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国道8号から見える、大きな倉庫。「みな穂農業協同組合農業倉庫」とある。POP体で書き直された「みな穂」の下には、かつての支所の名前だった「上原」が消されている。窓があるので、一見、学校の体育館にも見える。

 
反対側。こちらはすべての文字が消されている。「みな穂」とは直されていないが、「上原」を消して「入善町」にした形跡がある。


 
国道に面した部分に、キャッチコピーが書いてある。その農「協」の文字が略されているが、画数は2角で変わらない。見た目の混雑を避けるために、このような書き方をしたのだと思われる。







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超閑散区間として知られる芸備線の小奴可(おぬか)駅の駅前に、日通のマークをつけた、かなり古い木造建築があった。元は事務所だろうか、外観は板張りだが屋根の下は土壁。窓の位置からして、ちょっと床が高くなっているのか。右奥に見えているのが小奴可駅。

 
回り込むと、この建物は上から見ると三角形をしていることが分かった。トップの写真は裏で、こちらが表。

 
上2枚の写真では窓や壁が破れているが、こちら側は手が入っているようだ。「運送」の看板が掲げられているが、検索してもわからない。

こちらを見ると、建物の1階入口と思っていた部分が、実は2階だということがわかる。そして、それが建物の高さの半分ではなく、半分よりちょっと下で、床は道路面よりも高そうだ。となると、トップの写真で、窓の位置が高い理由はそれかもしれない。




深名線鷹泊駅跡の続き。

駅を背にして右側に、農業倉庫がある。鉄骨構造・石積みか。電動シャッターが装備されているし、屋根も更新されている。

「多度志村農業倉庫 第6号」。多度志村が多度志町になったのは1962年、深川市に編入されたのは1970年。53年を経てもなお残る壁面の「多度志村」の文字。下半分が白になってしまっているのは、屋根の影になる部分との差か。







廃止になった長野電鉄屋代線井上駅跡近くにあった農業倉庫。駅とは無関係の位置。

この重厚な扉。階段がこの位置にあるのも、時代ならではだろう。

隣接して、瀟洒な建物がある。最初は外観だけこういう意匠の近年のものかと思ったが、さにあらず。古い建物を化粧直しして、現役の事務所として使っていた。窓枠はサッシに更新されている。

この建物についてはブログ『東日本建築万華鏡』に、概要があったのでぜひ。

喜多方駅前に立派な石積みの倉庫がある。いまは「JAファーマーズマーケット」となり、物販をしているようだ。その妻面に、消えかけた文字がある。

読めるだろうか。右から左へ、「信用購買組合農業倉庫」と書いてある。その上には右から左へ「慶徳」。これは、いまの喜多方市慶徳町にあった「慶徳村」(明治22年から昭和29年まで存在)のことだろう。「信用購買組合」はよくわからないが、信金になったものもあれば農協になったものもあるようだ。ここではいまの「JA会津いいで」の前身だろう。

このように形の違う2棟が並んでいる。そしてJA会津いいでの直売所となっている。






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