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20121112_000.JPG岐阜県の中津川駅から徒歩15分くらいで行ける、北恵那鉄道廃線跡でもっとも有名だろうところ。奥に見えるのは玉蔵橋。

20121112_003.JPGとても美しい200フィートのダブルワーレントラス。箱根登山鉄道の早川橋梁や東海道本線揖斐川橋梁と同類なのだが、上弦と下弦の間に水平に1本、補強が入っている。

20121112_002.JPG20121112_001.JPG電線を吊っていた碍子が残る。

20121112_006.JPG築堤に上がると、柵がしてあり、そこには「北恵那鉄道」の文字があった。廃止が1978年、wikipediaによれば社名変更は翌年とあるから、以来30年以上、この看板はここにある。

20121112_004.JPGここでひとまず横桁について。

横桁は直線形。横桁の端部のカバープレートは、][という形をすべて覆ってはおらず、太い「I」型になっている。

そして、縦桁が横桁同士を結んでいる。この構造は揖斐川橋梁と同じだ。150フィート桁だが、山形鉄道最上川橋梁とも同じ。これはパテントシャフト&アクスルトゥリーのひとつの型、と考えていいのかもしれない。

20121112_005.JPG鈑桁のアップ。枕木が載っていた部分が変色している。その部分、リベットはそのままなので、枕木側で削るなどして避けていたのだろうか。

20121112_007.JPG振り返る。築堤は道路で寸断されている。


20121112_008.JPG少し下流から、全体を。対岸(左岸)、採石場だろうか。

20121112_011.JPG築堤を養生しつつ、その周辺のスペースを利用しているようだ。どこかで、築堤ごとこの企業のものだと読んだ気がするが、ソースを思い出せない。また、話をすれば築堤部分などの撮影もさせてくれると聞いたような気もするが、やはりソースを思い出せない。

20121112_010.JPGダル部ワーレンを真横から。

.

錆びに覆われているから「美しい姿」とは言えないかもしれないけれど、この木曽川橋梁は、その形が美しい。200フィートは単線形のピントラスがもっとも美しいと信じているが、高さがなく、棒のように見えるダブルワーレンにはそれに次ぐ魅力がある。


 
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20121101_001.JPG東海道本線が岐阜県の揖斐川を渡るとき、上流側にこの橋が見えるはずだ。200フィートダブルワーレントラスの揖斐川橋梁。いまは大垣市の市道となっており、歩行者用の橋として使われている。クルマは、少し下流の国道21号岐大バイパスを使う。

20121101_002.JPGイギリス由来の100フィートダブルワーレントラスはそこここに残っているが、ここではまとめて5連が残っている。しかも現役である。

20121101_005.JPG銘板が残っているのもうれしい。こういうものがイタズラされないことを切に祈る。

20121101_004.JPG美しい斜材の繰り返し。鉄道だからハンドル操作の必要もないのでストレスはないだろうが、もしクルマで、この道幅に歩行者などがいたら、相当疲れるに違いない。

20121101_003.JPG橋門構。

20121101_008.JPGさて、横桁である。100フィートポニーワーレントラスは、横桁の上に縦桁を置き、その上に縦枕木、そしてレール…というのがセオリーである。しかし、この揖斐川橋梁は、横桁と縦桁が連結している。しかも横桁は直線状だ。この横桁は、造りからして当時のものに見える。縦桁は、リベットで横桁と接合されている。

これは、山形鉄道最上川橋梁と同じ形式だ。ただし、縦桁の幅が違う。あちらは線路幅より広いが、こちらは…測っていないが、ほぼ同等に見える。となると、かつてはこの上に縦枕木があったのか…? 今度、現地に行ったら採寸してこよう。


20121101_009.JPG橋脚はレンガ積みの重力式。

* * *

この橋は初代で、供用開始は1887年(明治20年)。1908年にはアメリカンブリッジ製の二代目に取って代わられる。二代目も1961年(昭和36年)には現橋に代わる。二代目はちょっと写真の記憶がないが、鉄道写真で撮られているものがきっとあるだろうから、探しておくことにする。

ccb-75-27_c14_25.jpg国土画像情報より転載・トリミング)
上の写真は、二代目がまだあったころの1980年の空中写真である。上(上流側)から初代(ここで紹介しているダブルワーレン)、二代目(撤去済、複線桁)、三代目(現役、複線桁)である。

20121101_006.JPG二代目は、橋台のみが残っている。

20121101_007.JPG現役の三代目は、どうも形が気に入らない。上弦端部が端柱と接合する部分で飛び出しているのがどうにも不格好に感じる。これがなければスッキリとした印象になるのだが…。


