
小貝川橋梁と出自が同じと土木学会が推測している、五行川橋梁である。五行川は勤行川とも標記し、下館の南で先の小貝川に合流する。やがて利根川となる、一筋の河川だ。そこにかかるか細い橋が、この五行川橋梁である。
西側(下館側)に42フィートの鈑桁、益子側に100フィートの構桁がかかる。鈑桁はポーナルガーダー、構桁はイギリス式のポニーワーレントラスである。まずは鈑桁から。

さても奇っ怪なことに、スティッフナーの形状に2種類ある。J字形のものと、直線状のものだ。特に後者のものは、山形に沿って微妙に張り出しており、このような形式は1919年(大正8年)の「達五四〇号式」として制定された設計からである。
小貝川橋梁とは、スティッフナーの位置もリブの位置も数も、添接板も異なる。長さは20cmしか違わない、見るからに兄弟桁なのに、これはどういうことだろうか。これらの鈑桁の正体が、皆目見当がつかない。これらの桁制定時の図面を見比べれば、なにか思いつくことができるかもしれない。

対傾構はなく、「口」の字形のブラケットである。こういう部材の位置、数を調べておかないと、机上調査もできない。反省すべし>自分。

さて、構桁である。このように幅広い。そして、左右の主桁がずれている斜橋なのだが、横桁は主桁に対して垂直である。すなわち、上から見ると、主桁の片側だけがずれているように見える。橋台と主桁だけがずれている。

こんなならば、橋台も主桁も通常の形式にすればいいじゃないか、と思うが、これもねじりまんぽ同様、荷重のかかり方等の配慮のためなのだろうか。

横桁は魚腹状。これは小貝川と変わらない。
いまにして後悔しているが、両者を同じ角度で同じ部材で撮影してくればよかったと思う。そうすれば比較検討ができるのに。
これも、小貝川橋梁と同じく総武鉄道からの転用桁だと推測しておく。
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