県境(「県」と限定して楽しんでおられるわけではないと思うのだけれど、書名が県境なので、とりあえず県境と書きます)が好きでどこへでも行ってしまう西村まさゆきさんの新刊が、中公新書カラー版として出た。帯の写真のとおり、県境に行き、またぎ、考察する。西村さんは各種メディアでこうしたところの探訪レポートを発表している(し、たぶん発表していないのもたくさんあるだろう)。 2016年4月、東京カルチャーカルチャーで「境界集会~県境 区界 暗渠界 大集会」が開催された。ここで、西村さんのプレゼンを聞き、「県境テープ」を買った。 こういうテープを作らずにはいられないところが、すごく好き。 そのときのまとめはこちら。 さて、本書。一般に、境界の話というと地形図を持ち出してきてその比較…となる。目に見える形では存在しない「県境」という概念を説明するために、概念の塊である地図を見せても、「ふーん…」となる。ところが本書は県境の風景を写真で見せ、県境を挟んでそれぞれに色を塗り、視覚で「右がA県、左がB県」のように見せる。これはモノクロではできない。カラー版新書は製造原価が跳ね上がるのだが、カラーにした理由はこれだろう。 各章がおもしろいのはいうまでもないのだが、本書にはところどころに西村さんによる「現代の感覚」が埋め込まれている。DPZにも通底する、大好きな感覚。「集めてこそわかる」みたいな感覚。 「冗談も真面目に取り組んで三〇年近く続ければ、賞がもらえるのである」(「峠の国盗り綱引き合戦」で浜松と飯田が仲良すぎて萌え死にそう) 「ふざけの力を侮ってはならない」(東京都を東西に一秒で横断できる場所) 「実際にそこに行って見てみるのも楽しいぞ」(あとがき) この感覚にリアルさを伴わない「一般の人」がこの語句を読んでも気にもとめないかもしれないが、それでも「言われてみれば、テレビもそういうのが多くなった」と気づく「一般の人」も少なくないのではないか。 最初は机上で(地図上で)見つけた場所。そこになにがあるわけでもないが、とにかく見る。知識を得ても「役に立つのか立たないのか、よくわからない」(カーナビに県境案内を何度もさせたかった)。それが、一冊の本になる。すばらしい。行ってみて「ふーん」でいい。3分しかその場にいなくてもいい。でも、行って、見ること、それが大切。「VRってこういうものだよね」とWEB記事で知っていても、実際にVRゴーグルを装着しなければだめなのだ。本書は、そういう感覚を、静かに、強く、「県境」をテーマとして訴えてくる。繰り返すが、地図を掲載して「ここはこうなっている」というだけだったら、この強さは出ない。現地に行って動いている写真があるからこその強さだ。 * * *
冒頭写真、バックに敷いてあるのは『山と高原地図 飯豊山 2015年版』(昭文社)。1988年と1992年の2回、飯豊山縦走の際に、あの県境を歩いている。2回とも、徳沢から祓川に入って前泊、翌日に疣岩から三国岳を通って切合(きりあわせ)で幕営している。翌日は本山、御西、北股を通って門内で幕営。細い県境は飯豊山から西、御西岳まで延びているので、そこも歩いている。三県境付近の分岐で荷物をデポして大日岳へも往復しているので、付近の新潟県側にも足を踏み入れている(その北のほうでは、登山道は山形・新潟県界をうろうろする)。当時もそういう県境であることは知ってはいたものの、目に見えるわけでなし…高校生、大学生のころなので知識もなく、「へー、そう」くらいで通過していた。 なお、登山経験がないけれども飯豊に行きたい方のご参考までに。 西村さんの行程は、川入から(のほうがメジャーなルートではある)、もしかして林道飯豊檜枝岐線を上り詰めて直登するコース(『山と高原地図』では破線となる上級者向けバリエーションルート)かもしれない。そこから飯豊の本山小屋まで歩いてしまうのは、コースタイムで9時間。一般的な長坂のコースなら10時間である。もし聞かれたら、経験者に対しても「やめておくべき、切合の小屋に泊まるべき」とアドバイスする。本山小屋までいきなりいくのは、相当慣れた人でも厳しいと思う。 2015年版の地図を買い直しているくらいなので、飯豊は…というより当時は北の朳差岳に行きたかったのだけれど、行きたいなあ。 * * *
最後、奥付を確認して驚いた。「けんきょう」だと思っていたら「けんざかい」とルビが振られていた。よって、本書の読み方は「ふしぎなけんざかい」。どっちが正しいということでもないけれど、いままで西村さんも口頭では「けんきょう」とおっしゃっていたような…? なお、地図用語としては「県界(けんかい)」となる。 PR |
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