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田井橋(高梁川)

田井橋(高梁川)

ランガートラス橋

田井橋。ランガートラス。スパンはなんと88.2m(歴史的鋼橋集覧による)。

おもしろいのは立地で、高梁川がもっとも狭まるこの部分を最短距離で渡ろうとしているのだろう、アプローチの道からカクッと角度をつけて川を渡っている。そして渡った先では直角に右カーブとなる。

上の写真は南側。手前の鈑桁については後述する。親橋が残り、左は「田井橋」、右は「昭和二十九年竣工」。この橋の開通は昭和12年だが親柱にこうあるのは、手前の鈑桁は増設桁であるためだ。

対岸の北側、左の親柱は土木学会の選奨土木遺産のプレートと、その下に「田井橋」。右の親柱にはなにもない。選奨土木遺産は「室戸台風の災害復旧橋梁群」のひとつとして選ばれている。室戸台風といっても昭和36年の「第2」ではなく(こちらのほうが有名である気がする)、昭和9年のものだ。

北側の銘板(南側にもある)。

  • 東京
  • 株式会社
  • 桜田機械製作所
  • 昭和十一年製作

ランガートラスのアングル。直上の写真は吊り材に補強が入った部分で、ボルト留めとなっている。

追加された鈑桁。25.5m。加設されたものだ。当初は高梁川の「イン側」がこんなになっているとは思わなかったのではないだろうか。



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アポロのサインポール

アポロのサインポール

出光

対岸の国道180号から見えていたと思う。丸いフレームに収められたアクリル製の行灯型のサインポール。そして道路を挟んで、出光の給油所。

とてもこぢんまりとした給油所。計量機は三つ。サービスルーム…というか事務所が申し訳程度についている。防火壁が両隣の家と関係しているので、どちらもこの給油所に関係しているのかもしれない。

向かって左の防火壁を見ていると、なんだかパースがおかしい。それは、敷地が、写真でいえば向かって右下を「下」とする斜めだから…ではなく、赤とグレーのラインと、防火壁上部が平行じゃないのが原因だろう。冒頭写真をみるとそれが顕著だ。

灯油の計量機。よく見ると下部にキャスターがついていて、可搬式となっている。

軽油の計量機。こちらはアイランドに固定してあるように見えるが、ズラリと5枚が並ぶ銘板の最下段には「特許タツノ式キュービック型可搬式計量機」と書いてある。このでかいものも動かせるのだろうか。

軽量機の検査期限からすると、平成22年にはすでに閉店していたようだ。立地が国道の対岸であるにも関わらず、けっこうな命脈をたどったなあ…というのが私の印象だ。



中井橋(高梁川)

中井橋(高梁川)

ポニーワーレントラス

国道180号から、高梁川を渡った対岸のJR伯備線方谷駅や、高梁川支流の佐伏川沿いに中井集落(集落は谷ひとつ東の国道313側が出入り口)まで行くための橋。ここから県道197号方谷停車場線が始まる。

スパン43mの、2径間のポニーワーレントラスだ。歴史的鋼橋集覧はこちら

国道側(南側)。左は「昭和十二年三月竣功」、右は「なかいばし」。銘板はピカピカだし、通常、銘板においては読みがなを「ばし」とは濁らないので、近年付け替えたのかもしれない。その下には接触防止用のゼブラマークがついているが、それが消えるほど擦られてしまったか…。

冒頭の写真でもわかるが、上弦に取り付けられた、道路としての「中井橋」の看板がおもしろい。

こちらの銘板。錆が塗装の劣化を早めている。
  • 東京
  • 株式会社
  • 桜田機械製造所
  • 昭和十一年製造


渡っていると、上弦のよりも低い位置にスリップ注意の警戒標識があった。心なしか小さい?

方谷駅側(北側)。親柱の左は「高梁川」、右は「中井橋」。


こちらに渡ってみて、いろいろすてきなものに出会った。





広石橋

広石橋

ポニーワーレントラス

岡山県の高梁川にかかる、国道180号の旧道の橋。スパン40mのポニーワーレントラス1連と、20mのプレートガーダー3連からなる。北詰側がポニーワーレンだ。

残念ながら通行止めになっている。親柱は左のみ残存するが、銘板はない。親柱の形状、いささか凝っている。ポニートラスとはいえスパンは40m、そのためトラスの高さがある。

