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20120714_007.JPGJR八高線、東武東上線、秩父鉄道の結節点たる寄居駅。管理は秩父鉄道で、3面あるホームのうち、秩父鉄道が発着する中央(3・4番線)のホームに最適なように駅舎がある。

この橋上駅舎から伸びる跨線橋がおもしろい。ネットの地図の衛星写真で見ると、駅の南北をつなぐ自由通路と、それとは別に駅舎部分から南(東上線)北(八高線)のホームに古い跨線橋が延びている。今回は、北側、八高線のホームに延びる跨線橋を見る。

20120714_006.JPG真横から見る。左端、「寄居駅(北口)」とあるのは橋上駅舎の出入口、自由通路。そこではなく、奥の跨線橋の階段を見てほしい。

どう見ても、古い跨線橋の一部を使い、その「上」と「下」に階段を継ぎ足して橋上駅舎の高さに持ち上げている。古い部分の支柱は古レール、新しい部分は当然、鉄骨だ。

「上」の階段を中から見る。
20120714_009.JPG橋上駅舎と同じ高さの新設部分から。中央に見える踊り場が、旧跨線橋の一部。

20120714_010.JPG
新設部分と古い部分の接合部。

20120714_011.JPG古い部分の支柱は古レール。見れば、部材を剥がした跡がある。

20120714_017.JPG「下」の階段(新設部分)を外から。

20120714_016.JPG20120714_015.JPG中央部分を支える古レール。シェフィールド、1884年。奥はウニオン、1887年。125年以上前にアメリカやドイツで造られたレールが、何度か転用されるうちに、最後のお勤めとしてこうして支柱になったのだろう。いまもこうして使われているのが嬉しい。

<関連項目>
小川町駅の跨線橋は3主桁のトラス橋
小川町駅の跨線橋は3主桁のトラス橋(再訪)
小川町駅の跨線橋(東上線-八高線)
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小川町駅の跨線橋は3主桁のトラス橋
小川町駅の跨線橋は3主桁のトラス橋(再訪)の続き。

20120712_008.JPGこの写真の、左側に少しだけ見えている跨線橋。右の白い3主桁の跨線橋とは明らかに様子が異なる。

20120713_001.JPG東上線3・4番線から八高線5・6番線を見る。階段部分、踊り場より下は改良されたことが見て取れる。

20120713_002.JPG5・6番線から見る。

20120713_003.JPG反対側。

トラスはなかなか複雑に組まれていて、上弦と脚が古レールで下弦と斜材はアングル材。しかし…

20120713_004.JPG桁の下部には3本の古レールが縦桁として使われている。下弦同士を結ぶ横桁も古レールだ。床版は木製。

20120713_000.JPG跨線橋内部。狭い。屋根の△もアングル材で組まれている。

さて、脚。

20120713_006.JPGなんとか細い! これで大丈夫なのかと心配になってしまう。脚の間を対角線状につなぐ部材は、上は古レール、下はナシ。古レールは小川町駅の跨線橋は3主桁のトラス橋(再訪)で触れたのと同じように突き合わせて溶接されている。下部がないのは、3・4番線のものは後年の補強が入っていることを考えると、利用者の数の差だろう。

20120713_007.JPG振り向いて階段を向く。踊り場の下に新しい橋脚。

20120713_008.JPG階段部分の下部、横桁に古レール。その古レールは、階段部分の縦桁(というのか?)に突き合わせて溶接されている。

20120713_005.JPG脚、他の部分もこんな溶接。ほんとうに大丈夫なのか、と思ってしまう。

* * *

小川町駅は会社の上司が利用しているのだが、3主桁の跨線橋についても中央の手すりのようなものが古レールであることすら知らなかったそうだ。まあ、普通の人はそうだよな…。