<関連項目>
英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考の整理ページ
アメリカン・ブリッジの痕跡/東海道本線揖斐川橋梁
A&Pロバーツ探訪/揖斐川橋梁(岐阜県)


 



20110611_002.JPGひさびさに「英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考」を書く。秩父鉄道の見沼代用水橋梁だ。現地は引いて撮れる場所に恵まれず、いささか苦しい写真ばかりになってしまった。

見沼代用水についてはwikipediaをご参照いただきたい。

歴史的鋼橋集覧によれば、この桁はパテントシャフト&アクスルトゥリー製らしい。「縦桁に陽刻がある」とあったが、それを見たのは帰宅後だ。もちろん、写真を撮っていないどこか実見もしていない。情けない。先にその縦桁を見る。

20110611_006.JPG英国系100フィートポニーワーレントラスは、左右のポニートラス間に横桁を1パネルにつき2本載せ、その上に縦桁を置き、その上に縦枕木を置いた上でレールを敷いた、というのはさんざん書いてきた。だから、縦桁とレールが同一面になる。上の写真で縦桁の間にあるのはレールではなく護輪軌条、中央は歩行用の桟である。

20110611_001.JPG横桁は、このとおり1パネル間に2本。

20110611_003.JPG横桁は曲線型である。

20110611_005.JPGいままで見てきた中で、同じパテントシャフト&アクスルトゥリー製の同型トラス橋では、横桁が「落とし込み型」だったが、この桁では曲線型となっており、横桁の形状は異なる。

(参照)
英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考(8)関西本線木津川橋梁

一方、製造メーカー不明の伊達橋(福島県、まだ記事化していない)の横桁が、これと同タイプである。
20110611_008.jpgひとつの定規(基本設計)でいくつものメーカーが製造した英国系100フィートポニーワーレントラスは、簡単に「横桁が同じ形だから、メーカーも同じだろう」ということができないのは過去に見てきた。だから、伊達橋がパテントシャフト&アクスルトゥリー製だという断定はしない。なお、伊達橋については『日本の廃道』47号にTUKAさんの詳しい記事が掲載されている(だから私はまだ記事を書いていない。書く必要がない)。

20110611_004.JPG橋台。煉瓦製。縦桁が載る部分は床石となっている。

20110611_007.jpg塗装標記。

塗装年月日 1991年3月20日
下塗 SDシアナミドサビナイトJIS-K-5625-2種
中塗 橋梁用SDマリンペイント中塗JIS-K-5625-2種
上塗 橋梁用SDマリンペイント上塗JIS-K-5625-2種
施工者 内藤塗装工業(株)

塗装後20年。ややくたびれている。

それぞれのトラス橋で異なる英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁の形状がバラバラである…という謎は、相変わらず謎のままだ。


(追記)
前面展望を動画で撮ってきた。東行田→武州荒木。e-p1で手持ち。

英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考(番外1-1)山形鉄道最上川橋梁というポストの続きを書いていて、うっかりブラウザを閉じちゃって書いた文章が無に帰したことがあった(こちら参照、するほどでもない)。そのことをすっかり忘れ、別件でこの山形鉄道のダブルワーレントラスについて触れようとしたら、記事そのものを実はまだ書いてないことに気づいた。まあ、あと20橋くらいネタたまってるんだけれど。

さて、その文章を消してしまったときに何を書こうとしたのかはまったく憶えていないので、ここではディテールを紹介する程度にする。この橋の経緯等、詳細説明は、上記「番外1-1」のリンク先をご覧いただきたい。

20101018-11.JPGさて、この最上川橋梁は、非常にいい立地にある橋である。県道の荒砥橋から、このように見える。背景は、出羽山地の一部、葉山などである。写真に見える山の向こう側方向に稜線が延び、その稜線は朝日連峰に連なっている。

寄ってみるとこうだ。
20101018-01.JPGこの、3連のダブルワーレントラスの存在感が大きいが、この最上川橋梁は対岸に向けて溢流部に12連のプレートガーダーがかかっている。そして、こちら側、つまり北側の下弦に、連番号がペイントしてある。ここに見えているダブルワーレンは、右から順に13、14、15と書いてある。

20101018-03.JPG上流側から。戦後すぐの、といっても62年前の航空写真を見る限り、本流部と溢流部の割合はほとんど変化がないようだ。最上川は、当時すでに手が入っていたのか、それともいまだに手が入っていないのか。きっと前者だとは思う。

真横から。
20101018-07.JPG美しい、9パネルのダブルワーレン。私はこれをトリミングにしてスクリーンセーバーにしている。

20101018-08.JPG20101018-09.JPG上弦と下弦のピンはこんな感じだ。


ここまで写真をご覧になった方は、この橋はきれいだと感じることだろう。昔のワムハチの色、すなわちとび色2号に似た色合いの塗料が塗られたばかりのようだった。このときの撮影行では、塗り替えしたばかりの橋に出会うことが多々あった。ラッキー。

