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鉄道敷は近代化産業遺産として世界遺産に登録されている。そこに架かる人道橋。

 
 
古レールで組まれたトラス橋はあるが、ボーストリングトラスは珍しい。

 
縦桁としてレールを横倒しに使い、その上に枕木を横桁的に渡して床版とし、その上に舗装路を載せているようだ。レールを横倒しに使って大丈夫なのだろうか。

 
レールは垂直方向の力には非常に強いが、それ以外の方向はそうでもない。25mの定尺レールの上に載ればぐにゃぐにゃするし、撮り下ろしの動画などを見ても左右方向にはぐにゃぐにゃだ。

古レールを縦に使うか横に使うかは、その構造物によって異なる。レールは縦方向よりも横方向のほうが弱い(柔らかい)のだけれど、圧縮の力がかかる上弦でこのように使われて座屈しないのか心配にはなる。

 
 
 
文字が読めないほどになった看板には「~罰せられます」とある。クルマ通行禁止という意味だろうか。


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片洞門を見るために四国の石鎚山に向かう道を走行中、ボーストリングトラスが目に飛び込んできた。まったくのノーチェックだった。「歴史的鋼橋集覧」にはない。

 
検索すると、いろいろな情報が出てきた。本四高速のサイトで紹介されているくらいだが、そこでは「曲弦トラス」と書かれている。ボーストリングトラスは曲弦トラスの一種ではあるが、上弦が円弧状で端柱もその延長線上にあるため「アーチの一種」という主張もあり、また特有の弱点もあるので一般的には分けて考えるんじゃないだろうか。


 
垂直材は下弦を過ぎて延び、横桁を保持している。また、一部、補修がなされていて、その部分はボルトが使われている。リベットを置き換えた部分もあるのかもしれない。

 
垂直材は2組が背中合わせになっていて、レーシングの厚みだけ離れている。

 
そこだけを見ると、噛み合わせになっているように見える(噛み合わせではない)。

 
一部に補修の跡。

 
県道側(左岸)。耐荷重は14t。

この県道は行き止まりだ。なのに、大正14年にこの規模で架設されたというのは、なにか理由があるはずで、土木学会の選奨土木遺産・大宮橋の解説では、
このような芸術的な橋(筆者注:大宮橋)が、ほとんど人の訪れることのない山奥に架かっているのには理由がある。実はこの橋(筆者注:大宮橋)は、瀬戸内海側の西条から四国山地を抜けて太平洋側の高知へ至る幹線道路の一部として建設された。(中略)ルート上には、大宮橋以外にも、鋼トラス橋である千野々橋(1925(大正14)年)、RC充腹アーチ橋である河口橋(1925(大正14)年)などの古い立派な橋も現存(中略)。この幹線道路は、明治から戦前にかけて別ルート(現在の国道194号)との誘致合戦があり、地元の熱烈な誘致運動が行われた(中略)このルートは戦後になって誘致合戦に敗れたため、現在では、大宮橋は人知れずひっそりと残されている。
とある。その一環として、この規模の橋が架けられたのだろう。なお、私は帰宅後にこの解説を見たので、大宮橋は行っていない。

それともう一つ、その大宮橋付近では、別子銅山と同様に(?)銅の鉱脈があり、新居鉱山・西之山鉱山があったことは、何か関連があるかもしれない。

愛媛県生涯学習センター
気ままに鉱山・炭鉱めぐり

現在では上流に新しい橋が架けられており、こちらは旧道だ。

 
 
左の親柱は「加茂川」、右は「千野々橋」。

 
 
 
右岸。左の親柱は「大正14年5月完成」、右は「ちののはし」。「完成」という表記は珍しい。

 
 
気づきにくい場所に銘板があった。

千野々橋
大正14年5月
愛媛県
昭和44年11月補修
新橋維第1号
昭和55年3月補修
新橋整第1号
使用鋼材 SS41.
製作 住友重機械工業株式会社


 
右岸より。

 
 
