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昨日の羽越本線 山倉川橋梁のすぐ横にある水管橋。

20120509_000.JPGなんというか…太い。水管は下弦(というのだろうか、三弦橋も)であって、上弦(上側の並行する2本)は水管を保持する構造物。橋門構の造形に惚れ惚れする。

20120509_005.jpg三弦橋だと、端柱に相当する部分にも斜材(というのだろうか)が入るのだな。それが、まるで映画「スクワーム」で頬に食い込んだ虫のごとく、橋門構にもぐりこんでいる。橋門構もまた、周縁部が折り返されており、かつ美しく溶接されており、さらに銀色塗装とあいまって、非常にソリッドな印象を持つ。

20120509_002.JPGこんな感じで土中から水管が突き出ている。

20120509_001.JPG美しい…と思っていると、銘板、ではないな、仕様が書かれた板が掲示されている。

20120509_006.jpg呼び径:400A(外径φ406.4)
形式:逆三角ワーレントラス補剛形式
支間長:48.000m
使用鋼材:ステンレス(SUS304)
設計基準:「水管橋設計基準」WSP-007
雪荷重:3.0kN/m^3(積雪深1.4m)
地震荷重:Kh1=0.26 Kh2=0.54
設計内圧:静水圧時0.75MPa 水撃圧作用時1.25MPa
施工:新潟県北蒲原郡京ヶ瀬村下里3610 水島鉄工株式会社

「逆三角ワーレントラス補剛形式」というのか。たしかに、メインは下弦の水管であり、それを上弦2本が補剛しているんだもんな。しかし、道路橋などは左右のトラスが床版を補剛しているのだけれど、いちいちそうは言わない。検索してみると、水管橋で使われる用語のようだ。

施工の水島鉄工を検索したら、すばらしいサイトをお持ちではないか。
施工例に、この折居川の水管橋がある。

* * *

おもしろいことに……

20120509_004.JPG三弦橋と並行して、道路橋の橋脚を利用したパイプビーム式の水管橋がある。それなら、わざわざ三弦橋を架設しなくても、ここに並行して架ければいいじゃないか…などと思うが、きっと、施工の手順やなにかで抗せざるを得ない事情があったのだろう。

20120509_003.JPGこちらはこんな感じで土中から突き出ている。カエシがすてきだ。




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2011年12月16日。ふたつのできごとがあった。

ひとつは、北海道の国道452号線の、大夕張ダム工事に伴うルート切り替え。これによって、三弦橋が間近で見られなくなる。そして、三弦橋はやがてダムに沈む。

もうひとつは、急行「きたぐに」の廃止だ。


まずは三弦橋から。
20111216_000.JPGあまりにも有名なので、この橋についてかくことはない。個人的な思い出だけだ。

この夏、10年ぶりの北海道キャンプツーリングにどうしても行きたかったのは、三弦橋を見ておきたかったからだ。かつて、なんどもこの横は通ったし、いまは通行止めになっている林道から俯瞰したりもした。『廃線跡の記憶2』の表紙になっている地点にも、行こうと思えば行けた(が、行っていない)。当時は、とくに強い関心もなく、「ああ、三弦橋だ」くらいにしか思っていなかったからだ。これが見納めになるか、大夕張ダム完成後もなんらかの形で見ることができるのかは、まったくわからない。

自分としては、餞のつもりでこの写真をアップする。

ルート切り替えについては、サイト道道資料北海道が詳しい。



20111216_a001.JPG「きたぐに」は、新潟に住んでいた子供の頃、よく見ていた。だが、乗ったのは一度だけ。1987年8月、高校1年のとき、妙高山縦走の帰り、直江津駅で1泊して翌朝の「きたぐに」で帰ってきたときだけだ。既にその当時、鉄道趣味から離れていた。

この春、友人たちと「きたぐに」に乗ってきた。人と鉄道旅をするのは初めてに近い。新潟駅集合、大阪駅解散。不思議な旅だった。その時の写真が上のもの。

20111216_a000.JPG

20111216_a003.JPG乗車1ヶ月前の同日、窓口に行くと「下段は全部埋まっている」。本当かよ、どうせ団体枠だろ…と思いつつ、上段2枚と中段2枚を取った。当日、私は上段へ。

20111216_a002.JPGこの狭さ。身体が硬いので、狭いところは嫌いなのだ。でも仕方がない。硬直したまま眠った。



さて、ここから約30年前に戻る。

20111216_002.jpg14系時代の「きたぐに」の写真があった。新潟駅で撮ったもの。アルバムに収録してある前後の写真からして、越後線電化(1984年4月)前後らしい。

テールマークは「急行」である。今日、@shangri_la_19_oさんに教えていただいたのだが、かつて『鉄道ファン』誌にイラストのトレインマークが掲載されていた(ペンギンモデルのシールとして存在する)。それは、どうやら実在の物ではなかったらしいのだ。しかし、小学校高学年の私は、嬉々としてそのトレインマークを描いていた。まさか、「ウソマーク」だったとは。証拠に(なるかはわからないが)ここに写っているのは「急行」の2文字である。

20111216_001.jpg1982年11月14日まで、「きたぐに」は10系寝台車と12系座席車だった。新潟駅8時55分着ということもあり、明るい日差しの元で何度も見たことがある。柏崎に親戚がいた私は9時13分発の「赤倉」に乗ることが多く、これに乗ろうとすると「きたぐに」が見られるのである。そうした写真も撮っていたはずだが、ちょっと出てこない。