肝心の横桁。
20101018-06.JPG
このように、直線的な横桁が格間に2本ずつ渡され、その横桁を繋ぐように縦桁が2本、設置されている。岐阜県の初代東海道本線揖斐川橋梁もパテントシャフト製で、このような横桁を持っているので、これがパテント・シャフトの流儀なのかもしれない。

また、この写真では橋台付近をご覧いただきたい。ダブルワーレンの端柱部、つまり∠となる部分の先端、横桁のようなものがリベット留めされている。そして、その横桁のようなものと橋台の間に、レールが4本、まるで端を支えるかのように配置されている。なぜなのかは不明。

20101018-04.JPG支承。ピン支承をローラーが受けている。

20101018-05.JPG横桁の断面。どういう過程で横桁が作られていくのかを知りたくなってきた。


20101018-02.JPG正面。

20101018-10.JPG右岸には、このような説明板があったが、もうこれでは意味を成さないだろう…。


以上、一切、新発見とかナシ。繰り返すが、このポスト上部の「番外編1-1」をご覧いただきたい。



「石手川橋梁」という名称の鉄道橋は、JR四国予讃線のプラットトラスと、この伊予鉄道石手川公園駅のふたつがある。ここで紹介するのは後者である。流れとしては、「100フィートポニーワーレントラスの横桁考」で考察しているのと同じつもりで見に行ったのだが、こちらはそもそもプラットトラスであり、根本的に構造が異なっている。以下、見てきたままに写真だけ。

20100830-01.JPG松山市内を西へ流れる石手川に架かる103フィートの橋。写真は下流側から見たもので、いままで紹介してきた英国系ポニーワーレントラスとは形態が大きく異なることがわかる。製造は、イギリスのパテントシャフト&アクスルトゥリーだが、標準設計の「英国系」ではない。

(アメリカ製、と書いていたのを修正。眠くて落ちながら書いたんだよ…と言い訳)


20100830-02.JPG
北西側(地図でいう左上)には踏切があり、それよりも少し駅寄りの土手から。

この橋が支えているのは、線路だけではない。プラットホームも支えている。だから、本来必要とされる幅以上の広さを持つといっていい。ただし、橋の部分にまでホームが延長されたのは後年だとどこかで読んだ気がする。開業2年後の1974年の航空写真でも、ホームはないように見える。レールは橋梁の中央部分に敷かれているので、ホームがあるからと言ってトラス側に寄ったりしているわけではない。

20100830-03.JPGプラットホームから見ると、トラス部分はこのようになっている。ホームに鎮座するトラスの部材間にはロープが張ってあり、通り抜けできないようになっている。

画面左側すなわち上流側のトラスの向こうには歩道がある。駅の出入り口は対岸側(写真右の奥)なので、かなりの頻度でここを人が歩いている。

20100830-05.JPG横桁は英国系100フィートポニーワーレントラスとは架け方も本数も異なる。かけ方は、垂直材と斜材をピン結合してあるその上に架けてある。英国系100フィートポニーワーレントラスのように1パネルの間に2本の横桁が乗る、というようなことはない。

20100830-04.JPGピン。

20100830-06.JPG横桁の形状は、直線基調である。縦桁をくわえ込んでおり、縦桁の上に横枕木とレールが載っている。その縦桁は、橋梁の中央に位置している。「英国系」は、横桁の上に縦桁が乗るので、明確に構造が異なる。

20100830-07.JPG
これは上流側から見た橋の側面だ。



この橋の製造は、歴史的鋼橋集覧によれば1893年。標準設計の「英国系」100フィートポニーワーレントラスは1876年の京都-大阪間の鉄道開通時にすでに使用されており、なぜこの石手川橋梁が、既に多数の実績のある「英国系」ではなく、プラットトラスになっているのかという疑問がある。そして、これが『明治時代に製作された鉄道トラス橋の歴史と現状(第2報)』のリストにないのも不思議だ。

歴史的鋼橋集覧には「筑豊興業鉄道遠賀川橋梁初代と同形」とある。筑豊工業鉄道が若松-直方間(現在の筑豊本線)を開通させたのは1891年である。また、上記論文のリストにも、パテントシャフト&アクスルトゥリー製のポニープラットトラスは例がない。標準設計が当然の鉄道橋梁の歴史の中で、この石手川橋梁と、既に失われた遠賀川橋梁がどのような位置づけになるのか、とても興味深いが、いまは知る術もない。


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