小川町駅の跨線橋は3主桁のトラス橋の続き。再訪した。

20120712_000.JPGどうですか、この3・4番線の跨線橋の脚。

ここ東上線小川町駅の跨線橋は、1・2番線から3・4番線に渡るものが古レールで組まれたプラットトラスで、なんと3主桁なのである。3・4番線から5・6番線への跨線橋はまた別の機会に紹介する。

さて、その3主桁。今回はたくさん写真を撮ってきた。

20120712_001.JPG1・2番線から裏側を見る。トラスの下弦にあたる古レールは横倒しに使われている。即ち底面と頭頂部がレール方向、側面が天地方向になっている。見た目だけで書くと、割と適当にガセット当ててリベット留めしてあるように見える…。床版はコンクリート。

3主桁になった理由は現時点ではまったく不明だが、おそらく右側(東=池袋方)の幅で造られた跨線橋に、左側(西=寄居方)を添接したのだと推測する。よく見ると、横桁(画像で横方向=線路方向の部材)と下弦(写真で手前→奥行き方向=枕木方向の部材)の付け方が、明らかに右と左と出異なっているからだ。

下記に掲載するが、当初の姿をそのように推測すると、「1・2番線ホームから5・6番線ホームまでの跨線橋が一直線になる。脚も、中央右のもののほうがより古く見える。また、中央の下弦のレールと右の下弦のレールが底面同士で向き合っている。なお、右の箱状の脚はエレベーターである。

20120712_002.JPG角度を変えて。ホームの屋根を切り欠いている。3・4番線のホーム上屋(向こう側)は古レール支柱だが、こちら1・2番線のものは鉄骨を使った新しいもの。

20120712_003.JPG中。1・2番線側から3・4番線側を見る。画像右側の通路が「最初に造られた跨線橋」、左側は添接されたものと推測する。屋根を後から掛けたものとすると、頭上の横桁は、右側の通路の上で基本的に完結していて、トラス桁との接合部も対照的になっている。左側の頭上の横桁は、いかにも継ぎましたという感じで、事実、中央のトラス桁の上ですべて継ぎ目板を当てて接合されている。当初から3主桁で造られたのであれば、頭上の横桁は1本のレールにしたほうが手間が少なく強度としてもあるはずだ。

20120712_004.JPG添接されたと推測する側。中央のトラス桁の上弦と頭上の横桁との関係が、おかしい。

20120712_007.JPG3・4番線に降りる階段。こちらは鉄骨で組まれている。

20120712_009.JPG3・4番線の脚。東から西を見る。なんというバラバラ加減。

20120712_013.JPG西から東を見る。

奥の脚、対角線を結ぶ部材は…
20120712_010.JPGなんだか不安定だなあ…。
いや、曲がらなければ理にかなってはいるとおもう。

20120712_011.JPG横から見るとこんな。奥が4・5・6番線。脚は3本のレールから成っているが、1本、太さが異なるレールが使われている。

説明しづらいが、線路方向の面の上部の「□の中に×」と下部のソレ、部材が異なる。上は前日したとおり、一つの対角線を1本のレールが、もう一つの対角線は中央で切断された2本のレールが使われている。一方、下部の「□の中に×」の部材は、I型鋼やL字アングルである。下部のほうはあとから補強したのだろう。


ながくなるので続く。
20120620_000.JPGJRと東武東上線の接続駅、小川町。東武「東上」線は、東松山からほぼ西に向かっているので方向感覚が狂ってしまうのだけれど、この跨線橋は南側=駅本屋につながる跨線橋である。見ての通り、古レールをプラットトラスに組んだもの。写真は東を向いていて、右が南である。

20120620_998.jpgご覧のように、ホーム上屋の支柱も古レール。線路方向の梁として、レールを縦に2本重ねているのだけれど、下側が/ ̄\になっているのを東武ではよく見かける。

20120620_002.JPG階段部分を覗く。よくある跨線橋……ん? なにか見える。

20120620_003.JPGなんだこれは?

