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豪雨当日、只見線の橋梁流失と同時に「二本木橋もやられた」という情報は割と早い段階で入ってきた。テレビのニュース等でやっていたのかもしれない。二本木橋については、歴史的鋼橋集覧にあるのでそちらをご覧ください。

流失前の写真が、金山町のサイトにある。
20110928-999.JPG金山町のサイトより転載)

こうなったら、上路アーチはその付け根を直接水流に襲われるわけであり、流失の危険性は桁橋より格段に高いのだろうなと思う。

只見川は、川幅が広くなったり狭くなったりする。通常、極端に狭くなった場所を「銚子の口」などと言うが、この二本木橋は、そこまでではないものの、比較的狭くなっている部分に架けられている。

国土画像情報より1976年の航空写真


現況、南側から。
20110928_000.JPGさすが国道というか、まあもう2ヶ月近く経っているのだから当然かもしれないが、しっかりと塞いである。その手前に迂回路(西の四季彩橋へ誘導)への入口があるのだが、それに向けて赤い矢印が路上に置かれている。

左は商店、閉まっている。後ろにはスーパーがあり、開いていたのでペットボトルを買った。

20110928_001.JPG下流側から。アーチと接続するRCのカルバートはそのまま残っている。

流失したアーチがないか川を凝視したが、なにも見えなかった。



対岸から。

20110928_002.JPG写真左の道は、そのまま左岸を走って、昨日紹介した西部橋まで行く道である。西部橋も落ちているので、いまは長大なピストンを強いられる。

20110928_003.JPGちょっと乗り出して、右岸の橋台を見る。岩盤を利用して橋台が設置されているのがよくわかる。


ここは国道なので、比較的早く復旧するとは思うが、それでも1年では無理だろう。それでも、ここが利用できなくても、ひとつ上流の四季彩橋を利用することで、会津大塩以東はJR只見線の代行バスが走っている。


(2011年10月2日月)
ブログ「今日も疲れました」に、「ダム湖の船が流出し、それが河川の構造物にぶつかってダメージを与えた面もあるではないか(要約)」という主旨の記述がある。ぜひご覧いただきたい。



【関連記事】平成23年新潟・福島豪雨で被害に遭った橋梁群の記事

(金山町側)
西部橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
国道252号 二本木橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
田沢橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
只見線 第五只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
只見線 第六只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
只見線 第七只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

(只見町側)
只見線 第八只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で被害)
小川橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
楢戸橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
万代橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
五礼橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町





 
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上記の場所に、「なんでこれが歴史的鋼橋集覧に収録されてんの?」と思ってしまう橋がある。

20101215-04.JPG熊ヶ根橋。1954年(昭和29年)開通の、上路のスパンドレルアーチ。「普通の鋼製アーチ橋じゃん」と思うかもしれないが、実は現在の姿はかなり改修されてしまったものである。

その秘密は断面を見ればわかる。
20101215-02.JPG中央のアーチが初代の部材。そこから左右に添えられているのが、新しい部材だ。初代の部材は基本的にリベット留め、左右の新しい部材はボルト留めなので、すぐに見分けがつく。

斜めから見る。
20101215-01.JPGこの角度にすると、元からあったアーチの部位がわかるだろう。手前(画像左)はプレートガーダーだ。上のアーチ内部の写真は、この鈑桁の下にもぐって撮った。

この改修がどういうものかというと、いまでも資料が残っているので引用する。
国交省のサイトより。

寸法もある。


国交省のサイト( 一般国道48号 熊ヶ根橋補強・補修)から。

左右に張り出すのだが、片側(東側、下流側)を車道、片側(西側、上流側)を歩道とする。車道幅は、6mから10.9mに広がる。旧橋は東側に歩道が張り出していたことが上の図からもわかる。張り出し方はこんな感じ。

