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何度となく訪ねている、元守門SLランドにある29657とオロネ10 2085を、雪が降り始めた時期に訪ねた。まだ長靴で行ける程度の積雪。

 
これ以上近づかないで、というロープは雪に埋もれている。とはいえ、それを冒すつもりはない。遠巻きに眺めてこそだ。

 
冬と雪が劣化を一気に進めることが感覚的にわかる。撮影は12月上旬、これから4ヶ月間、常に水分が供給される。

 
妻面の戸が開け放たれているだけでなく、各部のガラスが割れ、雪や雨は容赦なく車内に入り込む。当然、そうした耐候性など考えられていない車内はひとたまりもない。

 
運転台は開放式で、鉄ばかりだとはいえ、やはり、雪や雨の降り込みは厳しかろう。この目で見たことはないが、蒸気機関車末期に、解体を待つ廃車体のようだ。

 
この、折れてしまったデフレクターにもおかしな形で雪が積もる。曲がった部分はより早く劣化が進行し、いずれ折れておちてしまうだろう。



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たびたび報告が上がる、新潟の臨港埠頭からのJR東日本の205系電車の輸出待ちの光景。2018年12月初頭、おそらく連結順に8連が4本分、並んでいた。新潟みなとトンネルの換気口である山の下みなとタワー付近で、金網越しだが間近で見学できる。

 
信濃川河口に展開する新潟西港、右岸の、そのもっとも海側にあるのが臨港埠頭。対岸は西港の防波堤。

 
方向幕には「むさしの号 ジャカルタ」と入っている。武蔵野線で使われていた編成だ。これらの編成がいつ新津に配給されたかは、こちらの「205系京葉車両センター編成表(最新版)」というサイトに詳しく掲載されている。手前左は「49R」と窓に張り紙があったので、サイトによればM9編成で、2018年11月17日に配給されたものだと思われる。

 
整然と置かれている。

 
台車はこのように車体から分離しないようにベルトでつながれ、車輪の下に敷かれた木材は軸ばね受けと綱でつながれている。つまり、このまま吊り上げ、このまま置けるようになっている。

 
山の下みなとタワーに上がると、その右側には鉄の廃材置き場。そこに転がるレインボータワーの支柱。

 
長年、新潟市内のランドマークとして万代シティの位置を示し続けたレインボータワー。休止、そして解体は、新潟市民だけではなく、多くの新潟ファンが話題にした。私は個人的には記憶の中では一度も利用したことはないので、休止・解体についてなにかを言える筋合いではない。

 
こうやって転がしておいて、あとで切断するのだろう…と思っていたら、2018年12月24日、進展があった。

夜鷹氏により下記の写真がアップされたので、転載させていただいた。


鋼管は軸方向で半裁されている。また、205系も数が減っているという。

年末に新潟に行けば、まだレインボータワー支柱の形があり、また、205系もいるかもしれない。


【2018年12月29日追記】
夜鷹氏より続報。
 

 
徐々に解体が進んでいるようです。

また、205系は6両になったそうです。





 
(写真は1981年頃)

新潟県の越後線の東柏崎駅。通称「西線」といわれる閑散区間にあるが、柏崎駅付近へと一続きとなった市街地で、駅正面の道をいくとすぐに雁木のメインストリート、それがそのまま柏崎駅前のメインストリート、かつてはニコニコ通りといった道につながっている。

柏崎港付近にいた祖母は、越後線で新潟に出るときは、いつも最寄りの柏崎駅ではなく、この東柏崎駅を利用していた。「昔は比角(ひすみ)と言ったんだ」と言っていた。かつての柏崎遊郭は、この付近である。戦前に芸妓だったらしい祖母にとっては「最寄り駅」だったのかもしれない。

その東柏崎駅に、とくに理由もなく立ち寄った。

 
入口の戸が空いていた。真正面に立つ柱は、古レール!?

 
 
見えている部分では、4本。


 
改札口側。見えているのは3本だが、事務室内にもあるだろう。

 
水平方向には木が突き当てられている。

古レールが使われているのはここだけとも思えないので、見えているのは「見せている」のだと思われる。

 
ホームの屋根は、古レール支柱ではなく、通常のH形鋼。










 
対角線を緊張する部材のため、一瞬、仮設かと思ってしまうが、そんなことはない。滝上から続く街中にあるため、規模が大きい。

 
 
窓は3枚の引き違い戸に見えるが、中央のみが右にスライドする。

 
旧郵政書体が残っている。







 
麦山橋。奥多摩5橋の一つ。

 
中路のブレーストリブアーチ。アーチリブが「三日月アーチ」と呼ばれる、端部に向かって細るタイプ。大規模な内大臣橋が有名だが、こちらは支間66m。文末の資料によれば、三日月アーチは国内で9例、中路はうち3例しかない。

 
圧迫感がないのは、アーチらしいところ。これが支間60mのトラス橋ならば、かなりの檻感があることだろう。

 
1957年4月
東京都水道局建造
建示(1955)二等橋
製作大島工業株式会社
材質ーSS41


橋そのものについては『東京奥多摩町・青梅街道の昭和前期における橋梁の進展に関する研究』(紅林章央・前田研 一・伊東孝/PDF)に詳しい。





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