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釧路湿原の東縁を走る国道391号が塘路湖の脇をかすめるときに渡る塘路橋の側道が、この塘路橋歩道橋。塘路湖から釧路川に通じるアレキナイ川を渡る。

平成12年2月竣功という新しい橋だが、プラットトラスというのが珍しい。銘板などはない。H型鋼を組み合わせた、汎用とも見える形。

 
背の低いポニープラットトラス。ちゃんと手すりがついている。

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国道112号を走っていると、美しいプラットトラスが目に入った。しかし、国道は右カーブの別の橋を通っている。手前の交差点名は「新名川橋」。つまりプラットトラスは旧道だ。橋梁史年表によれば、橋長66.1m。216フィートクラスだ。

渡るのは、朝日連峰に発する赤川(※地形図での表記。後述)。月山道路沿いの梵字川のほうが本流に感じてしまうが、この赤川が本流だ。写真奥(トラス側)が上流、手前(新道側)が下流。

右岸。旧道は、新たな床版とともに歩道となっていた。新道にも歩道はある。ということは、あえてこのトラスを残しているのだろう。右のみ、親柱がある。それを見ると…

「大鳥川」とある。赤川が梵字川と合流する地点(ここ)より上流を「大鳥川」というのだが、地形図では「赤川」になっている。

端柱、縦に張られた板は補強の部材。左側の端柱にある銘板は、こう。(原文はすべて右書き)

東京
株式会社
桜田機械製造所
昭和五年製作


トラス端部を見ると、きちんと落橋防止の地震対策がなされている。格点にガセットをボルト留めし、そこから橋台にチェーンが延びている。





歩道の上流側と下流側。下流側には、U字を伏せた形の金属の覆いが、しっかりとした新しい床版の上に延びている。なんだろう?


 
左岸側。こちらには親柱がある。左には「名川橋」、右には「昭和六年六月竣功」。

しかし、左岸の特徴は、その取り付き道路である。

このように、左岸と橋は、道路をほぼ直角にしてつないでいるのだ。往時はさぞかし渋滞したことだろう。

では、いつころ新道に切り替わったのかというと…
 
新名川橋の銘板には「昭和49年11月完成」とある。意外に古い。



上述の、名川橋右岸のしゅん功次の写真が、東北芸術大学のアーカイブスにあった。

やはり、左岸は急カーブになっていたようだ。







富士総合火力演習、通称「総火演」に行ってきた。駐車場と桟敷の間には自衛隊用の道路があり、それを乗り越す橋を渡らねばならない。この橋は、毎年、演習として架けているようだ。

9パネルの上路プラットトラス、それも上弦に支承が来るタイプ。3パネルずつ分割できるようになっており、それぞれはピンで接合されている。


当日、@roadexplorerさんより下記の情報をいただいた。過去のものとは形態が異なるようだ。






東海道本線の富士川橋梁を右岸下流から。こちらは3代目の桁、現在の下り線だ。1915年の架設当時は上り線として使用されていた。来年、100周年を迎える。富士川橋梁の経緯は【富士川橋梁(クーパートラス)の撤去映像】をご覧いただきたい。

東海道本線富士川橋梁下り線は、第1~3連と第6・7連が205フィートプラットトラス、第8連が少し短い約155フィート、そして第9連(上写真)が一番長い約256フィートとなっている。いずれも石川島または川崎造船製、国産のトラス橋初期の作ということになる。

第4・5連は1982年8月20日の台風10号で落橋したために架け替えられた平行弦のワーレントラスであるため、全体としてはかっこ悪い。

この橋の写真や解説は数多あるので、ここではあまり普通の人が採り上げない写真を掲載する。

プラットトラスの桁裏。

  その橋台(右岸)。

上り線。第8・9連は、下り線とはスパン割が異なる。おそらく他と同じく205フィート程度に揃えてある。

上り線の桁裏。

すでにそこにあった石積みの擁壁に、コンクリート製の橋台を貼り付けたように見える。

上り線の橋台には銘板がある。架線柱で隠されているのは非常に残念。
見える文字のみを描き起こす。

富士川橋梁
新橋工事々務所
白石基礎工事株式会社
K.S.18
天端から6.970M
昭和29年12月15日
昭和30年2月20日



 
富士川を渡る橋のうち、東海道本線と東名高速の間に位置するのがこの富士川橋。県道396号富士由比線だが、1993年3月末まではここが国道1号だった。この狭い対面通行が国道1号とは、21年前の話とはいえ驚く。

この富士川橋は左岸側(東側)に古いプラットトラスが4連、右岸側(西側)に新しいプラットトラスが2連という構成。まずは古い側から。

  1径間65.4mということで200フィートより少し長い。11パネルのプラットトラスで、曲弦の頂部の高さはざっと9mといったところだろうか。

 
  幅員は7.3m。人が歩くスペースはないが、この橋を夜、クルマで走っていたら、自転車が逆走してきて怖かった。

親柱は、左が「ふじかわばし」(濁る)、右が「昭和六十三年三月竣工」。左にオフセットされてある背の高いものはおそらく古い親柱で、「大正十三年初月竣工」とある。

  各連に銘板がきちんと残っている。

大正十二年
日本橋梁株式会社
製作
大阪

 桁と桁をピンがつないでいる?

  橋門構を内側から。

そして、第4連と第5連の間。このように第5連・6連のところで車線幅が変わっている。
2連だけ新しくした理由を車線増のためとしているサイトもあるが、未詳。老朽化とセットだとは推測する。

  さて、その新しい桁。こちらは古い桁から65年も経ている1988年竣工なのに、いまとなっては珍しい曲弦プラットトラスである。これは見た目を古い桁と揃えるためだろうか(見た目を揃えない橋がどれだけ径間的に酷いかは、東海道本線の富士川橋梁を見ればわかるだろう。もっともそちらはやむを得ぬ事情はあるのだが)。

構成は10パネル。今どき200フィートクラスならプレートガーダーとなるのだろうが、ここでは桁下空間がネックになったか。

  見るからに広いが、部材は細い。橋門構も単純。このあたりが、65年の差なのだと感じる。

  親柱は、左が「ふじかわばし」(濁る)、右が「昭和六十三年三月竣工」。

  トラス桁の銘板。

富士川橋
1988年3月
静岡県
道示(1980)一等橋
使用鋼材 SM53B、SM50YB・YA、SM41A、SS41
製作 日本橋梁株式会社

  桁部分にあった銘板。

富士川橋 富士川
橋長 2@66.42m
スパン割 2@65.4m
幅員 10.4m
橋格 10.4m
完工 1988
型式(上部工) 下路式トラス
  (下部工) 重力式橋台、壁式橋脚
主要資材 SS41、SM50Y
コンクリート 331.9m^3
鋼材 SD30 127.375t
   SS41 等 480.44t
塗装面積 6657.96m^2
下部工寸法 A2=4.24x17.03x10.87m
      P5=5.50x17.50x11.84m
請負(上部工)株式会社横河橋梁製作所 (下部工)住友建設株式会社


新しい桁は古い桁と同じく日本橋梁製だが、架設(横取り)は横河橋梁が請け負ったようだ。



歴史的鋼橋集覧はこちら。
http://library.jsce.or.jp/jscelib/committee/2003/bridge/T8-005.htm







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