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北海道の林道の光景その1の続き。

 

北海道道732号上猿払浅茅野線。湿原の中に敷かれた道。大雨が降ると冠水するようだ。道中に何カ所か冠水の度合いを測る標柱と、警告用のランプがある。

 
 
風烈布林道。美深歌登大規模林道と合わせて、美深からオホーツク海に抜けることができる。舗装直前のようなダートで、道中に白樺の林がある。海に抜ける側には牧場。

 
雄別炭鉱跡に残る三菱石油雄別炭鉱の炭住の北の未舗装道道。

 
奥糠内林道。

 
小花林道+生花牛首別線。

 
 
苫小牧北部の第一縦断林道・丸山林道。

 
釧路湿原内の中の沢踏切。

 
虹別林道。ひたすらまっすぐ。

 
江鳶奥林道の倒木区間。通り抜け可。

 
芽登糠南林道。右が芽登温泉。

 
通行止めの案内がなかったシュンクシタカラ林道。

 
同様に、通行止めの案内がなかったフレベツ白水林道。

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ねじりまんぽ・車場川橋梁(1)
ねじりまんぽ・車場川橋梁(2)
ねじりまんぽ・車場川橋梁(3)

久しぶりに訪ねたので、2017年版を。
 
西側。真正面から見るとなんてことはないが、上を通る線路がスキューしている。トンネル…じゃない、アーチ橋の側面の向かって左が手前にある。そのために、煉瓦の積み方が「ねじりまんぽ」と呼ばれる特殊な積み方になっている。

 
 
上半分の内側がコンクリートで補強され(よって空頭が低くなり)、ねじれて見える煉瓦もあまり見えない。こちら、煉瓦が見えているほうが、当初単線で敷かれたほうであり、奥のすべてコンクリートの部分は、複線化の際に継ぎ足された部分だ。

 
 
煉瓦部分のみ。起拱線までは達しておらず、コンクリートだろうか(起拱線の下は石だ)、その上から巻き始めている。

 
東側。








新津・草水 煮坪と石油
新津の石油用人道トンネル(熊沢トンネル)の続き。

新津丘陵の、古津と矢代田側は「金津油田」と呼ばれた。「古津・新津の背後にある丘陵」というほうが伝わりやすいかもしれない。その山中に「ポンピングパワー」という機械がある。ネーミングからして、ちょっと伝わりづらい。目的がその語に入っていない。

 
大きな小屋の中に、大きなプーリー。直径8m。同軸下部に大きな偏心した円盤があり、それがクランクの役割を果たす。そこから建物の外に向けて十数本(だったかな)のクランク棒が伸びている。それが機械的なリンク手はるか先の井戸の「ポンピングのパワー」となる。「ポンピングパワー」とは、この一括システムのことだ。近くの「石油の世界館」には、その模型があり、仕組みが理解できる。

 
L字型のチャンネル材がスポークとなっているのは、大きなプーリー。その下部に、偏心した位置に2枚の小さな鉄の円盤があり、その先に鋼棒が接続されている。

 
 
プーリーにかけられたベルトはその長さを利用して90度ねじられて水平の軸にかけられ、その同軸が減速機構になっており、さらにモーターの出力軸につながっている。

 
モーターの銘板。汚れをあえてぬぐわなかったので、読みづらいが、三菱電機製の三相交流モーターのようだ。

 
 
予備部品か。

 
メンテナンスに使われていたであろう油など。

当日は雨だったので、屋外の施設などは撮らなかった。改めて訪問しようと思う。

 
(時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」の「新潟1911」((C)谷 謙二)をカシミール3Dスーパー地形と組み合わせて表示・切り出し)

このポンピングパワーがあるあたりには、これだけの油井があった。矢代田から五泉に歩いて抜けると、その道中をたどることになる、

(2017年6月、路地連新津+路地連新潟+東京スリバチ学会合同FW)

●関連項目

周辺のポンピングパワーや関連施設の探索をしている方のサイト。
https://ameblo.jp/zukkyumr/




新津・草水 煮坪と石油の続き。



(時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」の「新潟1911」((C)谷 謙二)をカシミール3Dスーパー地形と組み合わせて表示・切り出し)

さて、煮坪(上の地図では高坪)の先…南西に「熊澤」という地名が見え、油井が何本も見える。その途中にトンネルの記号がある。いまも現役で、熊沢トンネルという。
 
歴史がある人道トンネルで、こんなアプローチの割には近代的な外観をしている。

 
アプローチはこんなだし、坑門の写真のように階段だし。

 
内部は鋼製の部材でアーチが補強されている。蛍光灯も完備、常点灯だが、1日に一人も来ない日も多いのではなかろうか…。

 
南西側の坑門。

 

施工者 天坂組
昭和五十年十二月竣工


思ったよりも「古い」。

 
案内看板がある。「熊沢トンネル」の解説なのに「この洞門は…」。のちの大正天皇の行啓があったというのは、相当な存在だ。解説を見ると、昭和50年頃にはとうに廃隧道となっていたものを、きちんと整備して人が通れるようにしたものだ。以来42年、美しく保たれているのは地元の方々の整備の努力の恩恵であろう。


(2017年6月、路地連新津+路地連新潟+東京スリバチ学会合同FW)






 
新潟県において、「くそうず」という地名が「臭い水」を意味し、石油が湧くところであるというのは常識である。県内に何カ所か「くそうず」がある。黒川、西山、馬下、そしてこの新津だ。

 
 
新津のここには「煮坪」がある。ここでボコボコと湧いていたらしい。いまは泡がプク…プク…と出るような感じ。


(時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」の「新潟1911」((C)谷 謙二)をカシミール3Dスーパー地形と組み合わせて表示・切り出し)

1911年頃の地形図を見るとここは「高坪」という地名がある。ここには線路のほうから西南に向けて入っていくのだが、この先には「熊澤」という地名があり、「油井・ガス田」のマークがいくつもある。ここ秋葉丘陵の東側が、石油が湧く地域だったのだ。石油のある層が褶曲し、このあたりだけ地表近くに来ているらしい。


* * *

 
 
新津市街・能代川の土手に湧く石油、オイルキャッチフェンス。周囲は油の臭いが漂い、黒く湿った土も、油臭い。


天然ガスを引き込む個人宅もいくつもある。最近は利用されていないものも多いようだ。メンテ費用や汚染の危険性と隣り合わせではあるが、燃料代はかなり助かるに違いない。

 
個人宅に石油が湧いてしまい、その処理費用はその土地所有者の負担になってしまうというのは、おそらく行政的には想定外なのだろう。個人が1000万の単位で負担しなければならず、もちろんそんなふうになった土地は売ろうにも売れず…。


続く。

(2017年6月、路地連新津+路地連新潟+東京スリバチ学会合同FW)





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