 
渡った先の千野々集落の入口。




 
兵庫県養父市に「天滝」という大きな滝がある。クルマでは行けず、駐車場から1.2kmほど歩く。一般に、この手の場所は歩きやすい遊歩道なのだが、ここは登山道といっていいくらいの道。しかも標高差が200mほどもある。実際、ハイキングの格好をした人が多い。その登山道の橋として、近年、ボーストリングトラスが架けられたと聞いたので行ってみた。

 
こちらのレポート(PDF)に詳細があるのだが、旧橋は2017年に積雪により落橋、仮橋が架けられたものの人気観光地でもあるために2018年に架け替えた。その際の条件はこうだ。

・支間長10m
・積雪に耐える
・「鼓ヶ滝」の前にあるため、景観が考慮される
・2018年の水害からの復旧のためにヘリが払底しており、資材を人力で運ぶ必要がある。部材は20kg以下とする
・維持管理の都合上、部材を養父市内で完結できる

これらの条件から、部材が小さく、景観にも優れる(!)ピン結合のボーストリングトラスとなった。これは、ボーストリングトラスの上限がアーチ状であることも、この形式を採用する理由となった。

「(アーチ橋が)景観にも優れる/トラス橋は醜い」というのは関東大震災後の復興橋梁の頃にすでにあった意識であり、ここではトラス橋ながら上限がアーチに見えるボーストリングトラスにそれがあてはめられた。アーチ橋にしなかったのは、資材搬入の都合と部材調達が養父市内で完結しないという理由である。

 
直前まで通り雨が降っていたこともあいまって、滝の前に佇む小さなボーストリングトラスの美しい赤は、緑と焦げ茶を背景として美しく光っていた。見た目は、2本の鋼材をガセットを介して弦材としていることもあり、ブロックで作った多関節の玩具のような印象だ。

 
最大で20kg、合計で8.8トンとなる資材は、神戸大学山岳部・山岳会とそのOBがボッカとして運び上げた。

 
 
ピン結合はアイバーが弱点と言われるが、現代においてはどうなのだろう。おそらく、採用すると維持管理の人件費のほうが高くなるのだろうが。

この橋は通常の下路だが、奥多摩橋や和賀仙人橋の側径間のような上下反転した逆ボーストリングトラスは力のかかり方からしても理想的なのだが、架橋の費用…つまり人権費や細かな足場の組み方等が通常の平行弦よりもかなりかかるため、採用されることがないようだ。


 
 
対岸から。ここから天滝までは、まだ少しある。

 
天滝。「滝なんて、別に…」と思っていたのだけれど、想像の何倍もの高さがあり(落差98m)、その迫力に圧倒された。

繰り返しになるが、こちらのレポートに詳細がある。





 
岩手県の山中にある、ボーストリングトラス。渡っているのは閉伊川の支流、小国川。偶然見つけた橋。

 
山田線陸中川井駅から国道344号を南下すると、左に見える。国道の「旧道」に見えるが…

 
 
 
右岸(北側)の親柱。左は「桐内橋」、右は「昭和34年7月完工 青森営林局」。

 
銘板があるが、ほぼ平滑になってしまっている。

 
 
 
左岸(南側)。左は「きりないばし」、右は同じく「昭和34年7月完工 青森営林局」。

 
 
昭和30年代に、そこそこ作られたボーストリングトラス。古すぎないゆえか、それらをまとめた業界的な研究はないようで、ネット上にも探訪記事が1件あるのみ。

撮影は2016年だが、その後、「宮古市橋梁長寿命化修繕計画」によって、2020~2021年に補修され、ピカピカになったようだ。

 
 
連続する柵には、古レールが使われている。


 
山口県錦町の平瀬ダム建設に伴い、撤去される予定の木谷原橋。貴重なピン結合のボーストリングトラス。鋼材はドイツ製。しかし、すでにダム工事で近づくことができず、付け替えられた新道から眺めるしかない。

 
橋の向こうに平行にある道は、国道434号の旧道。

 
少し回り込んで、平瀬ダムの建設現場。


【関連項目】
まだ「ダム軸」看板しかなかったころの状況です。

木谷原橋 ハーコート製ボーストリングトラス(2013年の記録)





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