使用したアウトドア用の靴ということで、ブーツを代表とするごつい靴の流行もあり、かなり売れていた。色や形などいいと思いながらもいろいろ思うところがあって買わずにいたものを、結局買ってしまった。

非常に履き心地がいい。都心部の舗装路を何時間歩いても大丈夫。それまで10年間くらい好んではいていたパトリックは靴底の薄さもあって、そういうのが苦手な靴だった。だが、使うにつれて、これはアウトドア用の靴としておかしいんじゃないの、と思うことが目につくようになった。

まず、濡れてる路面で滑る。

そして、汚れが落ちづらい。

汚れを落とすと、アッパーがボロボロになる。

靴紐がすぐほどける。


どこがアウトドア用なんだろう? 野フェスで履いてる人がたくさんいるというが、みんなどうしてるんだろう?



汚れについて実例を挙げる。

ひっつきむしがついた。それをひっぱがしたら、こうなった。
20101017m-04.JPG(わかりやすいように暗めに撮影。実際にはもっと明るい黄色。次の写真も同じ)

かなりありえない。ご自慢の撥水ポリエステルメッシュとやらは、ひっつきむしより弱いのか。


そして、泥を洗浄する。こうなった。
20101017m-06.JPG歯ブラシでゴシゴシこすったら、これだ。もともと編み込みのようになっているので、汚れが詰まりやすいのだが、それがほつれてくる。この写真に挙げた以外にも、細かなほつれはたくさんある。


私は、汚れが落ちる/落ちないと、アッパーが傷む/傷まないは別物だと考える。洋服で考えるとわかりやすいが、シミをつけたら落ちないこともあるし、洗濯を繰り返せばヤレたり色落ちもする。しかし、洗濯したら糸がほつれてくるようなことは、よもやありえないだろう。

アウトドアユースなのだから、泥、草の汁、もろもろの頑固な汚れがつくはずだ。そうした場合は当然、汚れを落とす。その結果、ほつれるのは許せない。

もうメレル製品は買わない。


Copyright (C) 2005-2006 SAMURAI-FACTORY ALL RIGHTS RESERVED.
忍者ブログ [PR]
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
カテゴリー
twitter
twitter2
プロフィール
HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。
バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター
since 2010.7.30
アクセス解析
フリーエリア