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大崎上島の木江小学校に、動輪が保存してある。大きさとカウンターウエイトからして、D51・D52・D61・D62いずれかの第1・4動輪のどれかだと思う。

 
近寄れなかったので肉眼ではよく見えず、なので写真に撮っておけばあとで刻印が読めるだろう、などと思ったのだが、よく見えない…。

 
輪心部分をトリミングして、コントラストを高めてみると、「525」と読める気がする。「625」かもしれないが、「525」な気がする。

RM2008年9月号付録の『機関車表』を見る。

D52 5 1949.3.29廃車(国府津)
D62 5 1966.7.11廃車(一ノ関)

蒸気機関車末期の、各地からの「保存させてくれ」という要望に、遠い地から無縁の機関車が運ばれてくることも多々あったので、D625の可能性はある。あるいは、早期に廃車になったD525の動輪が、全検等で他の号機の動輪と振り返られ、動輪だけが生き延びた可能性もある。D52そのものは、山陽本線での運用は昭和41年までなので、そのときに廃車になった車両の動輪が保存されるには、ちょっとまだ時期が早い気がする。

もしかすると、D525の動輪がD51のどれかの号機と振り替えられ、蒸気機関車末期にそれが廃車になると動輪がここ大崎上島にもたらされたのだろうか。そもそも、D52とD51の動輪振り替えなどはありうるのだろうか。

 
木江小学校正門の、この位置にある。














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海が見える、いまは石油販売店の駐車場になっている一角に、shellのフラッグがある。1964年に制定されたVM(Visible Manifestations)の様式と思われ、以来、何度かの改訂の歳にも塗り替えられることなくここは閉鎖されたのだろう。
 
南北方向にある防火壁……すなわち壁面は東と西を向くが、退色しがちな赤も黄色もしっかりと残っている。



spl.thnx : @g_stand




 
 
バイクで大崎上島をぐるりと回っていたら、沿道の佐々木造船に、飾り付けられた船があった。薬玉とシャンパンがある、間違いなく進水式だ。芸予諸島に行ったのは、造船所や船を見たいというのもあったので、あまりにもラッキー。もちろん造船所のサイトなどでの予告もない(調べてもいないが)。

造船所の方が近くにいらしたので聞くと「13時からだよ」とのこと。いまは12時10分。見ていたら、この後に行こうと思っていた大崎下島には行けなくなるのだが、それは翌日回しにすればよい。

 
船は「STAR LIGHT」。佐々木造船の699番船。

 
海上には、愛媛造船サービスの「愛船丸(あいせん)」と「とさ丸」が待機している。


開始30分くらい前から、ポツポツと人が集まりはじめた。ほとんどが地元の方だろう。直前になると、会場内はけっこうな人出に。といっても200人くらいか。私は会場内ではなく、一段上の車道で見学。そのほうがよく見えると思ったからだ。

13時前くらいから、上の写真左下の椅子のところで記念撮影。そして13時から壇上でセレモニーが始まった。


本船の発注者はサザンパシフィックホールディング。オーナーだろうか、女性が手にした斧で索が切られると、連動して、舳先からつるされていたシャンパンが船体に叩きつけられて割れ、薬玉が割れ、同時に船は長緩気笛を吹鳴しながら後ろに滑り落ちてゆく。

 
ざざーーーーんんんん……。割とあっけないが、関係者にとっては安堵の瞬間だろう。

 
タグがつき、索を引いていく。

 
祝いの餅まき。中央の女性が斧を手にしていた方。斧は記念に贈呈する旨の放送が入る。

 
会場を後にすると、タグ2隻で船体を操縦していた。

 
この後、しばらくして、佐々木造船の作業用岸壁に据え付けられたようだ。これから艤装等を行うのだろう。いつか、この船が航海しているところに出会ってみたいものだ。













ブログ『レイルエンヂニアリング』の大町パルクさんが、コミケで頒布した2冊。大きい方が「Special Turnout Switches(STS)」つまり特殊分岐器(ぶんぎき)、小さい方が「Specified Railway Turnout System(SRTS)」つまり特殊な鉄道の分岐システム、というタイトルどおりの内容だ。

「STS」の内容は、三枝分岐器、複分岐器、三線式分岐器、ダイヤモンドクロッシング、シングルスリップスイッチ、ダブルスリップスイッチ、脱線分岐器・乗越分岐器・横取装置、その他特殊なもの…となっていて、三枝・複・三線式…などは、日本国内のものを網羅したものとなっている。

小学校4年生の頃、シノハラのダブルスリップが本気でほしかったり、写真に撮ったり、いろんな分岐器の絵をよく描いていた程度には関心があった分岐器。そのころからとくに知識をアップデートしているわけでもなかったので、本書を見て、かつては全国の操車場にたくさんあった三枝分岐器がもう数えるほど、JR線上では1カ所しかなくなっているということを知り、非常に驚いた。ということは、ダブルスリップも、かつてほど多くなく、減少傾向にあるということだろうか。

ただでさえ維持に手間がかかる分岐器なので、その「特殊」なものは、製造も維持もさらに手間がかかるものに違いない。『鉄道をつくる人たち』(川辺謙一著/交通新聞社)では関東分岐器に取材している。

駅の配線の考え方も、国鉄時代と現在では大きく異なる。たとえば、かつては振り分け分岐器(振り分けの率が1:1のものを「両開き」「Y字」などと通称する)が多用されたが、1980年代以降(かな)、「1線スルー方式」が増え、そのように修正されてもきた。今回、写真の本が出たので、次はぜひ「分岐器における、運用側・製造側の思想の変化」をぜひまとめていただけないだろうか。


大町パルクさんの、「それを見に行くために、遊園地や沖縄まで行く」という行動力はすごい。コミケ当日には売り切れてしまったとのこと、現在、再販すべく準備中。下記リンク先から購入できる。






 
紀伊半島最南端、潮岬の半島の東に「(紀伊)大島」がある。かつて潮岬に来たときには、まだ串本フェリーが運航されていたが、いまは「くしもと大橋」が架けられ、陸続きとなっている。途中の苗我島にループ橋があり、高度を稼いでいる。その紀伊大島は、現在でも3000人を越す人口がある。

いちばん大きな集落は北側の大島だが、南側に須江という集落がある。そこにあるのが、この赤い、かつての山小屋建築のような須江郵便局だ。上の写真は丈夫に向けてパースがついているのではなく、前面が後傾している。

 
前面の出っ張りの側面に入り口。

 
その前面も後傾している。

 
屋根は事実上の片流れ。









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