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高知市の西隣、須崎市の内ノ浦湾(横浪三里)。リアス式海岸の横浪半島が大きく東に張り出していて、湾を取り囲む地形はいずれも道路交通を厳しいものにしている。そのため、公共交通として、湾内に須崎市営の巡航船がある。

ヨコナミといえば、『シャコタン☆ブギ』(楠みちはる)だよね!

架空の描写も多いし、だから「ヨコ波」になっているのかもしれないけれど、中学生のころにリアルタイムでこれを読んでいて、「高知といえばヨコナミ」 は刻みつけられましたね。いまは現地に「ヨコナミ」と書かれた記念撮影できるようなポイントはなかったと思う。

●横浪


今回、湾の北側の巡航船のりば3ヶ所を巡ったけれど、どこも「巡航船のりば」のような案内はない。「バス停以下」の存在感。これは西側、横浪。

 
横浪ののりば。ここにも「バス停」のようなものはない。堤防があるので、この向こうにのりばがあるとことも想像できない。

 
手前は巡航船の「第一くろしお」、奥は「第五くろしお」。この時間帯はちょうど第2便の折り返しの間。鉄道やバスで言えば「折り返しの待機中」だ。

 
 
「第一くろしお」と「第五くろしお」。

●深浦
 
 
ここは、堤防に「巡航船のりば」と書かれている。

 
写真中央の突堤状のところの突端につけるのかな。

●埋立
 
埋立(うめたて)。ここは、カーブミラーの下に「埋立市営巡航船のりば」の標柱がある。「埋立市営」と読めてしまう。この奥真正面に進む。

 
この防潮堤を上って下りると船着き場がある。矢印をした右の建物は待合室。現地では気づかなかったので写真を撮っていない。迂闊。
 
 
船着き場は干満差に対応している。

バイク旅だと、なかなかこういう航路に乗ることができない。かといって鉄道だと、バス乗り継ぎも含むので、相当に時間を食う。それでも、ここに半日当てるだけの意味はあると思う。次の機会に。



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2022のGW、柳井港を1時に出港する、柳井三津浜航路の深夜便に乗った。この航路は防予フェリーと周防大島松山フェリーの共同運行で、1時の便は後者だ。

 
6時間くらいかけてくれれば眠れるのだけれど、所要2時間25分。かといって、20時とか22時の便に乗っても松山での寝床の確保がめんどう。そもそも「深夜航路」というのがお楽しみだしね。

 
暗くなってから、ジョイフルで夕食をとりつつ時間をつぶし、それでも出航の3時間近く前に港についてしまう。

 
ここで横になるのは少し抵抗があって、外のベンチでうとうと。

 
そのうち、折り返しこれから乗るフェリーが入ってきた。しらきさん。周防大島松山フェリーの所有。

さらに、防予フェリーのおれんじじゅぴたーが到着。桟橋に2隻が並んだ。

 
出港20分くらい前になってやっと乗船。で、バイク、タイダウンやロープで固定しないの…? 瀬戸内すごい。

 
 
しらきさん。


出港。

船内ではベンチに横たわって眠った。0325松山の三津浜港着。まだ暗く、寒いのでフェリーターミナル内のベンチで約2時間ゴロゴロして、市内の唯一(?)の24時間営業ファミレス・ココスに移動、ソファでゆっくり休む。朝食バイキング、けっこうな人気だった。









 
2021年末のツーリング、東京から和歌山まで行き、その日のうちにフェリーで徳島に渡るつもりだったが、思わぬ降雪のため途中の四日市でホテルに避難したので、2日がかりで和歌山港に着いた。南海フェリーには2010年に乗ったがそのときは写真を撮っていない。


乗船待ち。夕陽が落ちてくる。

 
 
