会社に入って1年目の年末は、週刊漫画サンデーの編集部にいた。週刊誌なので、年末年始は「繰り上げ+1号休み」となり、都合2週間、まるまるあく。それを利用して、八重山に行った。バイクはTT250R、有明埠頭からフェリーに乗って那覇へ行き、那覇から石垣へ。基本的に石垣島に滞在し、周辺の島にも行こうと思っていた。当時は情報がほとんどなく、キャンプ場などがあるのかないのかすらわからなかったが、港でもどこでも野宿できるだろう、という感覚で出かけた。
旅程はこうである。
12/23(土) 20時有明発(琉球海運)
12/24(日) (船中)
12/25(月) 21時30分那覇着。2時間遅れ。
石垣行きフェリーに乗り継げず。
49時間30分の船旅では、初めて吐くほどの船酔いをした。その間、コンビニで買ったおにぎりしか食べなられなかった。
さて、石垣に行けなくなった。那覇~石垣のフェリーは3日に1便くらいしかない。ところが、乗る予定だったフェリーとは別の、石垣経由台湾行き『飛龍3』が20時に那覇を出港していたにもかかわらず、犯罪者が乗っていてそれを送還するというトラブルがあり、那覇に戻ってきていた。おかげで、それに乗れた。
2時乗船、5時30分出港。16時頃、宮古島着。3時間ほど停泊するので、下りていいという。

船内で知り合ったライダーとともに散策する。九州本土から遠く離れた宮古島にも、本土と同じ形式で普通に国道があり、県道があることが奇異に見えた。
いや、同じ形ではない。手書き看板のようだ。
初めての沖縄そば(宮古島版)を食べ、18時40分、船に戻る。19時ジャスト、出港。
12月27日(水)0時50分、石垣港接岸。そのまま米原キャンプ場まで走るが、どうもイマイチなので、サザンゲートブリッジの下を住処とすることにした。
事前の情報収集が悪く、帰りはフェリーで帰れないことがわかったので、旅行代理店へ行き、帰りのバイク無人航送の手配を氏、自分が飛行機で帰るためのチケットを取った。飛行機代は、4万9610円もした。
(続く)
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