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昨年末、「上厚内駅の跨線橋はハーコート製」という情報がtwitterで入ってきたあと、@Einshaltさんと、末尾にあるようなやりとりをした。なんと、直別駅の跨線橋も同様ではないかというのだ。

 
跨線橋にしては、頑健にすぎる。歩道橋なのだから、プレートガーダーとしても、こんな強度はいらないだろう。

 
プレートガーダーの中央に、銘板がある…が、あいにくレンズは105mmまでしか…

 
拡大しても、塗料がひび割れていて、全然わからない…。


 
上に上がると、左右のプレートガーダーは、直別駅のホームのように位相をずらして並行している。

 
 
西側のプレートの、階段と接する部分は、本来の「端部」のように見えるが、後述するように桁裏を見ると下フランジは端部まで達しているので、階段と接す津部分からプレートが欠き取られ、そこに補剛材が「偶然」見えているのだろう。他端は切断されている。

 
 
となると東側の階段に接する部分には垂直の補剛材がない。他端は切断。

 
 
東側。やはり銘板があるが、読めない…。

 
 
左右のプレートをつなぐ横桁は、本来のものを転用しているのだろう。鋼床版との接続部はボルト留めだ。

* * *

さて、twitterでのやりとりは、こんなである。



今回、現地を訪ねたのは月曜日。浦幌町立博物館は休館日だったので、立ち寄れなかった。後刻、同(非公式)さんからお声がけをいただいたのだが、また今度おじゃまします。




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カプセル駅 古津駅に跨線橋の写真を掲載しているが、2017年6月に訪ねたところ、改修されていた。

(旧)


(現)
 
 
屋根などはそのままなので、内張・外張を撤去、骨組みを露出させて一部取り替えて耐候化、桁部分は窓の数が違うのでサッシも取り替え…だろうか。




かわいい駅舎(旧記事より)。


写真の都合で(他の人の写り込みをなるべく避けたため)盛大に歪んで写っているが、もちろん実際にはきちんとした形をしている。ここまで行くとデパースするのは無理なのでこのままで。

コンクリート製の比較的新しい跨線橋。

背面を見ると取水堰の管理棟のようだ。

内部は狭い。すれ違うのがやっとだ。もっとも、必要にして十分なのだろう。

なかなか読みづらい銘板。

施工 株式会社木下組
概要 階段部 鉄骨及び鉄筋コンクリート造
       巾=1.5m
   基礎 RC杭 Φ300
      本屋側 L=6.0m 16本
      向側 L=7.0m 24本
しゅん功 昭和57年7月


かつて、磐越西線はどの駅も構内踏切だった気がする。あるとき、跨線橋がついていて驚いた。この跨線橋の竣功年から見ても、昭和50年代終盤に要所でなされたものと推測する。いまは棒線駅になってしまった鹿瀬駅にも跨線橋が架けられた。もちろんいまは撤去されている。はかない命だった鹿瀬駅の跨線橋にくらべれば、この馬下駅の跨線橋はきちんと機能している。


東日本大震災の影響で分断されている常磐線の、関東側の最北端にあたり竜田駅。18きっぷシーズンとはいえ、乗降客はまばらだ。2面3線あるホームは、駅舎から遠い3番線のみを使っている。

このように、駅本屋と直結する1番線と、2番線・3番線ホームとの間は、線路を横断する形で通路が設けられている。写真に写っている場所と、撮影時に立っていた場所の2箇所。

跨線橋は必要がないからだろう、簡単な柵がしてあった。跨線橋そのものは、桁タイプである。

* * *

駅の北側の踏切からホームを見る。ここまで列車は入ってこないため、既に線路は草で覆われている。

その反対側、北を見る。写真に見えている架線柱で、架線は終わっている。そのように改変されたのだ。

線路脇の雑草の背丈が高かったので近づいてよく見ることはできなかったが、写真の電柱が架線終端、碍子を挟んでその末尾に錘がぶらさがっている。

上り線の場内信号機は、バツ印が打たれていた。

周辺は帰還困難区域であり、小学校も移転している。とはいえ人の姿はあるし、防犯のため、巡回のクルマが走っている。




 
JR宗谷本線豊富駅の跨線橋。なんとなく、不格好に見える。冒頭の裏側から見たものは水門のように見える。また、階段部ともに窓が大きいからだろうか。…いや、それもそうなのだが、よく見ると、階段部の窓の位置が不揃いだ。

橋脚は壁式のような形。跨線橋部分はコンクリート主桁。5主桁の上に張り出し部分を含めて床版がある。まさに「橋」。

階段内部。外観のとおり、踊り場はあるものの、天井は直線。

橋脚にあった銘板。

豊富駅こ線橋
設計 旭川鉄道管理局
施工 株式会社富田組
構造 桁 PC桁 全長 14M20
   階段及び脚 鉄筋コンクリート造
   きそ RC桁D=0M26 ℓ=8M0 本数40本
着手 昭和41年6月
しゅん功 昭和41年8月

 豊富駅舎。昭和41年築なので、跨線橋とほぼ同時ということだろう。当時の国鉄設計の流行に従い、腰部はタイル貼り、窓および窓上は大きなガラス張り。北海道らしく、煙突が2本抜けている。

  内部。無人化から30年近くたっているものの、駅事務室が喫茶店「きっさ ステーション」に改装されて人が常在しているためか、まるで有人駅のようなぬくもりがある。改札口の箱も、おそらく出札・集札を区切っていた人研ぎの仕切りも健在だ。








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