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なぜか、ポニーワーレントラスを見つけると嬉しい。荷重を負担する力が小さく、スパンも短いので、幹線道路にはあまり存在せず、山の中にひっそりとあるものだ。だから、これが街中にあると、とても奇異に見える。

 
うっすらと、かつて白線が引かれていたように見える。


規模が小さな橋は、構造が部材に現れやすい。写真左のガセットプレートを見て欲しい。右への斜材はリベット8本、左へのそれは6本。そして、ガセットプレートも右側の面積が大きい。つまり、右の斜材は、左の斜材よりも大きな力を負担している。

この橋は、王余魚谷橋の奥にある。本当は、この先の林道(未舗装路)に行くつもりだったのだが、この時はあいにくこの先で通行止めだったので、図らずもこの橋を往復することになった。






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「酷道」らしい国道193号南部の霧越峠の南から海部川を徳島県道148号で遡ると轟神社と轟の滝がある。その途中で西に、県境を越える著名な大木屋小石川林道(2017年4月現在通行止め)へと分岐するところに、古びた曲弦のポニーワーレントラスがあった。

名を「王余魚谷橋」と書き、「かれいだにはし」という。

 
側面を見るアングルがないのが残念。まずは正面。

 
銘板が残っているのがうれしい。

王余魚谷橋
昭和三十年三月架設
徳島県
施工者
●原工業株式会社

「架設」「施工者」というのも珍しい。通常は「竣工」「製造」


 
外側から撮れないので、内側から。6パネル。

 
反対側は、親柱のようなものがあるが、とくに何も書いていなかったと記憶する。

この海部川(林道方面)およびここから分かれる王余魚川(かれいがわ;この橋が渡る川)沿いには、森林軌道が敷設されていたようだ。年代からしたら、この橋梁は森林軌道が道路と交代する頃のものなので(下記論文からの憶測)、その遺構ではないが、この道自体が、その軌道敷なのかもしれない。「王余魚」という文字列は、そういう界隈で時折見る気がするのだが、検索してもほとんどヒットしない。

ここに、テーマは異なれど、王余魚川周辺の森林軌道のデータやエピソードが載っている論文があるので、リンクする。

●観光鉄道における虚構性の研究(滋賀大学名誉教授/跡見学園大学教授 小川功)(PDF)

この論文内にリンクがあるが、犬がトロッコを引いている絵葉書がある。著作権は切れているので、貼り付ける。
 


* * *

トップの写真で見えている建物はバス待合所とトイレ。その壁についている。「轟の滝」の看板。このような略し方は初めて見たが、散見されるようだ。










 
落合橋(徳島県/勝浦川)のすぐ上流の橋が、この角屋橋だ。剣山スーパー林道の「起点」がここであるが、同時に「終点」の標柱もある。現在は新橋がかかっていて、これから紹介するのは旧橋である。


すでに渡れないようにバリケードが作られている。

 
2.5tの重量制限の標識が朽ちかけている。

 
新橋から見ると、このようなスマートなポニーワーレントラス。部材は、斜材がアングル、垂直材がチャンネル。当たり前だが理にかなっている、それが可視化されているのが好きだ。

 
銘板には

徳島
昭和28年6月製作
株式会社アルス製作所
ARS IRON WORKS,LTD.

対岸側は、かつての道の姿を彷彿させてくれる感じになっていた。

新橋は銘板によれば昭和49年11月竣功。旧橋は21~22年しか使われなかったことになる。新橋は竣功後、41年が経っている。






日光宇都宮道路に乗らず、R119にも乗らずに鬼怒川温泉方面に行くために県道77号を走っていると、新しい付け替え道路に出た。一瞬「平成27年4月1日から通行止め」という看板のある小道が左に見え、そのまま鬼怒川を渡りながら上流を見ると、3連のトラス橋が見えた。旧道だ。写真奥が上流、右が左岸・北東、左が右岸・南西。

左岸に行ってみると…。

単管パイプと柵で閉鎖されていたが、美しいポニーワーレン…と思いきや、土木学会の『橋梁史年表』では「単純トラス」とある。この、上弦中央で左右を結ぶ横構があるだけで「ポニー」にはならないのだろうか。

左の親柱には「観音橋」とあり、それに続く袖(?)には「栃木県建造」「昭和三十年五月竣功」「請負者 坂寄建設株式会社」の銘板がある。右の親柱には「鬼怒川」。
2015年4月からは新道が開通しているようだが、GoogleMapsを見るといまだにそれがなく、こちらがメインルートとして描かれている。

左岸はこの地図のようにクネッとしていて、そのたもとに「観光荘」がある(「観音荘」ではない)。そして、その一角に、石碑がある。

「観音橋竣功記念碑 昭和三十年一月吉日 栃木県知事 小平重吉」。裏面は観光荘の敷地内に入らねばならない感じだったので、見ていない。

さて、右岸側である。このように通行止めとなっている。

冒頭のように桁橋なのだが、冒頭写真をご覧いただくと、桁橋もトラス橋もスパンは同じように見える。橋梁史年表を見ると、1954年時点では36.8mトラス橋3連のみだったものを、1961年に32mPC桁4連を延長したとある。残念ながら、1954年時点の空中写真はweb公開されていないようだ。

この観音橋は閉鎖されているので、トラス橋ともども撤去される日も近いだろう。







新潟県上越市の保倉川かかる、県道30号のポニーワーレントラス。平野部なのに、2車線道路の両脇に屹立するトラスは、ドライバーには「狭い」と感じさせることだろう。

橋梁史年表
によれば、橋長76.8m、ポニーワーレントラスのスパンは48.2m。少し取り付け道路を持ち上げてプレートガーダーにするのが普通な気がするが、ランドマーク的な意味合いがあるのかもしれない。この保倉川は、かつては上越市と頸城村の境界であった(河川改修の結果、市村界と流路がかなりの部分で一致しない)。

東側。トラスはこれだけの高さがある。道路が幅員6mなので3mちょっとというところか。親柱、左は「もりもとばし」、右は「竣功昭和39年12月」。右に歩道の橋が見える。

 西側。親柱は、左「森本橋」、右「主要地方道 新井柿崎線」。「崎」は「立」の下に「可」の異体字のほう。

  おもしろいのは、西側、下流側の下弦に凹んでる部分があることだ。下流側だから洪水時に流木が…などではなさそうだ。

東側の支承。

 側径間。13.4mのが両側についている。


 こちらは下流側にかかる森本側道橋。きちんと親柱がある。東側は「森本側道橋」、右は「主要地方道 新井柿崎線」。西側は、向かって左が「平成9年3月竣工」、右が「もりもとそくどうきょう」。道路橋と東西の組み合わせが逆である上に「竣功」「竣工」混ざっている。






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