長野隧道(1) (国道163号/三重県)の続き。
上記の明治隧道は東側であり、西側は強制的に埋没させられている。それはまた後日書くとして、東側の坑口のすぐ「左下」に、昭和の隧道があった。2008年に訪れたときには。そして、2010年に訪れたときも、当然、まだあると思っていた。 しかし。 塞がれていた。 ちょっと手前から。 この「右上」に、明治隧道の坑門がある。そして右側に、なにかの事務所がある。 画面右端に見えている石碑は隧道改修記念碑である。その向こうには、明治隧道から取り外された扁額がある。 2008年に訪ねた際、明治隧道へは、向かって右の斜面をむりやり進んでいった。明治隧道の坑門前に行ったらチェーンソーの音がすぐ近くで響いており、しばらくすると山仕事、というか周辺整備の仕事をしている方が歩いて行った。 しかし、2010年の再訪時には、左に通路ができていた。 ここで振り返ると、こう。 再度、「寄る」。 してみる。 そして、2010年のもの。 もしかしたら、隧道を塞ぐ際に更新したのかもしれない。その手前までは道路として管理しなければならないためだ。設置年月を確認していないのが悔やまれる。 長野隧道(1) (国道163号/三重県) 長野隧道(2)昭和隧道東側坑口 (国道163号/三重県) 長野隧道(3)昭和隧道西側坑口 (国道163号/三重県) 長野隧道(4) 新長野トンネルと路面改良跡(国道163号/三重県) PR |
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