20101215-99.jpg国交省のサイト( 一般国道48号 熊ヶ根橋補強・補修)掲載の画像をつなぎ合わせた。

なんか、歩道部分、三弦トラスに見えるんですが、ちょっと検索しても分からなかった。

この改修にあわせて橋台も改築された。銘板がある。
20101215-03.jpg熊ヶ根橋 A2橋台
2002年7月
東北地方整備局
道示(1996)B活荷重
基礎構造:直接基礎
躯体コンクリート:24N-8-20
施工:後藤工業株式会社

この橋についても、とくに発見はない。


なお、歩道からは仙山線の第二広瀬川橋梁が見える。こんな橋だ。
これは歩道のフェンスによじ登って撮っている。フェンスを全面的に信頼していいのかという疑問を持ちつつ、恐怖感に駆られながら撮った。かなりの高さだ。この橋については上記リンクをご覧いただきたい。


大きな地図で見る

今日、明治通りを歩いていて、目白通りとの立体交差である千登世橋を通ったとき、ねじれていることに気がついた。煉瓦積みなら間違いなくねじりまんぽである。ねじりまんぽは煉瓦積みでなきゃだめだと誰が言った。鋼材に顔があってもをねじっていてもいいじゃないか。

nagajis氏にとっての「ねじりまんぽの日」は2月14日だが、私にとってはこれに気づいた今日、4月10日を「ねじりまんぽの日」としよう。私の定 義に根本的な誤りがある場合は取り消します(:-p


ねじりまんぽは隧道に対する名称だが、そもそもねじりまんぽは「支間1m以上(国鉄基準)」なので橋梁である。逆説的だが、本当の隧道の場合は、坑口上部を欠き取るなりして坑道と坑口とを垂直にすることが容易であるため、ねじりまんぽ(隧道)にする必要がないのだ。だから、ねじりまんぽは橋梁にしか現れない。その上路に水道・鉄道・道路といった、どうしても斜めにそこを横断しなければならない場合にのみ使われる。

ということは、ねじりまんぽはヴォールト(アーチ構造の連続)の内側(通路)を守るためのものではなく、上路を確保するためのもの、ということができる。上路アーチの構造物を考えるとき、アーチはアーチの内側を守るものなのか、それともアーチの上を支えるものなのか、いや別に、内側を守りきれずに上を支えているなんてことはありえないのでアーチの役割は「両方」なのだが、主たる目的をどちらにとるかで、見方は変わってくる。支間長(隧道の場合は幅員)の内側を守るものが隧道ならば、外側を守るのが橋だと私は定義したい。


08da0fdd.jpg84776395.jpgみごとにねじれている。写真は携帯レベルなのでレンズの歪曲も相当あるとは思うが、桁がねじれながら向こうからこちらに渡されている。アンカーは橋台に対して垂直ではなく、もちろん斜めになっている。

確か、関東大震災後の帝都復興の一環で両通りが○○され(記憶曖昧)ここに千登世橋がかけられたということをどこかで読んだ記憶があるのだが、それならば設計は田中豊門下か。

そんなことを思いながら、帰宅後、歴史的鋼橋集覧を見たらちゃんと乗っていた。製作は桜田機械(現・サクラダ)、開通は1932年(昭和7年)である。しかし、ここでは図面は真横と断面しかなく、真俯瞰がない。検索すると、サクラダのサイト内にあった。

図面

そして、設計者は来島良亮だった。検索すれば、千登世橋の「上」、つまり目白通り側に記念碑があり、その下にレリーフがはめ込まれているらしい。この橋の上は、自転車通勤で随分通ったが、気がつかなかった。グーグルのストリートビューでもどこにあるかわからない。そしてまた、検索結果にドメインthe-orj.orgがひっかかる。素晴らしい。

検索していたら、こんなものがでてきた。東京都、というか公文書館はここまで公開しているのね。ひととおり閲覧して、考察してみたい気もするが、その前に鉄道組織の考察が先決だ。待ってろ、中川正左。

来島良亮は、秋田県の雄物川の改修も行っている。
(2010.4.11一部修正




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