プラットトラス
閑話休題。である。ここまでのことは、余談でしかない。上の写真をよく見ると、ランガー桁の下に、トラス橋が見える。よくみる11パネルのプラットトラスではないか。どうやら水道橋。
美しい。スパン36.88mの8連。
11パネル…。向かって右には端柱(\)に向かって/|という部材があるから、12パネルと考えるのだろうか。そして、なぜ右だけにそれがあるのか?
斜橋だからだ。橋台は隅石を備えた煉瓦製。この落書きにも腹が立つ。
振り返って裏側。
2本の水管が通っている。中央は点検通路だろうか。
端部に寄ってみる。
この橋を渡らないように、柵がしてある。
この水道橋を、本庄水管橋という。迂闊にも銘板などを調べなかった。撮ったときは、行きがけの駄賃程度の意識だったのだ。なんという意識の低さか!
この本庄水管橋が供用されたのは1911年(明治44年)。現在は使用されていないらしい。それどころか、沈下や橋脚付近の洗掘で、トラス桁そのものが歪んでいるようだ(ソースにあたっていないが、参考文献参照)。
1911年以前の作となれば、鉄道ではアメリカ製の桁を輸入していた最後の時期。しかもピントラスだった。それに対して、この本庄水管橋はガセット結合である。メーカーはわからない。
ここを航空写真で見るとこうなっている。
新淀川の途中で、水管が川面に没しているのだ。この本庄水管橋が供用される直前、1910年(明治43年)には淀川がほぼ現在の形になっているというのだから、「かつてはトラス桁部分が水路で、そうでない部分は河川敷」というわけでもないだろう。この本庄水管橋は「大阪市の西部・中部幹線」を構成しているらしいが、配水のルートはまったくわからないし基礎知識もないので、いろいろ不明なままである。
<参考>
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