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水郡線の西金-上小川間にふたつある、久慈川を渡る橋梁のうち、南側のもの。下り向きで左にカーブしながら渡っている。

橋脚は石積み…に見えるが、それが剥げたところから骨材である河原のと思しき丸い石が見えるので、コンクリート製だろう。1925年の開通なので、時期的にも合う。

橋脚の基部はコンクリートで補強がなされている。橋脚の側面上部についている鉄のプレートのようなものはなんだろうか。かつての点検用設備の名残か。


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柏崎市 鵜川の改修跡と元・氾濫原で書いた鵜川にかかる橋。写真は右岸。対岸左(上流)のこんもりしたところがかつての「大久保陣屋」跡で、そこに柏の木があり、海上から見えたところから「柏崎」の地名が生まれたという説がある。また、対岸右には、柏崎ぎおんまつりの八坂神社がある。もちろん京都の八坂神社を勧請したものだが、この名称になったのは1872年(明治5年)とのこと。その名がつけられた橋だ。かつては最下流の橋だったが、いまはさらに河口側にひとつ、橋が架かっている。

イメージとしては、柏崎の西本町の商店街がここ鵜川で途切れ、渡って西側に行くと、いかにも「海辺の住宅地」という風情になる。

おもしろいのは親柱内側につけられた銘板で、ローマ字表記だ。それも日本式の。「YASAKABASI」と「SHI」ではなく「SI」になっている。

もうひとつの銘板は道路名が入っているのだが、「市道拍崎1の2号線 昭和五十九年七月竣功」とある。「柏崎」の文字が誤っている。どうしたらこんな間違いが起こるのだろうか。県外の人が製作したのだろうか。また、埋め込む前に気づいた人がいないわけはないだろうが、なぜ作り直させなかったのだろうか。

また、道路名は掘り込まれ、竣功年は陽刻になっている。文字の形も違う。どうしてこうなったのか知りたい銘板だ。





高萩駅付近の跨線橋(歩道橋)その1の続き。

高萩駅のホームからも、跨線橋(歩道橋)が見える。写真はホームの東側。けっこうなスパンをとばしているプレートガーダーだ。左側の桁、よく見ると扉のようなものがある。

ここに階段をつけようとしたのだろうか? 開口部は桁の上3分の2くらいで、下3分の1は構造として生きているように見える。いや、それよりも桁の下部にある補強が気になる。ここを開口部としたことで大きく損なわれる強度を補っているのだろう。

写真左端、橋脚は「その1」のフィーレンデールトラスト同じくラーメン構造だ。

ホームを挟んで西側。橋脚の上には「その1」の東側と同じように小さなコンクリート床版が載っている。

そしt、こちらも開口部と、その下部の補強がある。ただし、補強の形は前述のものと異なり、細い。これは、開口部より外側(橋脚側)が短いからだろう。




信越本線の直江津駅の東側すぐにあるプレートガーダー。柏崎方面から直江津に入るときにはこの橋を渡ればすぐ直江津駅、逆ならば直江津を出るとすぐ渡る橋ということと、上下線どちらも下路だから車窓に見えるということで、印象に残っている人も多いだろう。写真左が海側・下り線、右が山側・上り線。

この橋は「荒川橋梁」というが、渡るのは関川である。関川の高田以北をかつて「荒川」と呼んでいたことを反映したものと思う。

上り線。下路プレートガーダーは美しくも狭苦しい。向かって左の桁の側面に銘板と塗装標記があるのだが、望遠レンズを持っていなかったので銘板は遠すぎ、塗装標記はかすれて読めなかった。

上り線。車両の窓まですっぽりと覆う桁部。桁下の水面高さをみれば、この橋が下路になるのもうなづけよう。

上り線。こちらは年代が新しいのか、非常にスマートになっている。

外観。

上り線の桁手前のコンクリート部分に銘板がある。銘板が「荒川橋りょう」となっているので、これは橋梁そのものの銘板だろうか。

荒川橋りょう
設計 信濃川工事局
施工 株式会社熊谷組
設計荷重 KS-16
基礎 鋼管くいΦ=60cm L=41M13本
基礎根入 けた座面から5M3
着手 昭和59年10月
しゅん功 昭和60年3月



さて、この荒川橋梁は掛け替えなどでルートの変遷も絡むようだ。掛け替えは関川の河川改修(川幅増大)によるものだと思う。地図・空中写真閲覧サービスより、空中写真で比較しよう。

まず、1975年12月。CCB7512-C13-14よりトリミング。
  上下線とも平行である。

次いで2010年6月。直江津CCB20102-C24-8よりトリミング。
関川の幅が格段に広くなった。左岸の写真下も川になった。鉄道周辺も大きく変わっているが、なによりも、荒川橋りょうが現在と同じ形をしている。

両者を重ねてみよう。
これだけ見ると、かつての上り線を下り線に転用し、かつ川幅活用対策として桁を右岸(写真右)に延ばしているように見える。さらにその下流側(写真では上)に新桁を架設したようだ。

上り線・右岸側の桁がどういう形なのか、見ておかなかったことが悔やまれる。一度見て撮影したものを家で見ていると気づくことが多すぎる。すべてのものは2回以上見なければならない。



東京モノレールが、海岸通りと首都高を斜めに一跨ぎする部分に架かる架道橋。しかも路線はカーブしているので、普通鉄道であれば斜橋かつ曲線鈑桁になるのかもしれないが、ここでは端部は通常の形状だ。支承は見えないが、下記ラーメン橋脚部分はピンなので、こちらが可動部になっていると推測する。

スパンが長いので中央に橋脚を設けている。そのラーメン橋脚、規模の大きさの割にはスレンダー。構造・経費の産物と思うが、首都高を走るクルマから見ても圧迫感がない仕上がりとなった、というところだろう。

支承。鈑桁は連続桁。いつも広角ズームしか持ち歩かないので、こういうときだけは望遠が欲しくなる。

脚元は港区の清掃施設の敷地内に入っている。立ち入れる部分があるので、なかなかいい視点になる。

橋脚にある塗装表記。これによると、この4本脚のラーメン橋脚は「五色架道橋NO.10点支柱」というようだ。





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