2年ぶりの北海道ツーリングから帰ってきた。渡道初日にランツァのエンジンから少し異音、翌日には大きな異音と振動となったのでバイクは中止、レンタカーに積んで道内を回った。その顛末は下記にまとめているのでぜひご覧いただきたい。
北海道ツーリング2018
今回は、道中に寄った枝幸でふと「えさしYOU」について思い出したので検索していくつかのブログを読みふけったことから、自分の思い出を書き留めることにする。
1995年7月28日から8月6日の9泊9日間、初めての北海道ツーリングに行った。バイクはTT250R、写真の左に写っているものだ。
上陸初日は苫小牧から襟裳岬を通って根室まで。2日目、7月31日に納沙布岬から紋別まで走り、ライダーハウスを覗いたのだが、どうも雰囲気がイマイチで枝幸まで行った。そこで泊まったのが「えさしYOU」だ。紋別とは違い、とてもいい感じだったのだ。
写真左のドアから入ると、リヤホイールをはずしてRMXが整備中だった。おそらくここに常駐している、当時盛んだった道内の大きなエンデューロで常に上位入賞している方のものだ。
初日の晩は、5人しかいなかった。
連泊することにして、翌日は右端のアフリカツイン乗りのIさんと宗谷岬を往復することにした。どこかの脇道、草原でアフリカに乗せてもらったが、ゴロリと転がしてしまった。幸い、草地ゆえか、どこも破損はなかった。この体験を元に、限定解除しようと決意した(合格するのは翌年1月である)。
えさしYOUに戻ってくると、前夜とは打って変わって中にはすでにたくさんの人がいた。この日、左から4人目のDR(黄色、ゼブラパターン)の方がマスを4尾釣ってきて、みんなでちゃんちゃん焼きをすることになった。当時のメモには「輪には入れなかった」とある。
実は、この写真は、1回目が終わって風呂に行き、2回目の時のものだ。23歳にして初めての北海道ツーリング、そして超下戸という自分は少し気後れしていたのだろう。なにしろ周りは経験者たちばかりだ。
とにかく、写っている顔が若い。80~90年代のツーリングシーンが描かれたブログは多数あるが、そこに掲載されているどの写真からも、若さゆえの「未来」とか「希望」のようなものがにじみ出ている。そういう時代だった。真ん中辺りの立ち膝が俺。
一通りの宴会が終わった後、有志5人で外に飲みに出た。「八重ちゃん」という店だった。ラーメンも食べて一人1420円だった。えさしYOUに戻り、「BAD BOY CLUB」で少し話した…とメモにあるが、カウンターバーのようなものだっただろうか。BAD BOYはモトクロスライダーのリック・ジョンソンのニックネームからか。
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この北海道ツーリングで知り合った人たちを起点に、その後、いまに至るまで続くバイク仲間たちとどんどん知り合い、どんどん親しくなっていった。そんなこんなで、翌年の北海道ツーリングは、K氏といっしょに苫小牧に上陸し、しかもキャンプツーリングにしたので、もうライダーハウスには泊まらなかった。
だから、えさしYOUには、1995年しか行っていない。しかし、ライダーハウス特有の熱気を体験できたことはとても楽しかったし、貴重だ。
こう書くと、当時のライダーハウスはいつもこんな感じだったと思われるかもしれないが、そうではない。1995年には根室と釧路(2泊)のツーリングトレインと新得駅前のライダーハウスという名の大きなテント(こちらは一人きりだった)に泊まった。根室と釧路では隣り合った人たちと少しは話すし一緒に風呂や食事に行ったりはしたが、その程度だ。えさしYOUでも1泊目は5人しかおらず、ちんまりと話して寝る、という状況だった。
つまり、1枚目の写真のような状況になるには、大きな偶然、幸運がなければならない。俺はうまいタイミングでこれを味わえて、ほんとうに楽しかったし、貴重だ。
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冒頭に書いた、えさしYOUについてのブログは
こちら。
こちらもほとばしっている。
えさしYOUはすでになく、いまはセイコーマートの駐車場になっている。
朱鞠内湖にて。