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いつもは青空と緑が迎えてくれる七谷駅。


魚沼には雪が積もっていたが、ここは雨だった。その雨もあがり、枯れきった草と、わずかに残った緑が濡れている。この七谷の、雪直前の空気は、まさに新潟の冬だ。

 
小学校6年生の時に、一度だけ乗り通したことがある蒲原鉄道。1月の冬休みだった。友達と3人だった。たしか雪が降っていたと思う。考えたこともなかった小型の電車の車内はロングシートで、横に3人並んで座り、前も見えず、車窓も雪。断片的なシーンの記憶しかないが、私の中での「新潟の冬の光景」というイメージは、この頃に私の中に形成されたものであり、その断片的なシーンは、その形成にも大きく影響を与えている。

 


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房総の港に隣接する砂浜に、船を引き上げるための線路があった。あるとき、丸田祥三さんとそこを尋ねると、砂浜の形は変わり、線路もなくなっていた。線路の「上流」を見ると、そこには外された線路が積まれていた。

かつてはこの建物から船を出し入れしていたのだろう。扉に船が描かれたこの建物、いまは中に何が入っているのだろうか。

(かなり暗くなってからの撮影)


spl.thnx 丸田祥三さん



名古屋港付近には多数の廃線跡がある。詳細はネット上にさまざまな解説があるので、ここでは写真を。

 
 
名古屋臨海鉄道汐見町線。名港潮見ICの下に広がる廃線跡と、その付近、駐車場に取り込まれてしまった廃線跡。

 
 
 
 
その北側。上組付近。

 

 
その上流側、船見町までのところ。

 
 
東港駅付近。

 
有名なクロスポイント。下から右上に伸びるルートは廃線跡、左右に伸びるのは名鉄築港線。

 



笹田昌宏さんの『廃駅ミュージアム』で知り、行ってみたかった駅の一つ。

志布志線の末吉駅付近の線路跡は、舗装道路になっている。その傍らに、プラットフォームが顔を出している。つまりは、かなり路盤がかさ上げされて舗装道路になっているということだ。

 
その道路沿い、すぐそばには待合室のようなものがある。見れば骨組みは古レールであり、「都城 鹿児島方面 のりば」という古びた掲示もあるので、一瞬、当時の遺構かと思うが、現役時代の写真を見ると、形が異なる。ということは、骨組みだけ再利用して壁を作り替えたのだろう。

サイト:南九州の鉄道を訪ねてより末吉駅

 
駅舎は改築されて「末吉鉄道記念館」となり、バス待合室兼用となった。駅前には錆止め色のレールなどが改めて置かれている。上に載るのはなぜか電気機関車の動輪。おそらくED76のものだと思う。


何度もその脇を通っているし、その都度「ああ…」と思ったりもしているのに、記憶に残らないものがある。おそらく、写真に撮らないから「見て」いないのだろう。

この大間鉄道の未成橋もそのひとつ。コンクリートのアーチが不自然な位置に残っている。アーチの内側は物置と化している。この土地はだれのものなのだろうか?

今回、何度目か(たぶん四度目)にして写真を撮った。これで、もう忘れない。



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