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佐渡汽船のサイトを見ていたら、お盆期間に臨時で深夜便が出る。これはおもしろい。乗ってみたい。8月10(土)・11(日)・12(月)日の3連休、ちょうど11日には新潟まつりで花火があがる。

全国的にお盆休みが始まる初日10日(土)は渋滞が怖いので、9日(金)夜かその明け方に東京を出るとして、となると佐渡に日帰りするのは11日か12日。12日は佐渡で走り回ったあとで東京に戻るのは体力的にキツイかもしれない。そう考えて、11日(日)に、深夜便で佐渡に渡り、夕方新潟に戻り、花火を見ることにした。フェリーターミナルは実家からバイク10分、花火だって昭和大橋まで歩こうと思えば歩ける距離。そういう意味では大変ありがたい。


8月11日(日)午前2時。思ったよりも多くのバイクが待っている。クルマも人も多い。とはいえ2等船室は充分に寝ころがれる程度でよかった。

 
往路はときわ丸。就航したばかりの2014年のGWにも乗っている。あれから5年だが、まだまだ塗装もきれい。

【関連記事】佐渡汽船 おけさ丸のディテール

 
日本海越しに毎日のように見て育った佐渡だが、渡るのは7回目くらいか。バイクでは3回目。今回は内陸を走ろうと思った。両津から南へ向かい、30分ほどした山道で、右カーブ越しに朝日が差し込んでいた。

 
佐和田。佐渡は港がある両津が最大の市街地という印象があるかもしれないが、国中平野の中心、佐和田のほうがずっと街だ。

 
帰りはおけさ丸。

 
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 
バウバイザーが上がり、ランプウェイが下ろされると、そこにはバイクが6台横並び、その後ろには同じ形のトラックが2台。カッコイイ!

まだ日も高いうちに佐渡を後にするのは忍びなかったが、よくばりな行程なので仕方ない。それにしても、これだけステキな場所を、新潟に住んでいたころはまったく行かなかった(生が鋼の修学旅行が最後)というのは、なんともったいないことだろうか。もし新潟在住だったら、年1くらいで行っている…かな?(そんなに行ったら飽きるかな)



おまけ。構内移動用というか両港を行き来するコンテナのための日野プロファイア。「平成11年式」「平成23年入替」と書かれている。







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深海調査船、VAN GOGH(ヴァン・ゴッホ)。真っ赤な船体に「ULTRA DEEP」の文字。青森県で墜落したF35Aの調査に関わるもののようだ。4月には那覇港に入った様子が乗りものニュースにある。

公式サイトの諸元によれば、海面下3000mの作業もできるクレーンや、水深300mという深度で18人が潜水作業をするための装備などがある。オデコの位置に突き出ているのはヘリポート。後部デッキは1000平米もの作業スペース。


デッキには「NAVY SUPSALV」と書かれたコンテナが積んである。これがいろいろ憶測を呼んでいるというか、米海軍の潜水部隊、とでもいえばいいのだろうか、そういう部門のコンテナのようだ。

墜落の翌々日にはシンガポールを出たとのことで、機密の塊である機体の回収はそれだけ重要なことだというのがよくわかる。
 





 
ようやく、むつ湾フェリーの「フェリーかもしか」に乗れた。この航路は、津軽半島の蟹田と下北半島の脇野沢を結ぶもので、バイクのツーリングでは、ついそれぞれの半島を1周しようとするため、これを利用すると一部をはしょることになる。そういうわけで、津軽半島、下北半島とも何回かずつ走ってはいるが、利用の機会がなかった。上の写真は脇野沢港だが、乗ったのは蟹田港からだ。

このフェリーかもしかは新潟鉄工所製。つまり、ぼくの実家から徒歩圏内で建造されたということだ。なんだかすごく嬉しい。

 
朝イチの蟹田発の便。前日に予約しておいたので、万全。「10連休」のGWなので、けっこうな観光客のクルマ。率直に言って、意外。

 
 
車両甲板。バイクは船体に斜めに押しつける形で止める。ランプウェイは船首と船尾にあり、蟹田からは後入り・前出し(何か名称はあるのだろうか)。

 
 
総トン数611トン。客室も外部デッキも狭いが、とはいえデッキから見下ろすと、それはそれは大きく感じる。客室は独立シートで、桟敷はない。

 
操舵室に貼られた「むつ湾の事故防止のために【ほたて貝・たら底建網等の漁場位置図】」。湾に浮いたブイの間は100mもない。そんなところを操船していく。海が荒れた日などは視界も悪く、相当に難しいのではないか。

船の旋回窓の支柱は横。鉄道用の旋回窓は縦。覚えておくといいよ!
 
(加悦SL広場のキ100)

 
この航路は、カマイルカが寄ってくることで有名だ。このときも何頭かが並走してきた。

 
先に「前日に予約して」と書いたが、フェリー乗り場にテントを張った。すぐ近くに夏期だけ営業するキャンプ場があり、オフシーズンでもテント張ることくらいできるだろうと当てにしていたのだけれど、近寄ることすらできなかった。

たまたま、フェリー乗り場と国道の間のスペースが、無料駐車場で、トイレもあった。最初はそこに張ろうかと思ったけれど、ここはおあつらえ向きに芝生だし、ベンチもある。ありがたくここに張らせてもらった。別にクルマが1台、わいわいやっていた。

20時ころか、パトカーが巡回に来た。テントから顔を出し、敵意のないことを示す。パトカーは停まりもせず、職質も受けなかったが、以後、何度も回ってきた。

 
これは2000年7月上旬の東北ツーリングで、脇野沢で撮影したもの。乗ったわけではない。このときは港の片隅にテントを張った記憶がある。














 
津軽半島を周回する国道は、三厩から西はR339、東はR280。まさにその場所に、東日本フェリーの痕跡があった。

 
三厩と福島を結ぶ航路は、Wikipediaによれば、1965年-1983年・1987年・1989年-1992年・1998年に運航していたようだ。三福航路と呼称していたようだ。現役のタイミングではここに来ていないので、見ていない。

手元のJR時刻表1991年8月号によれば、7月1日~8月31日の運航で、
三厩 福島
  950←  750
1020→1220
1450←1250
1520→1720
という1日2往復。2等800円、クルマ4m9400円、5m11800円。

 
そこでであった年配の方に、当時の話を振ってみた。「でかい船がきててなあ。港も整備したんだ。いまも三厩港の施設はあるよ」。しかし、現地に行っても、建屋などはなかった。

 
すぐ向かいには、国道の境目。実は、国道280号はここから函館までは「海上国道」となる。

そのあたりの経緯はサイト『山さ行がねが』に詳しい。


■関連項目
大畑港のいま














 
新潟の「裏の浜」(私の個人的な呼称)、日和山浜沖で作業していた起重機船。本間組の押航式全旋回起重機船「にいがた401」だ。

突堤の先端の枠?の中から、砕石、おそらくテトラポッドの破片を浚渫している。(こんな突堤、あったかな…)

 
だばあ。






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