![]() 私が通っていた小学校の校区内、とてもよく知る場所が遊郭だったのを知ったのはわずか数年前だ。そこにはかつてストリップ劇場はあったし、あやしげなビルはあったし、旅館もいくつかあった。知人に旅館の息子もいた。子供ながら、なんだか不思議な空間であるとは感じていた。近くには特殊な様式の民家もいくつもあった気がする。遊郭部さんのブログ『十四番町遊郭に泊まってみた・新潟県同市「福田旅館」』近辺である。 そんなこんなで、いろいろなご縁もあり(端折りすぎか)、また、東北は大好きでよく行くことから、『秋田県の遊郭跡を歩く』を興味を持って開いた。まっさきに、この8月にも訪れた五城目を読んだ。あんなところにあったのか。遊郭が。 他の章も、そんなふうに「こんなところに…?」と感じる場所ばかりだ。著者の小松氏も書いているが、「かつて賑わっていた街」かつ「いまはその産業が衰退して老人ばかりの街」に、いろいろな偶然が重なり、遊郭跡が残っている。そこを、急ぎ、かつ丹念に周り、証言を集めている。そしてそれを、文芸作品たる紀行文としても読み応えのある丁寧な文章で綴っている。 聞き取りも撮影も、いまとなっては時間との闘いだろう。赤線があった頃に大人だった人は、ほとんどが80歳を超えている。本書の取材中にも、それを実感するできごとが起こる。「間に合った」のか、間に合わなかったのか。両方だろう。それでも、それがこうして書籍の形をとってくれたことで、片鱗を知ることができた。 * 面白い考察がある。鉄道の開業で秋田の産業は活性化したが、同時に東京で働く秋田の出身の娼妓の激増ももたらしたという。そのような「気づき」が、本書では、昭和中期、そして平成中期の二段階で、さらになされている。詳細は書かない、ぜひ本書を読んで欲しい。 * 本書は、渡辺豪氏の写真もすばらしい。私の好きな、超広角が多用された構図で、しかも切り取られている。いろいろな事情もあって建物ズバリを写せないからこういう撮り方になるのかもしれないが、とても本書の雰囲気にあっている。 写真は最初、一瞬、2色印刷でうまく雰囲気を出しているのかなと思ったほどに作り込まれている。25倍ルーペをあててみたら、4色分解で製版されていた。とても贅沢にカラー印刷を使っている。小松氏の文章と補完し合い、見事な一冊となった。 * 私的な余談を。 母方祖母は地主の娘だったが、芸者になりたいといって出奔し、同じく軍人家を飛び出した祖父と一緒になって貧乏暮らしから始まったと聞く。「芸者」とは聞いたが、それは、言葉を飾ったのだろうか。本当に意味するところは、もうわからない。その祖母は、柏崎の祇園祭りでクルマの山車に乗り、三味線を弾いていた。祖父は私が幼少の頃に、祖母は高校生の頃に亡くなった。 花街太郎さんのブログに、新潟県柏崎市(旧新花町遊郭)がある。 * もう一つ、余談を。 潟上市昭和大久保の章で、大正14年、摂政宮(のちの昭和天皇)が、大久保駅からトロッコに乗ってオイルマネーに沸く豊川油田をご視察されたことが書いてある。『昭和天皇御召列車全記録』(日本鉄道旅行地図帳編集部編/新潮社)を繙いてみよう。 大正14年10月11日から25日まで、「山形・秋田・宮城県行啓」というスケジュールが載っている。その10月16日の項に、秋田駅→機織駅(現東能代、秋田木材訪問)→大久保(日本石油豊川鉱業所専用トロッコ乗車」→秋田、という行程が書かれている。写真は「今でも「燃える土」は見ることができる」に掲載されている。 【関連項目】 『遊郭を行く1976』(遠藤ケイ) 『御手洗遊郭ものがたり 女は沖を漕ぐ』(黒川十蔵/カストリ出版) ![]() 北見市郊外、緋牛内。片流れ屋根の、「事務所」のように見える郵便局。 ![]() ![]() 角地にあるのに、道路2面側を開放しているわけではなく、逆側に入口がある。 ![]() 形こそこうだが、郵政書体がついている。「内」の右が「ノ」のようになるのは郵政書体の特徴になるのだろうか。上札内郵便局もそうなっている。 ![]() 2011年に最初の『地図と愉しむ東京歴史散歩』が出てから5年。シリーズも第5弾となった。資料は手を尽くせばほぼ入手できるものながら(後述する駅の標高データは除く)、それらを俯瞰した上で、著者が縦断して読み解いていく。それが、本シリーズの、というか本著者のおもしろさだ。 いままでは地図も地形が表現されたものが多かったが、今回は「地下の秘密篇」ということで、そうした印象はほとんどなく、東京の地下鉄の断面図が、巻頭にカラーで掲載されている。 ![]() 巻頭の断面図はこのとおり。例えば有楽町線、麹町や銀座一丁目のホームが上下になっていることまで再現されている。こうして圧縮された断面図を見ると、地下鉄の起伏の激しさとともに、ルートが標高(*)0mより下か/上か、という観点で見ることができる。本書の第1章にして4割ほどの分量を占める地下鉄の章は、なぜその標高をとっているのかを明らかにしていく。われながら、地表面から何m下かばかり考えていて、それを考えたことはなかった。 (*)営団・メトロでは、一般に地形図で使われる「標高」と同じ東京湾中等水位(T.P.)を使用しているが、下記画像でわかるとおり、すべて「+100m」で記載されている。都営地下鉄は…本書をご覧ください。 また、本書は巻末に、東京の地下鉄全駅のデータが掲載されている。特に「地表からレール面までの長さ」「地表の標高」「レール面の標高」は、貴重なデータだと思う。どこからとったのだろうか、各線の建設史を見ても、記載はない。建設史は、このようなものはあるのだが。 ![]() ![]() どちらも『有楽町線建設史』より。ただし、各駅もフラットではなく、勾配にある駅も多い。本書で「レール面の標高」などとあるのは、停車場中心でのものと考えた方がよかろうか。上の断面図の1枚目、「粁程」が「料程」と誤植されているのはご愛敬。 ![]() ![]() * * *
一つ、本書をより愉しんでいただくために、P21の「なぜ丸ノ内線は神田駅を避けたか」を補足する資料を掲載したい。P23で書かれている「アツミマーケット」の話だ。 ![]() ![]() 火災保険特殊地図(都市製図社1950年08月版)をつなぎ合わせたものだ。「アツミマーケット」の文字はないが、線路南東側にある一角を指すのだろう。興味を持った方は、周辺の神田を初めとしたヤミ市の話を、こうした貴重な路面図を使って述べた『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』(藤木TDC著)もぜひご覧いただきたい。 * * *
地下鉄に関する記述があまりによくて、長くなってしまった。続く第2章は「都心の地下壕の話」、第3章は物理的な地下ではなく精神的な地下である「怨霊神の系譜」、そして第4章は、本書のタイトル「地下の秘密篇」はここまでの3章をいうのであって、これはカバーしていないのだろうなと言うテーマ「団地の土地を読み解く」。それぞれ、土地の事情、土地の記憶と密接に結びついた話が展開する。シリーズもここまで来ると、著者の興味の対象もおのずと見えてくる。本書、本シリーズは、そんな読み方をすると、なお興味深く読めるものと思う。 |
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