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有峰林道の旧道探索。索道平隧道(有峰林道) 信号機の転がる覆道を抜けると、次は鬼ヶ城隧道だ。

 

 
索道平隧道を出て旧道を行く。谷側は駒止のみ。路上には水流が砂礫を集め、そこに草が生えてはいるが、まだまだ「道」の姿をしている。

 
鬼ヶ城隧道の西側坑口は少し高台にある感じ。坑口から洞門が伸びる。


 
H型鋼にコンクリートの屋根が載る短い洞門の奥に、隧道。

 
通り抜けて、東側から。

 
東側坑口と、それに続く洞門。やはり、一段高い印象。


この先は藪であり、新道には取り付けないことがわかっている。



進めるだけ進んでみるが、7分ほどで藪は目の高さを超える。突き進んでもしょうがないので戻る。

 
あらためて新鬼ヶ城トンネルで迂回。写真左に旧道が見える。藪を突破すればそこに至るはずだが、そこからここに地面が繋がっていない。新道との切り替えはどうしたのだろうか。





(2009年)

●関連項目
索道平隧道(有峰林道) 信号機の転がる覆道
・埋められた大萩隧道(有峰林道)
・イタドリ隧道(有峰林道)
・信号があった真谷トンネル(有峰林道)と和田川第一発電所
・ニンニク隧道
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津軽半島の龍飛崎は「階段国道」がとても有名だけれど、そこから1kmほど陸奥湾沿いに南下すると、異様なドボク風景が視界に飛び込んでくる。洞門と、その上に積まれた雛壇。間にトンネルを挟むが、一体として「鎧島1号」という名称が、手前の速度制限標識に付けられているが、それとは別の言い方として、第1号~第13号洞門まであった。入口左に屹立する岩は、第10号洞門である。これについては後述する。

 
南側から。洞門の上の雛壇は、南側に積まれている。

 
岩が露出しているところはトンネル。ここが「鎧嶋1号ずい道」。延長13m(*)、昭和3年竣功。かつての第9号洞門(後述)。その向こう(右)は高さが異なるが、内部の天井は同じ高さ。ただし、擁壁が異なる。洞門の外に出ている管は雨水管。

(*)こちらの資料「青森県トンネル長寿命化修繕計画」(PDF)では、この数値と、「鎧嶋1号トンネル 延長122m/1926年建設」という記述が混在している。

 
雛壇、登って触ったわけではないので、見た目の印象だが、蛇籠状にして固めてあるように見える。これだけの厚みは、落石の衝撃に対する補強なのだろうか。

* * *

三厩から龍飛にいたる洞門群はいくつかのサイトで紹介されている。道路開削時の写真が多数あるのは、「龍飛岬観光案内所 龍飛館」のサイト。
「十三の洞門」物語

また、ヨッキれんさんによる、東北「道の駅」公式マガジン「おでかけ・みちこ」の記事には地図があるので、前述の、第10号・第9号洞門という名称・位置については地図を参照していただくとわかりやすい。
第3回 龍飛道(たっぴみち)の洞門群 青森県







 
新真谷トンネルを抜けると新鬼ヶ城トンネルにつながるが、ここでも谷側に旧道がある。上記の地図は2009年のうおっ地図で、赤い線を載せたところが旧道だ。その一つ目が索道平隧道。

 
このシンプルな西口坑口の向こうには、驚くべき光景が広がっていた。

 
索道平隧道には覆道がつながっているが、とりあえず振り替える。こちらが東口坑口。

 
 
 
片側交互通行用の信号機がうち捨てられていた。2灯式が一つ、3灯式が二つ。

 
信号待ち約5分。

 
平成6年(1994年)小糸工業製造のA形プログラム「多段」式交通信号制御器。


平成3年(1991年)足立電材製造の交通信号機用接続端子函。新鬼ヶ島トンネルの完成は平成12年(2000年)3月なので、10年も使われずに放棄されたということだ。高価なものだろうが、再利用できない理由があるに違いない。知りたい。