松尾鉄骨橋梁の銘板がある。錆びて向かって右がかなり浮き上がっていており、錆が進行すれば銘板ごと川の中に脱落しかねない。

国道だっただけあって…といいたいところだが、中央線もない。

南詰め。プレートガーダーの手前に親柱が揃っていた。しかし、この二つも銘板はなかった。





『鈍行列車の旅』(種村直樹)と『国鉄全線全駅 読み乗り2万キロ総ガイド』

『鈍行列車の旅』(種村直樹)と『国鉄全線全駅 読み乗り2万キロ総ガイド』

鉄道の本

どちらも子供の頃に持っていた本。いつのまにかなくなってしまった。とくに『鈍行列車の旅』はほしかったのだけれど、古書はけっこう高い。たまたま安価のものを見つけたので手元に引き寄せた。本来あるはずのビニールカバーはなかった。もしあっても経年劣化でボロボロだろうから、まあ、なくてもいい。

種村さんの本は昭和50年代後半のものはだいたい読んだ。なかでもこの『鈍行列車の旅』は珠玉の内容だと思う。内容は大きく四つに分かれていて、一つは各地方のローカル線、駅の風情がふんだんに盛り込まれている旅記事。仲間と旅する、という楽しさがほとばしっている。

資料としても優れていて、当時走っていた夜行鈍行全9系統と、国鉄全駅所在リストが載っている。当時、この住所をもとに、いくつかの駅に入場券の通販を申し込んだ。小学校4年生のころだ。これで三つ。

そして、RGGの森嶋孝司さんの「駅名標撮りつぶし体験記」だ。
824列車が通る駅すべての「鳥居型」駅名標が掲載されている。このコレクションはすばらしい。

2006年、『カシミールで見る・自分で描く 空から眺める鉄道ルート』を制作した際、RGGに写真をお借りしたが、森嶋さんの写真も多数お借りした。一方的にご縁があったと思っている。

* * *

もう一冊。『国鉄全線全駅 読み乗り2万キロ総ガイド』。410ページもある。記憶では、けっこうな数の駅舎や駅名標の写真が載っていたと思うのだが、全然そんなことはなかった。これは買い直さなくてもよかったかもしれない。


再び本が増え始めている。重量的にまずい。



番神架道橋・番神トンネル 橋なのかトンネルなのか

番神架道橋・番神トンネル 橋なのかトンネルなのか

隧道・廃隧道

柏崎市の名所、番神。いい海水浴場もあり、子供の頃、何度か泳ぎに行ったことがある。そこと、国道8号を結ぶ形でトンネルがある。トンネルだよな。写真は南側坑口。矩形断面で、上には信越本線が走る。

中は、おもしろいことになっている。矩形断面に続いて円形断面になっている。なんだこの連続は?

…と、銘板がふたつある。赤い矢印(見えにくいかな…)の先だ。まず手前。

高めの位置にあった。注目したいのは「橋梁」である点。

  • 番神(架)橋りょう
  • 設計 新潟鉄道管理局
  • 施行 株式会社植木組
  • 設計荷重 KS-18
  • 基礎根入 天空端から6.9M
  • 着手 昭和55年5月26日
  • しゅん工 昭和55年11月21日

意外に新しい。ということは、線路は移設せずに、現役の線路の真下を支えながら掘ったのか。

こちらは円形断面のほう。
  • 番神トンネル
  • 1983年10月
  • 新潟県 
  • 延長303.8m 幅7.5m 高4.5m
  • 施工 大成・植木共同企業体
こちらは「トンネル」だ。しかも「橋梁」よりも竣工が3年遅い。

ということは、最初に橋梁だけできて、その向こうは閉塞隧道のように…正確には工事がまだ開始されていない隧道、という状態であったはずだ。

抜けて、北側。やはり向かって左側に銘板がある。

鉄道側は橋梁で、道路側はトンネル。この違いは、通行主体にあるからではないかと思う。「番神(架)橋梁」は、鉄道の橋。その下が川だろうが道路だろうが、関係ない。対して「番神トンネル」は、道路のトンネル。その上が鉄道だろうが地山だろうが、関係ない。そんな、構造物の目的の違いが名称に表れている気がする。



場所はここ。PC版のGoogleMapsではきちんと隧道として描かれているが…

Android版では、トンネルとして描かれていない。なぜだ? 元データが違うのだろうか。



井倉橋 スキューしたランガー。

井倉橋 スキューしたランガー。

ランガー橋

軒下の三菱の続き。

高梁川にはすてきな橋が多いが、どれも、1934年の室戸台風による橋梁流出後に架けられた橋である。この井倉橋もその一つ。

ランガー桁とされているが、通常、ランガーは補剛桁が太くてアーチが細い。この井倉橋は補剛桁は細い。床版の下が補剛桁か…とも思うが、ランガーとはタイドアーチの一種だから、それは違うのだろう。

