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「カストリ雑誌」という言葉は、高校の日本史で習ったような気がする。カストリ焼酎の「3合でつぶれる」にひっかけて「3号でつぶれる、粗悪な紙に印刷された、エログロ雑誌」というような形で。

そんな「カストリ雑誌」の創刊号(出版業界では「創刊」は雑誌コードを取ったものに使うので、「創刊」にはいくつもの意味があることにご留意いただきたい)の表紙を116冊分掲載し、分析を試みたのが、本書である。購入はカストリ書房およびサイトより可能
 

「表紙だけを集めても、中身がないと…」とか「資料性はあると思うが…」などと思うことなかれ。多くを集め、同じ距離感で眺めることで、見えてくるものがある。それは『街角図鑑』しかり、私が尊敬する方々の収集(具体的にモノを集めるという意味ではなく、同じカテゴリを見続けるという意味)で、私たちは十分に感じている。

まずは、116冊におよぶ表紙を眺めて欲しい。私がそこで気づいたのは「昭和23年5月創刊が、やたら多くないか?」ということだ。

次いで、タイトルや表紙に謳われた惹句を眺めて、ああ、この時代にはこの単語がそういうイメージで使われているのか、ということも大いに感じ取ることができた。当たり前だが、性に関する意識、行為ともに、現代とは比較にならないほど「幼い」とでもいおうか、そういう時代である。

これは、イラストやデザインの知識がある人はそちらが気になるなど、各人の素養に大きく左右される部分があるだろうが、とにかく一通り眺めることで、カストリ雑誌の表の意図と裏の意図、あるいは志まで感じることができる。



巻末には、編集・発行者であるカストリ出版の渡辺豪氏による「カストリ雑誌小研究」と題された付録がある。創刊タイトル数、価格分布、ページ数分布の推移がグラフになっており、前述の感想は、まさにそのとおりだった。我ながら、直観がなかなかいいところを突いていた。


その付録の資料性は高く、収録された創刊号のタイトル、版元、創刊号の目次などが詳細に記されている。大日本印刷、共同印刷という、日本を代表する印刷会社も関わっている。

また、私はこれまでカストリ雑誌について解説された記事すら読んでいなかったが、付録を読み進めるにつれ、冒頭に書いたようなイメージがすべて誤りだったことを知る。

巻末に、渡辺氏による「カストリ雑誌とは何か」という解説がある。私は先に、116冊の表紙を眺めることで「カストリ雑誌の表の意図と裏の意図、あるいは志まで感じることができる」と書いた。私にとってはこの解説は、私の感想をもっと高みから俯瞰して分析し、考察し、定義し、あるキーワードとともに、現代の我々の感覚に直接呼びかけてくるものにしてくれた。ものすごく腑に落ちる解説だった。そのキーワードは、他の芸術界隈でも、時に、いや、よく耳にする言葉である。

* * *



2015年9月、東京・池袋の東京芸術劇場ギャラリー1にて「戦後池袋 ヤミ市から自由文化都市へ」という展示が開催された。そこで多くのカストリ雑誌が並べられ、自由に手にとって見ることができた。こういう場所と、カストリ書房に出入りする人たちが結びつくといいなと思う。芸術劇場に行った人でも、カストリ書房を知らない人、『カストリ雑誌創刊号表紙コレクション』を知らない人はものすごく多いだろう。そこが結びつきますように。


●関連項目
『秋田県の遊郭跡を歩く』(文・小松和彦/写真・渡辺豪)
『遊郭を行く1976』(遠藤ケイ)
『御手洗遊郭ものがたり 女は沖を漕ぐ』(黒川十蔵/カストリ出版)



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なぜこんな1車線の道路に…というところに、袖の長い防火壁に囲まれた小さな建物があった。給油所ではなくデリバリー専門だったのか。
 
しかし、「現金価格」という表示があるから、その場でガソリンを売っていたと思われる。計量器はあったのか。それともローリーなどから給油したのか。屋号には「油」が含まれている。




屋久島の安房貯木場を見学させてもらった。倉庫然とした建物の戸が、/\型だった。

見るに、吊り戸で、両開き。重さがあるからか、取っ手は戸の両側につけられ、両手で片側に引くようになっている。

幸か不幸か表側の羽目板が脱落しているので構造もわかる。斜めに板が打たれているのは表側で、裏側は長手方向に渡してあるようだ。

こういうのを見ると、菱形・バツ型含めて、戸の剛性を上げるために斜めに打っているのだと思うが、こちらが表になるのは、意匠的に優れているからだろうか。






 
長良川が木曽川と離れ、揖斐川と油島千本松締切堤を挟んで隣り合う場所にかかる国道1号・伊勢大橋。支間72.8mのランガートラスがなんと15連。その一つの土手っ腹に突き刺さる感じで、油島千本松締切堤を走る県道106号がぶつかる。


ランガートラスは、トラス橋をランガーで補剛したもの。上流側のこの部分のみトラスが切れることになるが、クルマが通るべき断面積を迂回してトラスが接続されている。(赤信号で停止後、青になって前のクルマが向こうに行った瞬間に撮影)

 
こちらは橋の中から。(赤信号で停止後、青になって前のクルマが向こうに行った瞬間に撮影)

 
これは下流側。「向こう側」まで桁の水平具合を見ると、不等沈下しているのがよくわかる。

* * *

この伊勢大橋は大阪鉄工所製で、1934年竣工。国道1号という大幹線でありながら2車線で、油島千本松締切堤からの合流もあり、慢性的な渋滞の原因となってきた。床版下部に補強工事を施すなどがなされてきたが、1976年には架け替えが事業化、1986年に都市計画決定、1988年からは用地買収が開始されている。それでも、現在になってもなお、現役である。

下記リンク先に、設計図等がある。

(参考)
「4.伊勢大橋」(山本誠司)鋼橋技術研究会






 
県庁所在地の中心部に、大協石油が残っている。幹線通りに面してはいるが住宅も建ち並ぶ場所で、新潟でいえば東大通りのようなところ。そういえば、東大通りには三菱石油がある(新潟駅近くに隠れていた三菱石油)。


 
更地になってはいるが、タイル張りだった路面はそのまま残っている。その敷地の狭さゆえか、奥行きはあるが、アイランドはひとつだけだったよう。

 
金網で囲まれているので、金網越しに撮る。金網の足下を見ると、水色のタイルが1枚、歩道側(写真下部。金網は少し奥まって設置してあるので、ここも敷地内)に飛び出してきていた。


spcl.thnx @g_stand




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