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南北方向に走る旧道に残っていた三菱石油。防火壁のスリーダイヤモンドは、南と北に面している。これは南を向いているほう。現役かと思うほどにきれいに残っている。

 
北を向いているほうは、隣接する建物の都合か、折れ曲がった防火壁に、折れ曲がった三菱がいる。


日の長い時期である5月初頭の16時でこの日の当たり具合。なるほど、直射日光にさらされる時間は短そうだ。

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とくにそのままになっていそうなサービスルーム。付近の人によれば、相当昔に閉店となり(それはそうだ)、時折、写真を撮っていく人がいるそうだ。




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営業をやめて20年以上経っていると思われる三菱石油の給油所跡。幸いなことに、防火壁両翼、表も裏も、朱色に白抜きのスリーダイヤモンドがなんとか健在。

 
サービスルームの前面は改装され、風除室が追加され、現役で使われている。

 
残念ながら、防火壁はどう撮ってもいくつかの政治ポスターが入ってしまう。上の写真ではボカしたが、左の人物の背景はオレンジ、右は緑。ほら、後ろの防火壁に見える色と同じだ。ここに貼るためにこの色を選んだに違いない。




 
給油所が閉鎖されて久しく、白く塗られた防火壁の塗膜もはげ落ちてきている。そして見え始める、オレンジに白抜きの三菱の輪郭。

黄色い鎖の左に浮かび上がるのは「新日本石油」の文字と、その1枚下のレイヤーには「日石三菱」。写真左に見えるのは「(三菱)石油」。新日石、日石の文字は見当たらない。

 
















かつては炭鉱があり、この地まで鉄道が延びていた。しかし、いまは無人の荒野となっている。行き止まりではないが、ここをクルマが通る理由もない。そんなところに、給油所だった壁と建物がある。

防火壁には、スリーダイヤモンドも二重に書かれている。こういうものは、かつてはきちんと覆い隠せていたものが、塗料の褪色とともに、見えてきてしまうのだろうか。

 
サービスルームは、残念ながら落書きがなされているが、落書きさえ色褪せつつある。こういう建物ゆえに倒壊もせず、このまま静かに、ここにあり続けるのだろう。



g_standさんから「eneosの縦長のサインポールは元・三菱石油」と聞いてから7年が経つ。高知県内で、国道沿いに半分塗りつぶされた三菱石油のマークがあった。「うちは元・三菱石油ですよ」と主張するために塗り残したのか。

 
手前は貸し地になっている。3本のレールがある、3~6枚の引き戸のもの。写真左は店舗の床のようだ。ということは…と思ってGoogleのストリートビューを見てみる。



やはり。店舗に隠れて「塗り替えられなかった場所」が残ってしまったのだ。それが、店舗が取り壊されて露出した。たいてい、こういう場合は保存状態はよい。

かといって、三菱のマークを描いた頃には、この店舗はこの形ではなかったのかと思いきや、それはわからない。この店舗はそう新しそうにも見えないし、国土地理院の空中写真(1974~1978)を見ても、不鮮明ながら、これと同じ形にも見える。昔は、隙間が30cmだろうと入り込んで描いていたかもしれない。

いま、こうして広い空間に晒されたスリーダイヤモンドは、やっと「日の目を見た」といえる。







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