写真は北詰から。

親柱などはない。

スキューしているので、いささか感覚が狂う。

北詰、左側に銘板がある。位置が悪く、写真を撮りづらい。
東京
株式会社
桜田機械製作所
昭和十一年製作

南詰。やはり親柱はない。スキューしているので非常に撮りづらい。

これくらいの角度である。




軒下の三菱

軒下の三菱

三菱石油/日石三菱

井倉橋を見に行ったのだが、その北詰めで驚いた。一見、建設会社の車庫なのだが、その両翼には朱色が美しい三菱があった。

ちょうど、ここの方が外でお話をされていたので撮らせていただいた。この車庫の天蓋は、もちろん後付け。サービスルームもそのまま残っている。

トレーラーが入るような車庫ということは、それだけの敷地を持った給油所だった。ここは国道180号の旧道だったのだろう。センターラインもない1.5車線の道だが、JR伯備線に沿った幹線道路だったので、通行量も多かったに違いない。バイパス、つまり井倉トンネルの開通は1977年だ。







補剛桁がプラットトラス+キングポストトラスの吊橋 矢茂橋

補剛桁がプラットトラス+キングポストトラスの吊橋 矢茂橋

吊り橋

岡山県の井倉のすぐ北、国道180号が蛇行する高梁川に沿って走っている。対岸の矢茂集落に向けて、鋼製主塔を持つ吊橋があった。矢茂橋という。

右側(右岸)が国道だ。主塔がギリギリまで川にせり出しているのがわかる。一方で対岸(写真の左側、左岸)は河川敷を挟んで主塔が建つ。

左岸。アプローチは鋼板で、その幅も非常に狭い。

アンカー、左は地面に埋め込まれているが、右はコンクリートの土台がある。つまり、左右で形が違う。

主塔の左右の脚には、塗装記録の表示がある。写真は右側。

対岸(左岸)のアプローチ。主塔右脚の表示は「この橋梁は歩道専用橋で諸車の通行は出来ません 新見市」。その上の○は重量制限か車幅制限の標識だろう。

代替の橋がないのに歩行者専用というのは、おそらくかつては矢茂集落に至る唯一の道がこれだったのでクルマも通行できたのだが、伯備線のルート付け替えで不要となった旧線を道路化したために、この橋の重要度が相当低下してしまったものと推測する。

アプローチと補剛桁は、かなりの角度で突き合わせてある。橋全体の構造に比べるとアプローチ部は明らかにかなり時代が下っているので、かつては写真に写っている「一段低い位置」にはもっと地面があり、こんなアプローチはいらなかったのかもしれない。

さて、補剛桁である。それなりのスパンがあるのに、単純なプラットトラスだ。そして、これはいま改めて気づいたのだが、補剛桁の下部にキングポストトラスが見えている。

これは床版の横構にあたる部分(川の流れ方向)が、キングポストトラスなのだ。こんなものは初めて見た。しかし、現地で見えていなかったので、裏面を撮ってはいない。これも非常に悔やまれる写真だ。



備中神代駅の駅便

備中神代駅の駅便

駅のトイレ

備中神代駅。伯備線と芸備線の分岐駅だが、分岐駅だからといって駅の規模が大きいわけではない。芸備線の列車はすべて新見を起点にしており、分岐駅といえども単なる途中駅の扱いである。

昭和47年刊行の『日本の駅』(鉄道ジャーナル社)を見てもすでに委託駅または無人駅、と表示されているので、当時でさえ運転の取扱いはなかったのだろう。昭和56年の『国鉄駅名全百科』(小学館)では無人駅と表示されている。かつては木造駅舎があったが、現在はその空間に屋根がかかるホームのみの、簡素な…というか寒々しい姿だ。

そんな微衷神代駅、右に見える白い建物は…

駅便である。トイレは更新ののち存置したようだ。このトイレくらいの大きさの駅舎があってもいいのに!

真正面に手洗い。左に男子用小便器、右に個室。

なんとも不思議な水道だ。壁の向こうからも使えそうだ…と思う感覚は正しく、このトイレは半分で仕切られている。

外観写真の窓の位置を見比べてほしい。駅便だけでなく立ち食いそば等でもよくあるのだが、室内を二つに区切り、駅構内から利用するための部分と、駅構外からの部分とに分けている。これは有人駅であった時代の要請だ。

ついでながら、入口の柱が木製であることがわかる。内装は化粧ベニアを貼ってある。

個室は木桟の引き違い窓に、腰部分は白壁。便器は踏み込まず、直接地面に据え付けられている。窓の下部、三角のコーナーがある。かつてはそこに花などが生けられていたのだろう。

便器は扉と並行である。住宅の和式便器は「向こう向き」に据えられるので、公衆便所特有のものだ。

ほかに乗客がいたので、雑に撮ってしまったことを後悔している。



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