バイクが先に乗船する。進行方向に対して斜めに固定する。

 
西日に向かって海上を走る。

 
徳島港。下船後、近くに留まれないので少し離れて見ていたら、船を積んだトレーラーが下りてきた。

* * *

 
帰路も利用した。徳島港はこのようにドライブスルー型で乗船券を購入、そのまま待機場に入る。

 
12月30日の夜。港の冷たい空気は、旅の記憶を振り返るとまたそこに佇みたいと思うけれど、現実にそこで待機している間は、ひたすらかじかんでいた。



 
徳島港の出港を眺めていたが、係留索を外す人がいない。…と思ったら、ポンッという音とともに索が弾かれた。


 
2021年11月、紀伊半島に行く際に伊勢湾フェリーで渡った。早朝に東京を発ち、豊川でまでは高速、豊川放水路橋梁を見てから渥美半島を延々走っていくので時間が読みづらい。

伊良湖発は9時30分、10時50分、その次は13時40分だ。10時50分発に乗りたいが、もし乗り遅れると13時40分着。鳥羽に着いたあとの行動時間がすごく短くなる。そんなリスクもあるので宿も取れない(せっかくなので明るいうちしか走りたくない)。そこで東京を4時に出たところ、順調も順調で、9時30分発に間に合ってしまった。

 
車両甲板は、バイク用のスペースがあった。ここでは、床からシートをまたいで逆側の床にタイダウンで留めるタイプ。船内は、祝日ということもあってけっこうな混みようだった。



乗船券。裏面には赤福の広告が2色で印刷してある。


伊勢湾フェリーには、1995年に鳥羽から乗って以来だ。

これは当時の乗船券。左は切り取り線。右端に「師崎のりば」とあるように、知多半島~鳥羽という航路もあった。そちらはその後、常滑港に切り換えられたが、短期間で休航となった。


裏面の赤福の広告は赤1色刷。

 
ぼくはTT250R。GWなので混んでおり、たしか1本待って乗った気がする。並んでいるバイクを見ると、いかにも1995。ZZ-R、TZR、TRX850、左はエリミだろうか。ここが指定された待機所なのだが、歩道上だ。現在ならコンプライアンス的にこういうことはしないだろうな。

こうして、「かつて乗ったことがある/走ったことがあるけれど、GPSログがないところ」の再訪は続く。




 
津軽海峡フェリーや東日本フェリーの青函航路や、八戸苫小牧のシルバーフェリーの利用は何度もあっても、大間函館航路を利用したことがなかった。函館にあがっても、ツーリングのメインとなる道東や道北まで遠い、という理由もある。でも、乗っておきたかったので乗りに行った。

 
猛暑の中、東京から一気に大間まで行くのは、途中で三陸を走るということもあり、1日で行ってしまうか1泊にするか、行き当たりばったりだったので、事前の予約はしなかったが、暑さもあって八戸で、翌朝の大間発の便を予約しようと青森支店に電話した。しかし、「満席です」。あちゃー…。7時の便の次は14時10分だ。時間をもてあます。じゃあ八戸苫小牧にするか。

そう思って、ダメ元で、今度は大間支店に電話してみたら、あっさりとれた。聞いてみると、昔の国鉄のように、支店ごとに枠があるらしい。青森支店の枠は少なく、大間支店の枠は多い、と。よかったよ。

 
大間に行く途中、北海道がよく見えた。駒ヶ岳まで見えるぞ。距離でいったら70kmくらい。

 
そのまま走って、大間崎近くの、キャンプしてもいい公園へ。無料。風呂はバイクで5分くらい。近くには旅館も多く、そこに泊まっているバイクも多かった。そういう人と話をしたが、やはり漁師が経営しているらしく、夕食はまったく食べきれないほどだったそう。そういうツーリングもしてみたいが、テントの気楽さ…「やーめた」もできる気楽さがよくてね…。


食堂が一つだけ開いていた。マグロ船の船長がやっている店だ。食べきれないよ…。

 
干しタコ。大500円、小300円。頭と足を一つずつもらう。食べきれないので翌々日まで楽しんだ。

 
翌朝、5時前に目が覚めた。いよいよ乗船。

 
大函丸は、ハンドルロックタイプ。タイダウンは左右2本。

 

今日も快晴。

 
甲板にいたいけれど、あまりに陽射しが強いので、船内に入ってしまった。

 
函館港には、ナッチャンWorldがいた。一度、乗っておけばよかったよ。





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