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大学受験に使った東京ミニ周遊券と、ゆうぽうとのつづき。

 
もう1組、1989年(平成元年)10月8日発行の1組がある。これは、友人Aと一緒に東京・横浜の大学の下見に来たときのもの。往復ともムーンライトだった。

 
これが当時の指定券。当時のカレンダーを見ると、10月は7(土)・8(日)・9(月)・10(火祝)だ。まだ週休2日ではなく土曜は昼間で授業があり、10月10日の祝日が固定だった時代。とはいえ、上の指定券を見ると、月曜日を挟む形だ。休みだったのだろうか。

それでも指定券はとりづらく、友人とは往復ともバラバラの席になったが、車内で隣席の人に頼んで席を替わってもらった。

購入駅が白山になっているのは、高校の最寄り駅だったから。ムーンライトは165系にグリーン車の座席を取り付けたものだが、めいっぱいに倒して寝ていたら腰が猛烈に痛くなり、明け方はかなり苦痛だった記憶がある。

* * *

 
もう1枚、東京ミニ周遊券が手元に残っている。昭和62年8月4日、(たしか)古町6にあった日本交通公社新潟支店発行、8月6日から有効。行き先はコミケだった。コミックマーケット32の開催は8月8日~9日。

目的は『XANADU EDITER』。XANADUのダンジョンを自由にデザインできるツールだ。そういう同人ソフトが出る、ということが、おそらく『ログイン』に出ていたと思う。

また、秋葉原でノーブランドの5インチディスクをたくさん買う目的もあった。新潟では1200円くらいだったと思う。雑誌の広告を見て、東京はすごいと思っていた。たしかメッセサンオーが最安値で10枚800円くらいだった気がする、

どうやって行ったかも、帰ってきたかもメモがない。コミケで入手したものも何も残っていない。ただ、東京ミニ周遊券だけが残っている。


 

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私立大学の受験シーズンだ。といっても、ぼくが受けた時代と大きく異なり、多くの大学で学部が再編成され、複数回受験が可能になり、当時は毎年固定されていた試験日が変わったりしている。これは、ぼくが高校3年生のときに東京の私立大学を受験したときに使った東京ミニ周遊券だ。

1990年2月、記憶によれば、5回上京している。残っているミニ周遊券はその一部で、A券片だけだったりB券片だけだったりそろっていたり。B券片は、新潟駅の改札(当時はすべて友人)で、渡さずに素通りできてしまったか、無人だったか。わざわざ無人駅に行ったりはしていない。

上左右は平成2年2月18日発行。B券片の痕は池袋。付近の大学を受験した。
下右、2月10日発行のもの。痕がないのは、おそらくA券片で東京都区内に入り、そのままA券片を改札で渡さずにB券片を使用開始したのではないか。A券片が残っていないけれど。
下左、2月27日発行。これは受験シーズンの掉尾を飾る学部用。A券片は改札で渡したか。
これ以外に、2月半ばと2月下旬に2回上京があるはず。

 
 
基本的に、前日に新幹線で上京し、五反田のゆうぽうとに宿泊、翌日受験して帰宅した。当時、ホテルは素泊まり5000~6000円程度が相場。たまたま母が「受験生パック」という、夕食朝食がついて8000円くらいとちょっと高いのだが、それを見つけてきたのでそれにした。上のしおりは翌年のものと思われる。「受」は「受験生パック」の印。

帰宅は節約のために各停の乗り継ぎだったと思うが、新幹線で帰ったこともあるかもしれない。なお、試験は全部落ち、浪人した。

 
これは1991年2月のもの。A券片しか残っていない。

平成3年2月9日発行のものと2月27日発行のもの。幸い、27日の上京で受験した本命に合格した。

 
なお、なぜか同日(2月27日)発行のもう1枚がある。だれか友人と同行したのだろうか、ちょっと記憶にないが、それしか考えられない。

【関連項目】
大学見学に使った東京ミニ周遊券と、ムーンライト

 
「橋の原点」のような橋。といっても、よく見るとすごい。

 
 
 
橋板(床版)は、一枚の杉板。歩測で13mだったか15mだったか(歩測したのに忘れた)。大人が2人乗っても少ししなるだけ。小口には割れ止め。橋脚は、木の二股部分を逆さまに2本使い、枕木のような形の材を渡している。「クリ、クルミ」とあるが、枕木がクリだろうか。

 
古い橋板と橋脚、手すりだろうか。部材が保管(?)してある。

 
橋台。コンクリート製。ワイヤーが見えているが、この橋は流れ橋で、もし流されても部材はワイヤーがついているので流失しない。



 
気仙沼沖の大島に「大島大橋」が起重機船により一括架設されたのは記憶に新しい。その大島大橋を渡るとトンネルが連続し、突き当たりに展開するのがこの光景。ガイドポストが、まるでパチンコ台のようだ。

 
三陸の住田町にて、てりむくりみたいな、そうでないような屋根を持つ建物があった。妻面の窓の位置も、なんかすごい。


 
1階(?)部分はコンクリートブロック。中は農業用の倉庫だろうことは見て取れる。乾燥場か。向かって左が開放されているのも気になる。

 
側面も妻面に似ている。同行者と「なんの建物だろう…」と話していると、葉山めがね橋のところであった初老の男性が通りかかった。「す、すみません!」


住宅を挟んでもう1棟。こちらは普通の切妻の屋根だ。天井に養蚕のような空気抜きがある。

 
真正面に立てかけられた、鋤のお化けみたいなもの。長さが建物の2階分くらい、つまり5mくらいある。人間が一人で扱える大きさではない。なんだろう。

この小屋は、タバコの葉を乾燥させるための「米葉小屋(ベーハ小屋;ベイハ小屋)」という。先の男性がそう言っていて、検索するとWikipediaにも項目がある。「この辺では普通だよ。専売公社が補助金を出してくれたからみんな建てたんだ。たばこの作付けも減っているので、倉庫として使っているものも多い」。

倉庫はたしかにたくさんあるとはいえ、こういう窓の付け方をした、あるいはてりむくりの屋根を持った倉庫はぱっと見では見当たらなかった。もっと周辺広く回れば、同様の建物は見つかるかもしれない。

住田町でタバコ栽培が始まったのは1938年(昭和13年)。2015年(平成27年)ではたばこ農家は10戸。とはいえ、いまはきっと小屋ではなく、機械で乾燥させるんだろうな。
















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