一瞬、歩く方向を分ける柵かと思ったが、もちろんそんなことはない。おそらく上弦の上に乗っかっている横梁は、上弦とつながっているだろう。アングル材を添接しやすいレールの底面が向こう側なので、反対側の写真を撮らなかったのが痛恨なのだが、時間がまったくなかったので仕方がない。

となると、跨線用としては珍しい、「3主桁のトラス橋」ということになる。3主桁のトラス橋は日本の鉄道創業期の複線桁にもあったし、条件によってはあり得るのだけれど、跨線橋のような、たいして荷重のかからないもので3主桁は、過剰な構造なのではないだろうか? こんな跨線橋は初めて見た。

古レールの陽刻には「6040 CARNEGIE 1922」と見える。また、左に監視カメラが見えるが、これは日立製。まったくの印象なのだけれど、珍しい??

20120620_999.jpg冒頭の写真を拡大すると、たしかに、跨線橋の裏側には主桁(トラスの下弦)が3本見えている。




この跨線橋は、北側=八高線ホームにもつながっているのだが、まったく形が異なる。

20120620_001.JPGアングル材をプラットトラスに組んでいる。

20120620_004.JPG中はこう。幅は、東上線のものよりも狭い。

しかし、どちらが先にできて、どちらが継ぎ足されたのか、そこまで見ることができなかった。近々再訪して、もっときちんと見てこようと思う。

 
20120308_006.JPGしなの鉄道と長野電鉄屋代線が共同で使用する屋代駅。駅本屋と直接つながる1番線(しなの鉄道)、島式ホームの2・3番線(しなの鉄道)、1本の通過線を挟んで長野電鉄の5・6番線島式ホームを、1本の跨線橋が結んでいる。

その跨線橋、途中で全くの別物になる。元はJR/国鉄であるしなの鉄道側は幅も広く近代的に改装されているのに対し、長野電鉄側は、幅は狭く、木製なのである。

20120308_009.JPG木製ゆえに、ハウトラス。何度もこの駅を通っているが、まったく知らなかった。

20120308_007.JPG跨線橋の上屋だけでなく、梁も、脚も木製。いまとなってはかなり希少なものだ。

20120308_000.JPG階段を昇ってみようか。窓などないから、風が通る。

20120308_001.JPG跨線橋に上がったところから、駅本屋方向を見る。ハウトラスとして、圧縮力がかかる斜材は木材だが、引張力がかかる垂直材は鉄の棒だ。

20120308_002.JPGその場で振り返ると、端部はこうなっている。階段部分は下に脚があるので、トラス構造のフレームにはなっていない。

20120308_004.JPG後ろ向きのまま後退して、長電方向を見る。

20120308_003.JPGさらに後退し、しなの鉄道2・3番線の上あたりで、長電方向を見る。長電側が木造で幅も狭いのに対し、しなの鉄道側(繰り返すが、元JR/国鉄)は鉄骨構造だ。もう、すべての規格が異なっている。

20120308_010.JPG少し角度を変える。長電側の屋根には垂木はなく、左右のトラス上弦をつなぐ上横桁から天方向に束を突き出し、束を結ぶ形で棟木が上げられ、その棟木から上弦に向けて屋根板が張られている。

20120308_005.JPG斜材の存在感は、こんな。

20120308_008.JPG裏側はこんな。やはり、下弦材の上に床板が通されている。

20120308_011.JPG参考までに、しなの鉄道側の跨線橋。なんて立派なんだ…とは感じるけれど、古レールを利用したものだ。しなの鉄道側の跨線橋は外観含めてまったく撮っていないという間抜けさ。古レールはワーレントラスに組まれている。


この貴重なハウトラスは、屋代線廃止とともに解体されてしまうのだろうか。それならそれでしょうがないけれど、秋の蒼空の下で撮ってみたい。


20120308_111.jpg手元に、国鉄時代の屋代駅の入場券があった。前後の経緯からして、18きっぷで新潟→郡山→三郷(親戚宅)/つくば万博/?(鶴見線など?)/信越線→新潟、という旅をしたようだ。懐かしい。
 


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