上の写真は、おそらく運転最終日、1982年11月14日のものである。おそらく、というのは、前後に、11月14日21時新潟着の181系「とき23号」の写真が写っているためだ。新潟発の上りは21時23分発なので、時間的にもつじつまが合う。

「きたぐに」は、1985年3月改正で583系になった。そのニュースを聞いたとき…『鉄道ファン』で読んだ時の衝撃のほうが、今日「廃止」と聞いたときよりも、ずっと大きい。それは、歳とともに鈍感になっていくから、というよりも、「廃止」は後ろ向きの話だが、583系化は前向き、グレードアップの話だからかもしれない。

思わぬところで29年前を思い出した。もう「きたぐに」に乗ることもないだろう…と思いながら2月あたりの平日に座席車に乗ってみたいものだ。


日高大橋。それが径間72.8mの上路三弦橋である、と知ったのは、なにをググっていてたどり着いたのかは忘れたが、『北海道鋼道路橋写真集』というサイトからであった。いま、親ページ(?)はサーバエラーで表示されないが、該当ページは見ることができる。→日高大橋

すでにLEVEL_7Gさんが現地に行き、写真集まで出してしまったのだが、自分の目で見に行った。

20110827_000.JPG事前にLEVEL_7Gさんから「ぜんぜん見えませんよ」と聞いていたとおり、ぜんぜん見えない。ここは、左岸・南側で、足下にはエロ本が落ちていた。

川岸は断崖で、河床に降りることはできない。先のサイトでは、冬に河床から撮っているようだが…。そのため、せっかくの三弦橋なのに、横からの干渉が不可能だ。唯一近づけるのはこの左岸・南側で、それも、このとおり樹木にさえぎられている。橋台を地盤に固定するためのアンカーが目立つ。そういう地質なのか。

20110827_001.JPGこんな角度でしか見ることができない。とても残念だ。

これを見ていると、支承付近の構造が興味深い。

上路三弦橋だから、下弦材は1本、つまり三角錐の、カドが下面に来る。橋脚の軸方向の断面はV字型になり、下弦をひとつの支承でささえるのか、と思いきや、通常(?)の形状をしている。それにあわせるために、トラスの端部は、上から見ると三角形になっている。言葉だとわかりづらいので、ちょろっと描いてみた。

20110827tri.jpg左が橋脚(イメージ、実際の形とは異なる)。いろいろ不具合があるので、パスを連結できておらず、カドがお見苦しい点はご容赦いただきたい。

このような治具とでもいおうか、部材を設置して、橋脚に据えている。

各地にある、▽形の水管橋の端部はどうなっているのだろうか。上弦2本から、断面がΠ字になるような脚が出て橋脚に据えてあるのは見たことがある。ちょっとここに興味をもってみよう。

20110827_002.JPG道路を走っていると、これがそんな特殊な橋であるなどとはまったくわからない。それがいいのか悪いのか。利用者にとってはそれでいいに違いない。ガードレールと同じような高さの欄干と親柱。それで、「ここは橋ですよ」ということがわかれば十分なのだろうな。


この日高大橋が、なぜこんな上路三弦橋という形式を取ったのか。工事誌等を見れたらいいのだが。
20110823_000.JPGかの、大夕張森林鉄道夕張岳線1号橋梁、通称「三弦橋」を改めて見てきた。本当は至近距離まで逝きたかったので、午前4時に現地に着くように行ったにも関わらず、私の位置と三弦橋の位置との中間地点を、ライトを持った人たちがうろうろしていた。まさか同業者ではあるまい。なな爺さんと同じようなアングルで撮ることは諦めることには、少し時間が必要だった。

同じアングルとは、『廃線跡の記録2』の表紙のようなアングルである。

この三弦橋は、過去、何度も見ていた。そして、目の前も何度も通っていたし、俯瞰したこともある。以前使っていた地図を見ると、楓駅(当時)から北、シューパロ湖に向かうルベシップ林道と、道道ニニウ夕張線(夕張新得線、道道136号)をバイクを積んだハイエースで走りつなぎ、上記の撮影位置まで来ている。その当時はとくに感慨もなく、「ああ、三弦橋だ」と思っただけで、写真など撮ってもいない。それを後悔する日が来ようとは。

20110823_001.JPGどうしても、真横から撮影することができない。



この三弦橋については、さまざまなところで書かれているので私が書くことなどひとつもない。ただ、興味を持った方のために。

『三弦橋マニアクス』(写真集) 特殊同人電幻開発
『シューパロ湖三弦トラス橋の評価と保存に関する研究』(今尚之、中岡良司、佐藤 馨一)土木学会北海道支部論文報告集
 
ドイツに三弦橋がある、とLEVEL_7Gさんからご教示いただき、地名を頼りにGoogleマップで探したら、わりと簡単に見つかった。(以下、すべて画像や、そのままでは私には理解できないドイツ語サイトからの推測である。誤りがあったらご教示PLZ。以下、なんの説明もありません。堪能してください)

場所はここ。

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この地図にストリートビューのマークをドラッグすると、そこに登録された画像を見ることができる。

もうひとつ見つけた。画像はこちら
場所はここ。

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ふと、「Eisenbahnbrücke」(鉄道橋)で検索したら、
上路ボーストリングトラスの画像が出てきた!

(1)
画像はこちら
場所は不明。

(2)
画像はこちら
場所はここ。

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(3)
これはロシアのもの。
画像はこちら(英語翻訳版)
場所は、オゼリスクの北東で、かつ撤去済みというのだが、この辺か。

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やばいやばい。深入りしないようにしよう。まずは国内のトラス桁と鈑桁だ。







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