この橋は京都府南丹市(旧八木町)にある大堰橋(おおいばし)。八木大橋、と書かれる場合もあるが、ここでは親柱に従い大堰橋とする。歴史的鋼橋集覧のページはこちら。ただし、「カンチレバートラス+RC単純桁」とあるが、図面はそれとは異なり10径間になっている。その図面は本邦道路橋集覧内の第4輯・突桁式鋼構橋と同じものだ。「突桁式」がカンチレバー式(ゲルバー式)、「構橋」がトラス橋を表す。現在の図面は南丹市の「広報なんたん」に通行規制のお知らせが出たときに掲載されたものがある。この図面では鈑桁は単純桁が3連、連続しているように見える。鈑桁が架け替えられたのは1996年だ。(「JR八木駅かいわい」asahi.com) この大堰橋がかかるのは桂川。この下流は保津峡を刻み、京都の西側を南下し、大山崎付近で宇治川、木津川と合流し、淀川となって大阪湾に流れ出る。 上流(北)から見る。3径間のカンチレバートラスと3径間鈑桁の組み合わせである。 手前に車道橋から独立した歩道橋がある。また、側面に電飾が取り付けられている。 西側(八木駅側、トラス側)の橋門はこう。 歩道を増設したときに、橋脚は更新されているようだ。 残された親柱にはこうある。 銘板。塗装で塗りつぶされて読めないが、反対側の銘板から推測して だろう。カゲロウがくっついている。 そのまま少し進む。 なにか、いまいち重厚な気がしない。リベット留めなのに、最近作られた橋であるかのような、のっぺりした印象がある。 そのまま東側のトラスの終端部。 歩道が手前に向かって拡幅されている。また、親柱は見あたらない。まあ、この後も鈑桁が続くので、ここにはないのかもしれない。 銘板。 西側よりははっきりと読める。左上に見えているものは電飾。 ちょっと視点を変えて。 そのまま東側へ。 鈑桁は3車線分あり、端部はこのようになっている。そして、親柱がある。 西側の親柱と同じ型式のものだ。当初よりあったもの(または架け替え時に存在していたもの)を、橋梁の拡幅とともに移設したのだろう。 鈑桁を見る。 図面を見ると3連の桁に見えるが、写真を拡大してみれば連続桁である。 そして、橋脚に注目。冒頭の、左右全体写真と合わせてごらんいただきたいが、開通時の昭和10年のものではない。 カンチレバートラス部分は歩道が付加された分、橋脚が幅広くなっている。鈑桁部分は桁が広くなったのだから、もちろんその幅の分、橋脚が幅広くなっている。鈑桁が架け替えられた1996年に、同時に更新されたのだろうか。 この大堰橋の、カンチレバートラス部分は桂川の本流をまたぎ、鈑桁の一部も本流をまたいでいる。しかし、鈑桁部分は本来、かつて10径間だったこと=橋脚が多数あったことからわかるとおり、横溢部だった。 1974年度の航空写真(ckk-74-14_c9a_6)を見る。 現在はこんなだ。比較してみてほしい。 先に「のっぺりした印象」と書いたが、その理由は、部材が修復されているためだ。たとえばこうなっている。 道路越しの向こう側のトラスの、右端の斜材が修復されたものだ。 原型はこう。 山形鋼(L字型)をリベット留めし、その間にレーシングブレースが挟まれている。 それに対して、修復済みはこう。 山形構の下にもう1枚挟まっているように見える。また、側面も滑らかだ。 格点部分にも、修復した部分とそうでない部分の差は明らかだ。 . カンチレバートラス橋としての、吊桁と定着桁との結合部分はどうなっているだろうか。実は、よくわからない。冒頭の写真でいえば、三角形の頂点から数えて2格間左側の上弦と下弦にピンがあるが、この場所にピンがあるのにどうやって吊桁と接合しているのかが見えてこない。吊桁は定着桁と剛結合しているようにも見える。 上のピン。 下のピン。 PR |
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