 
先走って信号機の写真を挙げたが、トンネルを出るとこう見える。

 
覆道を出たところ(西口)。覆道に「索道平隧道」と掲げられている。

この「索道平」というのは有峰第一発電所工事にちなんだものと思われる。和田川左岸の工事のために、右岸の有峰林道から合計4個所にケーブルクレーンやロープウェイが架設された。その索道のなにかしらの施設があったのだろう。



●関連項目
・埋められた大萩隧道(有峰林道)
・イタドリ隧道(有峰林道)
・信号があった真谷トンネル(有峰林道)と和田川第一発電所
・ニンニク隧道









有峰林道の半四郎トンネルと新真谷(まだに)トンネルに沿って旧道があり(赤く塗った部分)、いくつかの隧道が残されている。イタドリ隧道に続いて真谷隧道。

 
西口坑口。右が谷側、和田川第一発電所に至る道。行っても施設は見えない。

 
真谷隧道に入ると、天井で蛍光灯が赤く明滅していた。かつては常時点灯していたのだろうか。内部はかなりの急勾配で、真正面は開口部。

 



開口部。発電所方向からこの隧道に乗り入れる向きに、信号が取り付けられている。いまはこれと対になる信号機はないが、この真谷隧道の前後にも信号があったのかもしれない。

冒頭に貼った2009年当時の「ウォッちず」からキャプチャした地図では、このあたりでトンネルがいったん途切れ、橋で川を渡ってまたトンネルに入るように描かれているが、実際はそんなものはない。現在(2019年)の地理院地図では、連続したトンネルとして描かれている。

 
もう1個所の開口部。「あぶない!」と書かれている。和田川第二発電所へのルートだろうか。

 
真谷隧道東側坑口。信号機をつけていたと思われるステーや電線がある。坑門は、起拱線より上に、アーチを表す意匠がある。左に見えるのが和田川第二発電所。

 
標識。


さらに行くと、ゲートが降りており、新真谷トンネルの東側坑口に出た。ゲート前にはクルマが泊まっていた。北陸電力の関係者だろうか。


●関連項目
・埋められた大萩隧道(有峰林道)
・イタドリ隧道(有峰林道)
・ニンニク隧道



有峰林道の半四郎トンネルと新真谷(まだに)トンネルに沿って旧道があり(赤く塗った部分)、いくつかの隧道が残されている。旧道には和田川第一発電所と和田川第二発電所があるため、特に西側からのアプローチが残されているのだと思われる。

 
写真1。イタドリ隧道西口坑口。イタドリが多いのかどうかはまったくわからない。いまならスマホで画像検索すれば同定できるだろうが、取材時は2009年。

 
写真2。入ってすぐ振り向くと、右(山側)に冬季用通路への入口がある。

 
写真3。東に向かうと、衝撃的な光景。隧道内分岐だ。西口と同じ断面積に見えるのは、向かって左、素掘りのほう。右は、改良工事で新しく掘られたルートだと思われる。

 
写真4。右を進むとシェッドがかかっており、シェッド越しに大量の水が滝となって落ちている。路面は桟橋のようだ。左のコンクリートの向こうには、先の素掘りの隧道がある。

 
写真5。シェッドを抜け、その先の隧道に入って振り替えると、右に素掘りの隧道の東側坑口。つまり、こういうことだ。




 
写真6。シェッドの「外」、山側に残された部分。谷側は破壊されたままで、山側に、片洞門のように覆工が残る。しかし、隧道と「片洞門」の境目、坑門の断面はきれいだ。ここが覆工の継ぎ目だとしても、ここまできれいになるものだろうか。カッターで切ったようにも思えない。

 
写真7。イタドリ隧道東側坑口。土手っ腹に穴が開き、シェッドで覆われていたが、かつてはきちんと1本の隧道だったはずだ。


●関連項目
・埋められた大萩隧道(有峰林道)
・ニンニク隧道












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