イカロス出版から、これまたすごい本が出た。タイトルからすると、「全国にある『トロッコ』…軌道自転車に乗れる観光ガイドかな?」と思うかもしれない。実際、冒頭はそういうガイドである。ところが、そんな「調べれば誰でも書ける」というようなシロモノではなかった。 著者は、車両の保存活動で有名な笹田さんだ。執念と表現したくなるようなコンプリート的な探訪と調査で、過去も『車掌車』はじめ、「よくこのテーマでここまで…」と思わせられるほど、盛り込まれている。 まず驚いたのは、「軌道自転車を使って廃線跡を走る」というのは、笹田さんが学生時代に九州で始めたのが嚆矢である、ということだった。知らなかった。未成だった柚須原線に敷かれたまま残っていたレールの上に軌道自転車を走らせて「開通」させたのが1995年9月17日。翌1996年9月15日も開催されたがそれがこの区間では最後となり、翌日には上山田線の廃線跡でやはり軌道自転車を走らせて「復活」させた。 遠く福井の大学生だった笹田さんがこれを実現したというのは、驚異的なことだ。しかし、1997年にはEF70を買ってしまう笹田さん、どっちが驚異的なのかは測りかねる…。 「こういう方法があるのか」と知った人が全国各地に現れ、ちらちらと登場したのは90年代末期から。私もできたばかりの美深で乗った。 この本のすごいところの一つは、軌道自転車の発達史があり、カタログがあり、「保存車」を紹介しているところだ。コミケで軌道自転車をまとめたものがあったら、相当に話題になるに違いない。でもそれはコミケという場での受け方・売れ方であって、コミケで2000売れても商業出版したらまったく売れないパターンというのは往々にしてあり、軌道自転車はそれではないかと思うのだけれど、こうして1冊にまとまっている。笹田さんの構成力とイカロス出版の判断のすごさをここに見る。 笹田さんの軌道自転車観察はこれに留まらず、海外の事例や保存例にも及ぶ。そして、フィリピンのバンブートロリー…列車がこない間に人車を勝手に運行するスタイル…にも触れる なんと、バンブートロリーを模して自作してしまった。これを「コミケ的」でないとしてなんと表現しよう。このノリこそがコミケで受けるものであり、これを商業出版でやり遂げてしまったことには驚くほかない。 「鉄道」というあまりに広いジャンルには、まだまだ、ほとんどの人が関心を向けていない魅力やテーマが眠っているのだと気づかされる。私は笹田さんを存じ上げないときは、車両保存の方面の方だと思っていた。それが、実は廃線跡や廃止駅も若いころからものすごいペースでめぐっておられ、その成果が『廃駅ミュージアム』であり、『廃駅。』であり、『車掌車 』であり、『幽霊列車 ~日本と世界の廃車図鑑~ 』だ。並行して、保存活動も相当に動いていらっしゃるはずだ。 笹田さんの執筆や出版のペースは尋常ではないが、それは、笹田さんを突き動かすものがあまりに多すぎ、寸暇を惜しんでそれに応えているに過ぎないだろう。 この、『走れ、トロッコ!輝け!錆レール』と題されたおそるべき本は、しかし、従来の鉄道書の概念と相当に異なると思う。タイトルからして、エッセイのようだ。実は『廃駅ミュージアム』のときも、それが妥当かどうか相当悩んだのだけれど、笹田さんたっての強い希望もあるのでそれにした。また、本書はムック的な造りになっている(いや、刊行形態はムックなのだが、A5判でカバーつきであり、書籍と同じ体裁をしている。刊行形態がムックなのは、版元の出版物流的な事情によるものだろう)。これが、「コミケに出したら相当に売れそうなテーマの本」商業出版の合流地点なのかもしれない。コミックスを舞台化したものを「2.5次元」というが、そんな位置。 いま、新しい感覚の鉄道書がどんどん出ている。いまはそれらは亜流かもしれないが、いずれ大きな流れになるだろう。本書もまた、その流れを強くする一つだ。 参考までに、過去に書いた軌道自転車の記事を。 【関連項目】 スーパーカート(レールバイク) 東光産業 TSC-N PR |
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